経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




12/1/16(693号)
過剰貯蓄による災い

  • 過剰貯蓄の実態
    先週号で過剰貯蓄について触れたが、今週はこれが実態経済に与える影響について述べたい。本誌は過剰貯蓄の発生するメカニズムを過去に何回もテーマにした。特にバブル経済によって過剰貯蓄が起りやすいことを説明した。また重要なのは過剰貯蓄が有効需要不足を招き、バブル崩壊後に経済がデフレに陥りやすいことである。これについては10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」で取上げた。

    通常、バフル経済崩壊後、急激に景気後退が起り失業が急増する。すると各国政府は、これに驚き緊急の経済対策(財政支出の増加と金融緩和)を行う。これによって多少経済は上向くが、バフル崩壊の傷は大きく以前の活気はとても取り戻せない。一方、税収減と景気対策の出費によって各国の財政は悪くなり、次に必ず「財政規律の回復」という声が大きくなる。このような声が大きくなるに従って、各国の経済政策が間違った方向に進む。

    まず各国政府も経済が少し上向き最悪期を脱したと判断し財政政策の手を緩める。この辺りは10/7/5(第622号)「サミットの変質」で取上げた。またこの段階になると驚くことに中央銀行が金融引締めにスタンスを変えることがある。実際、欧州中央銀行(ECB)は昨年2回利上げを行っている(日本でも金融危機の最中、速水日銀総裁は利上げを指向していた)。


    金融資産の膨張(過剰貯蓄)の大きな部分はバブル期の銀行の信用創造機能によって生まれる。しかし「あれはバブルだった、あるいは「錯誤」だったのだからなかったことにしよう」という事にはならない。実際の価値以上の価格で資産(不動産、株式、債券など)を買った事業者や個人は、設備投資や消費を抑えてバブル期に作った大きな債務を返済することになる。つまり政府が大きな有効需要創造政策でも実施しなければ、長い間有効需要の不足が続くことになる。

    一方、膨らんだ金融資産は大銀行を次々と破綻させ大規模なペイオフを実施しない限り無傷でそっくり残ることになる。しかし実態経済は有効需要の不足が続くわけであるから、金利が低下しても銀行から金を借りて設備投資を行おうという者はめったに現れない。また不動産価格の下落が続くため、住宅ローンを組んで家を購入しようという人もいない。

    ところがバフル崩壊によって、今後大きな有効需要の不足が続くという認識が有識者や各国首脳にはない。何か銀行の不良債権の処理さえ済めば経済は上向くという錯覚を持っている。このような状態だからEU各国が、むしろ財政悪化や物価上昇を気にするといったばかげたことになる。実際、EU各国は早々と緊縮財政に舵を切ったり、ECBが連続して利上げを実施した。彼等は全く経済のことが解っていないと思われる。


    誤解してもらっては困るのは、筆者は銀行にある膨大な金融資産を特に問題にはしてはいない。ただこの膨大な金融資産が実態経済に流れないことを指摘しているのである。いわゆる凍り付いたマネーサプライの発生である。

    筆者は、日本においては凍り付いたマネーサプライに見合う金額が丁度政府と地方の累積債務額になっているとずっと言ってきた。実際、日本の金融機関(銀行、生保、郵貯など)は、この凍り付いたマネーサプライで国債や地方債を買ってきたと言える。ところがいまだに頭のおかしいエコノミストは、日本の巨額の財政赤字は無駄な公共事業やバラマキ政策の結果と主張している。もし政府と地方が財政赤字を増やしてこなかったら、今頃日本経済は本当に破滅状態になっていたと筆者は思う。


    筆者は、政府は過剰貯蓄に見合う債券を発行しそれを中央銀行などが購入して、これを財源に財政支出を増やすことを主張してきた。どうせ凍り付いたマネーサプライは簡単には溶け出さない。仮に民間の経済が回復し支障が生じるほどの物価上昇が見られたならば、その時にこの政策を縮小すれば良いのである。


  • 資本主義経済はバブルが付き物
    ドイツ主導のEUは、経済がデフレに陥っているのに、財政赤字をGDPの3%に抑えるよう各国に強制しようとしている。何と無茶でばかげたことであろうかと筆者は思うが、EU首脳は本気でこれを進めるつもりである。そもそも3%という数字自体にも科学的根拠は全くない。

    先週号で述べたように、本当にEU経済の活路は通貨安(ユーロやポンド)しかないと思われる。しかしECBは2ヶ月続けてきた利下げを今月は見送った。本当に通貨安を狙うなら利下げを実施すべきであったが、通貨安による物価上昇を恐れたのであろう。政策の全てが中途半端である。ただフランスなどの国債の格下げによってユーロ安は一段と進むと思われる。


    一方でECBは金融緩和を続行している。低利で銀行に資金を流し、イタリアやスペインなどの高利の国債を買わせている(これによって国債の借換えも順調に進んでいる)。したがって銀行にはかなり大きな利鞘が発生している。この利益で銀行の不良債権の処理を進めさせるつもりなのであろう。

    ただこれにはイタリアやスペインなどが財政破綻しないということが条件となる。ギリシャのように債務の大幅なカットを求められる事態に陥れば、欧州の銀行は本当に潰れる。筆者は何らかの密約(イタリアやスペインなどは財政破綻させない)でもあるのではと思っているが確信はない。昔、日本でも農林系金融機関の住専への融資について財務当局が保証するという約束があったが(念書があった)、結果的に反古(ほご)にされている。


    資本主義経済はバブルが付き物である。しかし筆者は、バブル発生そのものが絶対悪とは考えない(今日のようなデフレ経済が続くよりずっとまし)。またバブルを発生させない経済成長を唱える人もいるかもしれないが、それは難しい事と考える。筆者は要するにバブル崩壊に対する正しい対処法さえ確立されれば良いと考える。

    バブルが崩壊した後、今日、世界はデフレ対策を優先するのではなく、バブル発生の原因を追求しバブル発生の防止を画策している。例えば銀行の自己資本比率を引上げようとする。さらにEUではトービン税の導入も考えている(06/7/3(第443号)「トービン税について」他)。また銀行経営を牽制する米国のボルガー法もその好例と言える。しかしこれらは所詮「後の祭り」である。ところでトービン税についてはEUだけで実施しても意味が薄い。また今日の経済状況を考えるとこのような事を考えている余裕はないはずである。


    バブルが崩壊すると人々の関心は金融機関の不良債権に向く。またせいぜい債務者のバランスシートが傷ついていることに言及する程度である。したがって不良債権の処理さえ済み、時間が経てば経済は自然に回復すると人々は思っている。しかし一方で膨大な有効需要が失われていることに人々は思いが到らない。

    バブル経済が崩壊したならば、政府が前面に出る他はないと筆者は考える。前段で述べたように、どうせ過剰貯蓄は凍り付いたマネーサプライとなって動くことがないのだから、大胆な財政政策を行えば良いのである。ところが人々はバーチャルな財政問題とインフレを気にして腰が引ける。バーチャルな政府の財政赤字の数字が気になるのなら、政府紙幣を発行したり国債を中央銀行が購入すれば済む話である。


    今回のユーロ圏のソブリンリスク騒動を見ていて分かったことは、人々が今日の経済を18世紀、19世紀の状態と勘違いしていることである。生産力が現在よりずっと乏しかった時代である。今日の経済では、追加的な需要があっても物価は簡単には上昇しない。

    ところでドイツでは第一次世界大戦後にインフレが起り大幅な物価上昇を経験した。これがトラウマになっていて、特にドイツ人はインフレに対して異常な警戒心を持っている。しかし彼等は第一次世界大戦でドイツの生産設備が壊滅状態だったことを完全に忘れている。とにかくドイツ人というのは何事にもノイローゼに陥る性質を持っている。



来週は、金融業の斜陽化を取上げる。



12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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