経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/3/11(747号)
TPP交渉と日本警戒論

  • 邪魔なTPP推進派
    筆者は日本のTPP交渉参加に賛成している。過去に05/4/18(第386号)「鎖国主義への誘惑(その1)」05/4/25(第387号)「鎖国主義への誘惑(その2)」のようなコラムを書いていたので、筆者がTPPには反対といった印象を持たれる方がいるかもしれない。しかしこれらを読んでもらえば分るように、当時、これらは盛んになっていた日本企業の中国進出を牽制することが目的であった。

    しかし筆者の今回の賛成理由は、自由貿易信奉者のTPP推進の言い分と大きく異なる。まず彼等の多くは、学校で習った幼稚なリカードの「比較優位の原理」(自由貿易こそ互いの国の経済成長を促すという結論になる)を単純に信じ込んでいる。しかしこれについては11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」で筆者は徹底的に否定した。ここでは例えば中国のような酷い為替操作を行っている国があれば、全ての生産を中国で行うことが比較優位になってしまうことを説明した。つまりリカードの「比較優位の原理」なんて現実の経済では、何の意味もない。


    TPPを推進するもう一つの勢力は、これによって輸出を大きく伸ばすことを狙っている企業である。さらに内需を増やすことに消極的な財政再建論者と規制緩和で経済が成長すると主張する構造改革派がこれに加わる。たしかに日本の工業製品に対する輸入関税率は既に下限まで来ており、TPP参加によって相手国の関税が引下げられるのなら、日本の輸出企業は有利になる。

    典型例が対米輸出である。日本と輸出品の構成が似ている韓国は既に米国とFTAを締結している。米国の関税は乗用車が2.5%でトラックが25%であり、将来、この分がそっくり日本の輸出企業にとってハンデになる(米国の関税引下げには猶予期間が設定されている)。またEUに対しても韓国はFTAを締結しており、対EU市場でも日本は同様のハンデを負うことになる。このような現状を考えれば、日本の輸出企業がTPP交渉参加に積極的なのは理解できる(日本とEUはEPA(経済連携協定)交渉を開始している)。筆者は貿易における日本のこのような理不尽で不利な立場は是正されてしかるべきと考える。


    しかし筆者が強く違和感を持つのは「日本は貿易立国であり自由貿易を推進すべき」といったグローバリズムの信奉者の声である。彼等のほとんどは財政再建論者や構造改革派である。これに対して本誌は11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」で強く反論した。

    彼等の話の裏側には、日本の輸出さえ伸びれば、財政支出による内需拡大は不要という発想がある。しかし日本が高度成長していた時代は、逆に輸出に依存する比率が小さかったことを筆者はこれらで指摘した。また中国との貿易関係が大きくなるにつれ、日本の名目GDPが小さくなっていることも見逃せない点である。


    筆者は、TPP参加やEUとのEPAの締結によって、理不尽で不公平な関税が撤廃されるべきと思っている。しかしこれらによって不足する日本国内の需要を補おうという発想には断固反対する。日本の内需の拡大は、これらの協定とは別に日本が独自に取組むべき課題である。

    各党にTPP推進派の集まりが出来ている。しかし筆者が見る限り、まさに彼等のほとんどはこの財政再建論者や構造改革派である。中には「日本はTPP交渉にルール作りから参加すべき」といったもっともらしいセリフを吐き、派手なパフォーマントを行っている者もいる。しかし筆者は、彼等が今後のTPP交渉に全く役に立たず、むしろ邪魔なだけと思っている。彼等は、何故、日本が米国とのFTAやEUとのEPAの締結が遅れているのか全く理解していないのである。


  • 雪崩的な輸出増加の結末
    一番驚くセリフは「TPP参加は日本の第二の開国」である。最初に言出したのは菅首相あたりと記憶している。貿易に関して日本は閉鎖的という印象を与えるような表現である。しかしこの言葉は全く事実と異なり人々に誤解を与えるものである。たしかに日本は、農水産物の一部に輸入制限を設けているが、これ以外については関税はほとんどゼロである。しかも農産物の生産額自体が小さく、日本が「聖域」として関税維持を目指す5分野(米、乳製品、牛肉、砂糖、麦)全体でもたった3兆円程度である。

    間抜けに「第二の開国」と言っている人々は、一体どの国の市場が開放的と言っているのだろうか。まさかと思うが開かれ国として米国を念頭に置いているのではと筆者は思っている。しかし慢性的な貿易赤字の米国は、案外と輸入の規制を行っている国である。

    貿易に関して、日本が閉鎖的で米国が開放的というのは全くの事実誤認である。歴史的に見て、たしかに日本の市場は閉鎖的と言われてもしょうがなかった時期(大昔)もあった。しかし日本の貿易黒字が大きくなるにつれ、米国を始め各国からの批難が強まり、日本は関税の引下げなどの開放政策をずっと押し進めてきた。


    逆に米国などの保護政策によって、日本の一つの産業が衰退したケースがある。86年の日米半導体協定によって日本の半導体の輸出が制限されたケースがこれである。80年代、日本から半導体の輸出が雪崩(なだれ)的に行われ、米国の半導体産業が窮地に陥った。当時、日本の半導体の世界シェアーは実に8割に達していた。まず米国の半導体メーカからダンピング提訴があった。そして不公正な輸出国に対する制裁であるスーパ301条の発動をチラつかせ米国政府が、日本政府と協議することになった。この結果、日本からの半導体輸出価格に、10年の間、下限が設定されることになった。

    しかし半導体価格の下限設定は日本だけに適用され、韓国や台湾には適用がなかった。これ以降、韓国や台湾は半導体の大増産に走ることになった。さらにこれをきっかけに日本の半導体メーカから技術者が韓国などに流出した。この協定以降、日本の半導体メーカは衰退を始め、最終的にはエルビータとルネッサンスの二社に集約された。しかしこの二社とも現在経営不振に陥っている。


    まず日本の半導体メーカが、当時、輸出に際してダンピングを実際に行っていたかはあまり議論されなかった印象がある。国内の販売価格を高くし輸出価格を安くするのがダンピングである。また政府が補助金を注ぎ込んで、自国のメーカの輸出を後押しするのもダンピングと認定されるケースがある(中国の太陽光パネルなど)。しかし日本の半導体メーカは、そのような事はなかったと見られる。日本の半導体メーカは、歩留まりを極限まで高め競争力をつけたと主張している。

    当時、半導体だけではなく、日本からのあらゆる工業製品の雪崩的な輸出増加が問題になっていた。しかし筆者は、雪崩的な輸出増加の背景として、このようなメーカの生産性向上努力に加え、長く続いていた円安があったと見ている。この為替のことが米国関係者の頭からスッポリ抜けている。米国民は、自国通貨である米ドルで何でも決済できるので為替変動には本当に無頓着である(このようなことも有り中国の人民元の異常な安値を長い間放置してきたと筆者は思っている)。

    78年に200円を切るような円高であったが、79年以降、85年のプラザ合意まで円レートは220〜250円といった円安でずっと推移した(日本の貿易黒字がどんどん大きくなっていたのだから超円安状態と言える)。これはボルガーFRB議長の高金利政策が影響している。一方、2度のオイルショックを乗切るため、半導体メーカだけでなく日本のどの企業も合理化に努めていた。この生産性の向上と円安によって日本輸出企業の競争力は著しく高まっていたのである。またこれに加え小型車に強かった日本の自動車業界は、石油価格の高騰によって大きなメリットを受けた。


    これまで日米間では数々の貿易摩擦が起り、86年の半導体協定だけではなく、その前には72年の日米繊維協定、また後には95年には日米自動車協定が結ばれた。また他にも鉄鋼やカラーテレビなどが問題になった。このように日本からの米国への輸出はずっと何らかの制限が課せられてきたのである。

    たしかに日本側にも、医薬品や医療機器の一部に輸入の制限がある。しかしこれは輸入品との国産品の競争上の話ではなく、医療行政上の問題であり、これまで取上げた日米の貿易摩擦とは次元が異なる(そもそも金額的にもたいした事はない。また混合診療もさっさと認めれば良いと筆者は思っている)。このように「日本の市場が閉鎖的」とか「TPP参加は日本の第二の開国」と言っているのは、頭のおかしい世間知らずか日本の事情に疎い外国のエコノミストだけである。



過去に日本の輸出が雪崩的に増加した時期が何回もあり、いまだに欧米には日本警戒論が根強くある。この日本警戒論がある限り、日本でTPP参加すべしと気勢を上げている政治家などは、交渉の邪魔になるだけと見る。今週は輸出の雪崩的増加の背景に、日本企業の競争力強化の努力と円安があった事を取上げた。来週はこれ以外のもう一つの重要な要因を取上げる。



13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
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