経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


今年は今週号が最後であり、新年第一号は1月9日に予定

11/12/19(691号)
シミュレーションモデルの話

  • 米国製の既製品
    先週号で小林慶一郎一橋大学教授が論拠としている新古典派一般均衡モデルについて触れた。経済モデルと言っているが、これはシミュレーションモデルと考えて良い。一般人は、シミュレーションモデルは凄い経済学者の経済理論を基に組立てられた数多くの方程式で成立っていて、これに数値を当てはめ高性能のコンピュータを使用し、経済の分析や経済動向の予測に使うと思っている。

    したがってシミュレーションモデルによる結果と言われると、正しいのかどうかを別にしてたいていの人々はこれに平伏し一目置く。それを良いことに悪質な経済学者・一般エコノミスト・官庁エコノミストなどは、これを使って誤った世論誘導を行う。それに対抗するには、人々が経済シミュレーションモデルについての知識や情報が必要である。しかしそれは簡単なことではない。


    残念ながら筆者も経済シミュレーションについて特別に学んだことはなくそれほど詳しいわけではない。ただ筆者はこれまで聞いてきた範囲の話はできると思う。

    主に使われている経済シミュレーションは二つある。一つは小林教授が参照している新古典派一般均衡モデルであり、もう一つはケインズモデル(教授の言うところの旧来のマクロ経済モデル)である。後者のケインズモデルは政策変更に対して家計や企業は行動様式を変えないと仮定し、新古典派一般均衡モデルはそれがマクロ変数(消費、雇用、投資など)に影響を与えるという前提に成立っている(おそらく「期待」というものを取込んでいると思われる)。


    人々は経済シミュレーションモデルは、個々の学者やエコノミストが一から組立てていると思っている。ところが日本で使われている経済シミュレーションモデルのほとんどは、米国製の既製品という話である。ただシミュレーションソフトにはオプションがついていて、その国の事情や分析者の思入れをある程度取込める形になっている。筆者は以前あるシミュレーションソフトのフローチャートを見たことがあり、そこには「春闘(なつかしい言葉)の賃金アップ率」なるものが組込まれていた。これも日本の経済事情をオプションを使ってモデルに組込んだのであろう。

    ただソフトが既製品であることに問題がある。基本的な部分は使用者が簡単には触ることができず、また触ることによってシステムが暴走することも考えられる。したがって使用者は、簡単なデータを使ったテストランを行ってシミュレーションソフトの動作確認を行うことぐらいしかできない。もっとも学者やエコノミストが独自にシミュレーションソフトを最初から作成しても、他の人が確認するすべがなく経済学界の中で評価されるとは限らない。


    筆者は、経済シミュレーションモデルの分析で結果が大きく異なるとしたなら、この原因の大半はどちらの経済モデルを使うかに掛っていると考える。つまり新古典派一般均衡モデルとケインズモデルである。もし学者やエコノミストが良心的なら両方のソフトを使って分析する思われる。

    もっとも両モデルを使った場合では、分析結果が大きく異なることが考えられる。たしかにそれでは何を分析結果から主張したいのか分らなくなる恐れはある。ただ小林教授の場合は、一方的に新古典派一般均衡モデルを使った分析結果しか参考にしていないところを見ると、著しく公平性を欠いた研究と言える。

    本当は、新古典派一般均衡モデルとケインズモデルのどちらが正しいのかという議論が必要なのであろう。しかし両陣営ともどちらのモデルを使ったのかを明らかにせず論争が行われることがある。これでは両者の議論はいつも「空中戦」に終わる。


  • 学者やエコノミストの一大特徴
    小林慶一郎一橋大学教授の文章でおかしいと思われる所を指摘したい。まず前段で取上げたように一方的に新古典派一般均衡モデルを使った結果しか紹介していないところである。旧来のマクロ経済モデルの「旧来」という表現から分るように、明らかにケインズモデルを古くて役立たないモデルという印象を与えている。しかし仮にケインズモデルが間違っていたとしても、新古典派一般均衡モデルが正しいという話にはならない。むしろ新古典派一般均衡モデルがとんでもないものである可能性がある。


    本誌は、04/11/1(第365号)「妄言・虚言の正体」で小林教授の今回の論説とよく似た話を紹介したことがある。A教授(正しくは大阪大学のB 教授)は「1兆円も財政支出を増やすと、日本でハイパーインフレが起る」というばかげたことを言っていた。おそらくA教授もこの新古典派一般均衡モデルを使っていたのであろう。

    小林教授やA教授だけでなく、今日の日本には「財政支出による需要創出は、インフレを起し実質GDPは増えない」と主張する頭がハイパーな学者やエコノミストで溢れている。しかし筆者は、これらの人々はこの米国製の新古典派一般均衡モデルソフトによる分析結果を固く信じているだけと思っている。おそらくこの既製品ソフトにどれだけの信頼性があるのか調べた者はいないのであろう。

    新古典派一般均衡モデルソフトを信奉している学者やエコノミストの一大特徴は、現実の経済を見ないことである。またこれが彼等の強みになっている。例えば過去に日本は何十回となく財政支出増大による景気対策を行ってきた。しかし現実の経済を見れば分るように、彼等の言うハイパーインフレが起った事は皆無である。また東日本大震災の復興事業のため、財政支出が増大されているが、これによって日本にハイパーインフレが起る可能性はゼロと考える。


    筆者がもう一つ気になったのは、小林教授の言葉使いである。明らかに読者に誤解を与えるよう悪意をもった表現が多い。例えば日銀による国債購入を「財政破綻」と表現している。これは11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」で紹介したセイニア−リッジ政策を揶揄して「マネタイゼーション」とか「ヘリコプターマネー」と呼ぶより酷い表現である。


    また筆者は教授の「インフレ」という言葉の乱発が気になる。ただこれについては、本誌で何回も取上げてきたので多くは語らない。頭が雑な学者やエコノミストは、物価上昇の事をインフレと表現する。しかし物価上昇とインフレは全く異なる概念である。

    本来、インフレは通貨の膨張を指すのであり、必ずしも物価上昇を意味しない。実際、日銀が国債買い切りオペを継続していることを見れば明らかに、今日、明らかに日本では通貨膨張政策が実施されている。しかし一向に物価は上昇しないのである。つまりインフレ政策が行われているのに彼等の言うところのインフレ(物価上昇)は全く起っていない。そして最悪の表現は物価上昇率のことをインフレ率と呼ぶことである。


    これも新古典派一般均衡モデルが「生産要素(資本・労働)は常に100%使われている」という現実離れした前提で組立てられているからであろう。しかし現実の社会には生産設備の遊休や失業者が存在する。

    ところがこのモデルの信奉者達は、遊休化している設備は陳腐化して使い物にならず、失業者は技術が劣り再教育しなければとても職に就けないと思い込んでいる。したがって追加的な財政支出によって需要が少しでも増えれば、直に生産要素の不足が起き、たちまち物価が上昇する(彼等の言うところのインフレ)と決めつける。たしかに彼等の経済シミュレーションモデルではそうなっているのである。



先週、今週のテーマはそのうちまた取上げる。新年は1月9日号からで、今年の経済を振返りたいと思っている。それでは良いお年を迎えて下さい。



11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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