経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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12/9/3(721号)
知的所有権の話

  • 特許権に関する裁判
    先日(8月24日)、米国カリファニア北部地区連邦地裁は、スマートフォンに関して韓国サムソン社がアップル社の特許を一部侵害していることを認め、830億円の賠償命令を出した。裁判がアップルの地元である米国カリファニア州で開かれたと言え、この判決はサムソン側にとってショックであり、判決後、サムソンの株価は急落した。

    ただサムソンが上訴する可能性が有り、まだ決着が付いたとは言えない。またサムソンのダメージの大きさについては意見が分かれている。株価の急落が示す通りサムソンにとって痛手であったという意見がある一方で、特許の侵害を指摘されたのは旧型モデルであり、このモデルによって既に得られた莫大な利益を考えると、賠償金を払ってもなお大きなお釣が残るという話がある。


    日本において特許権に関する裁判で有名なのは、中村修二氏(カリフォニア大サンタバーバラ校教授)の元の勤務先である日亜化学工業(株)に対する訴訟である。中村教授は会社(日亜化学工業)から青色発光ダイオードの開発に関して利益が適切に分配されていないと裁判に訴えた。LEDについては、三原色のうち赤と緑は既に開発されていたが、この「青色」の開発が困難を極めていた。

    それだけに日亜化学工業が、世界に先駆け1993年に青色発光ダイオードの開発に成功したと発表した時には世間の注目を浴びた。中村修二氏はその開発メンバーの中心的人物であった。しかし会社からの成功報酬があまりにも少な過ぎると不満だった中村氏は、2000年に会社を辞め、カリフォニア大サンタバーバラ校の教授になった。彼が日亜化学工業を訴えたのはその数年後(2004年)であった。


    一審は、中村氏の言い分をほぼ認め、青色LEDの開発により会社は604億円の利益(対価)を得ていて、そのうち200億円を中村氏に支払うよう判決を下した。この時には、金額が大きいこともあって世間は大騒ぎになった。日本は技術者に対する待遇が極めて劣悪ということが指摘されたり、そのような事を続けているから中村氏のケースのように、日本から頭脳が流出するのだと決めつけたようなマスコミ報道が盛んに行われた。中村氏は、一躍時のヒーロとなって、日本の教育制度を批難するなど評論活動も展開した。

    ところが一審の判決に強い不満を持った日亜化学工業は高裁に上訴した。控訴審では一転して会社側の言い分が大幅に認められ、高裁は8億4千万円での和解を勧告した。つまり解決金が200億円から8億4千万円に驚くほど減額されたのである。人々は中村氏が当然これに反発し最高裁に上告するものと思ったが、彼はこの和解案を坦々と受入れ裁判は結審した。


    どうも訴訟自体が会社側(日亜化学工業)にとって寝耳に水であり、一審では裁判に対する準備が整っていなかったようである。二審では会社の方が攻勢に出た。例えば青色発光ダイオードの開発は、中村氏ではなく、氏の部下が中心になって行っていたという話が裁判の場では出た(研究成果の方は中村氏の名で出されていたものがある)。また中村氏が主体となって取得した特許権は実際には使われておらず、会社はこれを放棄するつもりと言っている。

    二審は実質的に会社側の勝訴であった。最高裁まで争っていたら、さらに和解金が減額されていたという観測まである。一審の判決であれだけ騒いだ日本のマスコミであったが、二審の判決以降、本当に静まり返っている。


    筆者は一審の判決(200億円の支払命令)が出た時に強い違和感を持った。青色発光ダイオードというものが画期的なものであることは承知していたが、一般の事業会社の一人の研究者の業績に対して200億円もの報酬を認める判決がなされたことが信じられなかったのである。

    昔はエジソンのような発明家が一人で研究・開発を行っていたケースが多かったであろうが、今日の一般の研究所ではチームで研究・開発に当るのが普通である。青色発光ダイオード開発の場合だけは例外で、中村修二氏が単独で研究・開発を行っていたかのような誤解を招く印象を一審の判決は与えていた。しかし実際は中村氏も日亜化学工業の研究チームの一員(リーダ的存在であったかもしれないが)に過ぎなかったようである。この一件から見ても分るように、企業における研究・開発の成果の配分は、外部(マスコミを含め)からはなかなか分らないところが多い。


  • 曖昧模糊とした知的所有権
    前段で取上げたように法律で定めのある特許権であってさえ、一旦問題が起った場合は、色々な負担を伴いかつ面倒な司法判断を仰ぐことになる。ところがその司法の判断が時として大きく異なるのである(アップルとサムソンの係争では各国で判断が異なり、青色発光ダイオードの場合も一審と二審で判断が大きく異なった)。特許権を含めた知的所有権というものには、常にこのような曖昧模糊としたものが付きまとっている。

    ところが、今日、曖昧模糊としているこの知的所有権というものが企業や産業の命運を色々な意味で大きく左右しているのである。これに関連し今日のようなコンテンツがデジタル化した時代では、知的所有権の一つである著作権の保護というものが技術的に難しくなっている(アナログデータと異なりコンテンツを何回コピーしても劣化しない)。そのような事情もあってか、デジタルデータの著作権の保護に関する国際的なルールは簡単には決まらなかった。

    グループに映画や音楽といったコンテンツを提供する企業を抱えるソニーとって、この著作権の保護の問題が企業活動の足枷となった。筆者の想像ではソニーがコンテンツを提供しているグループ企業に配慮し、もたもたしている間に、コンテンツに関して自由なアップル社がiPodを発売したのである。ウォークマンを開発したソニーが、iPodのようなデジタル音楽再生機を真っ先に発売してしかるべきところであったが、アップル社に完全に先を越されたのである。


    自由貿易や経済のグローバリズムを信奉する頭が極めて単純な人々がいる。彼等は日本は経済のグローバル化にしか活路はないとまで言っている。そのためには国内の規制を徹底的に緩和し自由競争を推進し法人税を安くせよと主張する。

    しかし世界には、中国や韓国のように自国通貨を不当に安くするよう操作している国がある。また企業活動において環境保護や従業員の福利にコストを掛けない国がある。つまりこのような国々と同じ土俵で自由競争をやれということ自体に無理がある。ところがグローバリズムの信奉者は全くこれらの事には触れようとしない。いまだに自由貿易の障害は、関税や規制などの非関税障壁と盲信している。


    そして近年、世界の交易で大きな問題として新たに浮上してきたのが、これまで取上げてきた知的所有権である。知的所有権に関して大きな問題は前述したように曖昧模糊としているところである。ルールもはっきりしないし、司法の判断もババラである。もしこれが日本一国の問題ならば、判例を積み重なればなんとか一定のルールというものが形作られる可能性がある。

    しかし、今日、知的所有権の問題は国際的な広がりを持ったテーマになっている。世界で交易を行う以上、この知的所有権の問題は避けて通れない。そして世界には他国の知的所有権を尊重する国と、中国など(韓国のポスコも製造技術を盗んだと新日鉄から訴訟を起されている)のように他人や他国の知的所有権を軽視する国が混在している。他人や他国の知的所有権を無断で使って開発コストを抑えている国とまともに競争ができるのかという話である。ところがこの問題に関してしてもグローバリズムの信奉者は沈黙している(筆者は時々グローバリズムの信奉者は他国のスパイではないかと疑う)。

    正直に言って、知的所有権の問題が絡むと筆者は「お手上げ」である。せいぜい「価格がそんなに違わないのなら国産品を愛用しよう」と言うくらいである。ところが最近知人から聞いた話では、デジタル音楽再生機は著作権に緩い外国製品の方が使い勝手が良いという。



来週は今週の続きである。



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12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
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