- 為替動向と経済原則
17日の日米の協調介入をきっかけに、為替は円高方向に転換した。これについては本誌では、先週号6/15(第70号)「橋本総理と円安を考える」で、最終的には「米国の協調介入」がなされ、為替が円高方向に移ることを予想していた。世間が円高への転換を予想外の展開として捉えている自体がおかしいのであり、いずれ「円高」への転換はごく自然のことと考えるべきである。米国は世界一の経常収支の赤字国であり、日本は世界一の経常収支の黒字国である。この両国通貨の交換レートがいつまでも経済原則と反対の方向である「円安」で推移するはずがない。もちろん両国の間には経常的取引以外の取引、つまり外債購入などの資本取引があり、この動きによっては円安に振れる可能性が全くないわけではない。しかし、当然これらの資本取引も為替の動向に影響を受ける。将来、円高が進むことがはっきりしていたなら、為替差損をこうむる米国への投資など行なうはずがないのである。 日本の経常収支の黒字幅が拡大しているのにもかかわらず、このところ円安が進行していた。これは相当多額の資本が海外に流出していたことを意味する。たしかに今年の4月から外国為替法が改正され、資金の移動がより自由になったことも指摘できる。しかし、日本人ではリスクを負ってまで外国で資金を運用したいと言う人の割合は比較的小さいと考えている。目先の利く人々は既に「円」がかなり高かった時点で外債に投資しているはずである。最近外債を購入したり、外貨預金を始めた人は、近頃のマスコミの論調に乗せられたか、証券会社や銀行の営業努力によるものと筆者は考えている。 資本取引において、今だに「内外の金利差」によって資本が移動すると解説する者がいる。たしかに「金利差」は資本移動を決める一つのファクターではあるが、色々ある要因の一つに過ぎないのである。むしろ「金利差」は物価上昇などのリスクを勘案して、どちらの国で資金を運用しても同じ利益が得られるような水準に決まると考えるべきである。つまり日米で米国の方が金利が高いと言うことは、米国の方がリスクが高いことを意味している。実際、この2,3日の間に「円」は10円ほど高くなり、外債投資を行なった人は差損を被っている。これは日米の金利差で得られる利息の約1年半分に相当する。 次に、今後の為替の動向が問題となる。筆者はやはり方向としては「円高」と考えている。世間では介入の効果がなくなればまた「円安」になると言う意見が多い。その理由として日米両国の「ファンタメンタルズ」の違いを挙げている。「ファンタメンタルズ」とは具体的にはなにを指すのかよくわからないが、どうも今は成長率を意味しているようであるが、筆者はこのようなあいまいな表現は使用しない。たしかに経済成長が高い国には資金需要が増え、各国から資金が集まり易いのは事実である。しかし、これも各種のリスクを考慮されるべきである。成長率だけなら一年前までのASEAN諸国の方がずっと大きかったのである。どうも「ファンタメンタルズ」を根拠に円安を予想する人々は暗黙にドルの価値が下落しないことを前提にしているようである。しかし、円高が進めばこの前提が崩れ、米国への投資がASEAN諸国への投資結果の「二の舞」になると言うことである。アジア通貨が混乱した中で平穏を保ったのは、中国、台湾そして日本である。これらの国は全て経常収支黒字国である。反対にみじめな状態に陥ったのは全て経常赤字国である。たしかに市場にはヘッジファンドのような投機マネーが大量に存在し、毎日めまぐるしく移動しているが、経済原則に大きく反する行動は自分達の命取りとなることを理解している。つまり簡単に経常収支が黒字の通貨を売るわけにはいかないのである。 そこで次に狙われる通貨は「米ドル」と言う推理も成り立つのである。たしかに世界一の経常収支の赤字と言う事実は「米ドル」が次のターゲットになっても不思議がないことを意味している。ルービン長官が日頃から「強いドル」のメリットを繰り返し強調しているのも、円高への為替介入に消極的であったのも、この危険性を承知しているからとも考えられる。もっとも米ドルが狙われる前にはもっと弱い通貨が狙われることになるが、少なくともそれは「円」ではない。ところで、米国は、これらの危険を回避するには日本経済の立て直しが是非必要と考えているが、日本の当局はどこまで認識しているか疑問である。急激な円安が是正されたと言うことで安心していると言う印象を受けるのである。
- 今回の為替への介入の整合性
主要国が変動相場制に移行して後、これまでも幾度となく為替の転換点と言うものを「円」は経験してきた。ただ傾向としてはその度に水準は円高方向に切り上がっている。今回の協調介入をきっかけに今後の為替動向がどうなるか関心を集めることになるが、筆者は多少のブレがあっても今後は「円高」に推移するものと考えている。もっとも筆者は、円レートが130円をちょっと下回った水準で日銀政府の介入が何回かあり、この時円高への転換が近いことを予想していた。特に4月の介入は大きかったようである。つまり筆者は130円を大きく外れる段階では日米の協調介入は避け難いと判断したのである。 為替の転換点付近ではいつも同じパターンが繰り返される。まず日銀政府が為替に介入するがあまり効果を示さない。それを見てマスコミは「日銀介入は効果なし」と報じ、一段と「円安」ないし「円高」が進むことになる。そして最終的には米国を始めとした各国の協調介入があり、為替は転換点を向かえるのである。転換点を向かえるには最初の為替介入から通常数ヵ月を要している。市場参加者の意識やコンセンサスを変えるにはそれだけ時間が必要なのである。不思議なことに転換点に近くなるほどそれまでの傾向のブレが大きくなることもいつものパターンである。今回のケースでは135円以降の円安の進み方である。筆者は為替の転換点の予想については当局の介入を重視している。たしかに市場で取引される金額は大きく、介入に使われる金額は相対的に小さいが、介入すること自体に意味があるのである。介入すること自体が為替水準への政府の意志を示すことになるからである。これが協調介入と言うことになれば、円安にストップをかけることが各国の意志であることを示すことになり、この共通の意志と言うものが重要な意味を持つ。 一年前、6/23(第21号)「投機と市場を考える」で述べたように、市場には均衡的な市場と不均衡的な市場がある。また均衡的な市場が何時の間にか不均衡的な市場に化けることもある。一般に物の価格が高くなれば、需要が減り、一方価格が高くなったら供給が増え、結果的には価格がパラメータとなって物の需給が調整される。これが均衡的な市場である。ところが市場によっては、価格が上昇すれば、将来もっと価格が上昇すると予想する市場参加者が増え、さらに買いが進み、いつまでも価格が上昇し、価格が合理的な均衡値からドンドン離れる現象が見られる。このような市場が不均衡的な市場である。このような市場では「買いが買いを呼び」「売りが売りを呼ぶ」状態になる。バブル期の日本の土地市場や株式市場はこれに近かった。投機資金の存在が大きくなるにつれ、市場は不均衡になりやすい。プログラムによる買いや売りもこの動きを助長している。このような動きを止める力は市場にはなく、市場が壊れるまでこの動きが続くことも考えられるのである。為替市場への政府の介入や金利の操作も市場がこのような性質があるからであり、不均衡が大きく成りすぎる前に対処するのである。壊れても影響が限定されている市場がある反面、壊れた時の影響が大きく各国に波及する市場もあり、円の為替市場も後者の一つである。 「小さな政府」論者はこのような政府の動き自体にも否定的である。為替介入が効果がなく、一時的であると主張するのは決まって「小さな政府」論者である。これらの人々は、市場がいつも均衡的市場であり、ほっておけばいつか市場が機能し、均衡を回復すると単純に信じているのである。筆者は、資本主義経済は「市場参加者の自由」が基本となるが、時として市場が不均衡的になり、崩壊した時の国民経済への衝撃があまりにも大きすぎるケースがある。その場合には政府しかこれを調整できないのである。現在、日本では不況が進行中で、価格が下落しているのに皆が生活防衛や企業防衛として益々支出を抑えている。こうなれば政府が財政の支出を増やすほかはないのである。
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