経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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12/4/2(703号)
松下政経塾政治家と増税

  • 一周遅れの増税議論
    先週、英国の永久債発行の話をした。これは日本の増税論議を意識したものである。その国によって財政の状態に関しては様々な見方がある。当然、その国の経済や金融の状態を無視したまま財政だけを語ることは、問題であり、間違いの元である。今日の日本における増税論議は、まさにこの日本経済の現状をほとんど考慮しないものである。

    そもそも日本の増税論は、日本の財政が極端に悪いことを前提にしている。しかしこれに関しては10/1/25(第600号)「日本の財政構造」他で、他の先進国と比べ決して日本の財政状態が悪くないことを筆者は説明した(日本財政は、巨額の金融資産や社会保障の基金の存在があり、さらに日銀が大量に国債を購入しているので分かりにくくなっているのは事実であるが)。つまり日本の表面上の財政の累積債務は、バーチャルなものであり、全く実態を表していない。

    ところが増税を企む勢力がずっと「日本の財政は世界で一番悪い」といった嘘を撒き散らかしてきた結果、多くの人々が「日本の財政は最悪で増税も止む無し」と思い込んでいる。日本のマスコミ人も思考力がないためなのか、この嘘話を広めることに加担してきた(このような事をしていたら日本経済はますます落込み、マスコミ人の所得もどんどん減るのに)。しかし本当に日本の財政が悪いのなら、日本の長期金利が世界一低い水準でずっと推移するはずがない。また今回のEUの財政・金融危機に際して日本国債がどんどん買われるようなことは絶対にない。


    バブル経済を経ることによって金融資産が爆発的に増えたため(この結果投資に回らない貯蓄が激増している)、経済の論者(エコノミストや財政学者)の常識が通用しなくなっている。さらに経済の構造が変化していて世界的に物価が上昇しにくくなっている(これについては本誌では何度も取上げた)。しかし彼等はこれらの事を認めようとしない。

    彼等の常識は「財政支出は税収の範囲内に収める」というものである。いわゆる財政規律が最重要と彼等は言っている。しかし程度の差はあれどの国も財政は赤字である。彼等は、個人の生活の倫理を、徴税権や政府貨幣発行権を持つ国家に当てはめるといった間違いを犯している。


    彼等の常識の一つに財政赤字によって必ず物価上昇が起るというものがある。この考えの背景には、常に生産要素(資本と労働)はフル稼動していて生産要素に余剰はないという「古典派経済理論」や「セイの法則」がある。信じられないかもしれないが、18世紀、19世紀の経済状態を前提にしたようなこのような間抜けな経済理論がまかり通っているのである。

    例えば04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」で話をしたA教授(大阪大学)もその一人である。A教授は「1兆円も財政支出を増やすと、私のプログラム(「私のプログラム」と言っているが、どうせ買ってきた米国製のシミュレーションプログラムだろう)では、物価がどんどん上昇し、計算不能に陥るようなハイパーインフレが起る」と言って引下がらなかった。

    最近読んだ日経のコラムでも、ケインズの「貨幣論」を引合いにし、財政出動による経済成長は物価上昇を伴うため実質経済成長率に変化はないといった戯言(たわごと)が載っていた。このコラムの書き手も膨大な日本のデフレギャップの存在を完全に無視している。「ケインズ」と言っておけば、積極財政派もだまり込むとでも思ったのだろうか。


    このように今日の日本は「霊能師」「祈祷師」まがいの財政学者や経済学者で溢れている。もし彼等の言っていることが正しいのなら、財政赤字が続く日本の物価は上がり続けていたはずである。ところが事実は正反対である。


    英国のキャメロン政権は、ギリシャ発の金融危機が起った時いち早く増税に踏切った。これに対して本誌は「これは間違い」と指摘した。おそらく財政の健全化を狙って増税したはずの英国であったが、財政状況は変わらなかった(あるいは反対に悪化した)と筆者は見ている。さらに英国は、ロンドンオリンピックが終わった後、経済の一段の落込みが予想される。

    増税しても財政悪化が止まらないとなれば、当然、これまでの増税路線の修正が必要になってくる。今回の英国の永久債発行の話は唐突に見えるが、このような状況が背景にあると筆者は踏んでいる。これに対して日本の増税論議はまさに一周遅れである。ましてや慢性的な経常黒字(英国は経常赤字)と通貨高(円高に対してポンド安)の日本での増税論議であり、何か常軌を逸している。


  • エアホッケーのパックのような存在
    野田首相という人物も不可解である。先代の菅首相と同様、財務大臣を経験することによって増税論者になったようである。しかし昔から両者とも財政に造詣が深かったとは思えない。菅氏は市民運動家の出身であり、野田氏は毎日街頭に立って演説していた政治家である。両者は特に経済や財政の問題に関わってきた経歴はなく、そのような話も聞いたことがない。国会での答弁も官僚が用意したものをなぞっているだけである。

    ところがこのような野田首相が急に「増税に対して不退転に向合う」と宣言するのだから混乱するのである。昔から筋金入りの増税派である谷垣自民党総裁が言うのならまだしも、税では門外漢と思われる野田氏が増税にこだわるから怪しいのである。この菅氏と野田氏には財務官僚に洗脳されたという話が出ている。それが事実なら、日本の政治家は、霊能師による洗脳と最近話題になっている女性タレントと同じレベルということになる。


    それにしても野田首相を始め松下政経塾出身の政治家の軽さが目につく。ただ松下政経塾出身政治家の特徴は選挙に強いことである。現実の社会や経済を深く勉強するより、選挙に当選することだけに研鑽を積んでいるようだ。

    見識に乏しい政経塾出身の政治家は、その道の専門家と目される人々に弱い。専門家の意見が正しいかどうか別にして、多少なりとも根拠がある話を聞かされると簡単に前言を翻す。前原政調会長はその典型である。彼等はまるでエアホッケーのパックのような存在である。


    しかしどうも彼等自身、自分達の軽さを自覚しているようである。他の意見を聞くと自分の気持が変わることを知っていて、この頃は意見の違う者の話を聞こうとしなくなっている。これを「ブレない」とか「不退転」といった言葉で誤魔化しているのである。

    たしかに日本のマスコミの性格を考えると、野田首相が消費税増税を止めると言った瞬間、彼の政治生命は断たれることになる(この辺りは小泉首相の周辺もよく承知していたことである)。誰も野田首相を「君子」と思っていないので「君子豹変す」という選択肢はないのである。


    もう一つの松下政経塾出身政治家の特徴は、難しい地位に登ること自体に価値を見い出すことである。これを偏差値教育の影響と筆者は考えている。市町村議員より都道府県議員、また国会議員がそれらより価値があると彼等は考える。また大きな県の知事や閣僚になることがさらに価値があると考える。そして首相になることが最高の偏差値となる。しかし首相になっても何か実現したかった政策があるわけではない。そう言えばつまらない「禁煙条例」だけに固執していた松下政経塾出身の知事もいた。

    そして彼等は取組む政策も難易度が高いものが価値があると思っている。野田首相が、増税にこだわるのもこれが一番難しいと思っていたからであろう。財政の再建とやらではなく、あまでも増税である。財政再建なら他にも方法はどれだけでもある。したがって増税による経済や社会に与える悪影響や、増税が財政再建に何の助けにならないことを野田首相は考えないようにしている。


    このように日本は本当に「下らない」政治家ばかりが目立つようになった。本誌で何度も指摘してきたように、筆者はこの原因の一つを「小選挙区制」の実施と見ている。過半数の得票を得るには、どうしても選挙手法が一段と広告代理店的になる。

    そして特にこれに長けているのが政経塾出身者であったり、あるいはこれを真似する政治家である。例えばメディアへの露出を多くしたり、メディアが喜ぶような言動を巧みに行う。自民党の若手にもこのタイプがいる。この結果、日本は中味のない「エアホッケーのパック」のような政治家で溢れることになった。



来週は「増税を止められるか」をテーマにしたい。



12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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