経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/12/12(690号)
財政破綻のすすめ

  • 「財政破綻」というキーワード
    今週は、財政破綻にまつわり興味ある文章を読んだのでそれを取上げる。11月7日付日経新聞、経済教室の「財政再建コストを測る」(小林慶一郎一橋大学教授)という論説である。


    小林慶一郎氏について、本誌は否定的な論調ではあるが01/3/26(第201号)「銀行の不良債権問題(その1)」を始め何度か取上げたことがある。この学者は、元々は数学者であり、シカゴ大学で経済学を学んでいる。筆者は、まず彼のこの経歴に不快感を感じていた。実際、正直言って「数学界の落ちこぼれの経済学者」「シカゴ大学というカルトの殿堂の出身者」といった先入観でこの学者を見ていた。

    筆者は、昔から、経済学が数理経済学に偏重するようになってから経済学の堕落が始まったと思っている。また数学界の落ちこぼれ学者を有り難がっている日本の経済学界を異常と感じていた。また今日数式を解くことが経済学を学ぶことと勘違いする風潮が蔓延している。

    経済学が数学を利用するのは分るが、彼等は数式に乗るよう経済現象を過度に単純化したり、非現実的な仮定を用いまた現実離れした前提条件を置いてモデルを構築し分析する。例えば「生産要素(生産設備・労働)は常に100%使われている」といったばかげた仮定を平気で用いたモデルで「財政支出による追加的な需要はハイパーインフレを招くだけ」という、絶対に有り得ない結論を導き出しこれを喧伝している。


    彼等は得意の数学を駆使し精緻な分析を行うが、肝心の前提条件がボロボロであるため、現実離れした結果が出る。ところが一頃、ケインズ経済学への反発からか(ソ連の崩壊前後から)、この手の経済学者がノーベル経済学賞を受賞するケースが増え、彼等こそ経済学者の本流と勘違いされた。日本では彼等の一派が長らく「そのうち円や日本国債の暴落が起る」と主張している。ところが現実の経済の動きは全く逆に動いている。

    しかし彼等は、現実の方が間違っていると言い訳を捜し回る(多くの場合「国民の金融資産が大きいから破綻の時期が遅れているだけ」と苦しい弁明を行う。これを言い始めてどれだけの歳月が過ぎたのだ。)。自分の経済モデルは正しいが、規制緩和が進んでいない現実経済の方が間違っていると言って逆ギレする新古典派(ニュークラシカル)のエコノミストと似ている。

    彼等にとって現実の経済の動きより、自分達のモデルの正統性の方が大事なのであろう。とんでもないこの種の経済学者は、自分達のいい加減なモデルに合うよう社会の方を変えることを主張する。まさに「構造改革派」とは彼等のことである。


    前置きが長くなったが、小林教授の文章のポイントを列挙すれば「財政再建と破綻のコストの比較考量が重要」「財政が破綻するとインフレや銀行危機誘発」「政府による外貨資産購入で将来の円安防げ」となる。ただし最後の「外貨資産購入うんぬん」の話は省略する。


    小林教授は、財政の持続可能性の観点から必要な増税、特に消費税の増税率を提示している。これには何人かの経済学者の新古典派一般均衡モデルを使った研究を紹介し、これらを参考に財政持続のために日本は30〜35%の消費税が必要になると結論付けている。また消費税増税がいやならそれに相当する財政支出の削減が必要になると述べている。ここまではよく聞く話であり目新しさはない。

    ところが小林教授の今回の話で面白いところは、「今日の政治状況を見ても分るように、このような増税や財政支出の削減は無理」と判断しているところである。つまり彼は日本の財政が持続困難であり破綻に向かうと言うのである。そしてこの「財政破綻」という言葉こそまさにキーワードである。本誌が初めて小林慶一郎氏という経済学者を取上げて10年が過ぎたが、随分と現実的になったものと筆者は感心した。筆者もこれしかないと思っている。


  • 経済厚生上のコストの比較
    小林教授の文章で次に重要な概念は「経済厚生上のコスト」というものである。具体的には増税、または財政破綻が及ぼす国民経済への悪影響といったものである。教授は増税・財政支出削減による「経済厚生上のコスト」は新古典派一般均衡モデルで算出できるとしている。

    これによると30〜35%の消費税で国民の消費が1.5%減るのと同じと述べている。たったそれくらいと思われるが、新古典派一般均衡モデルの精度についてはあまり突っ込みたくない。おそらく何かの間違いであろう。


    ここで小林教授の文章で最重要なキーワードである「財政破綻」の説明をする。教授は、増税や財政支出削減は無理であり、結果的に足らない財源は国債を発行し、これを中央銀行(日銀)が買入れる他はないと結論付けている。そしてこの中央銀行が国債を買う事態をまさに「財政破綻」と定義している。

    つまり何てことはなく筆者達が主張しているセーニアリッジ政策を「財政破綻」と呼んでいるだけである。おそらく日銀による国債買入れだけでなく政府紙幣発行も「財政破綻」と言うのであろう。しかし日銀による国債買入れは毎月行われていることであり、日銀の国債保有残高は70兆円程度あると推定される。つまり日本は既に教授の言うところの「財政破綻」状態がずっと続いていると言える。


    しかし一方の「財政破綻」(中央銀行による国債買入れ)の「経済厚生上のコスト」を測る計量モデルがないことを教授は指摘する。そして「財政再建(増税や財政支出削減による)と破綻のコストの比較考量が重要」と一つの結論を出している。

    そしてもう一つの結論が「財政が破綻するとインフレや銀行危機誘発」ということである。ここでいう銀行危機誘発とは、中央銀行による国債買入れによって大幅なインフレが起り国債価格が下がり、つまり国債価格の暴落によって銀行の経営が危機に陥るという話である。


    ここから小林教授の文章の中で明らかに事実と違う点を指摘する。まず「中央銀行による国債買入れによって大幅なインフレが起る」という箇所である。今日の日本のように大きなデフレギャップが存在する場合、中央銀行の国債買入れによる追加的な需要増(財政支出の増加)があっても簡単には物価上昇は起らない。さらに今日の消費の構成は、需要が増えることによってむしろ価格が下がる物の割合が大きくなっている(電化製品や通信関連消費など)。

    実際、日本で日銀が国債の買い切りオペを始めてからそれが原因で物価が上昇したという話は聞かない。むしろ財政支出を増加させるため、もっと大胆に国債を発行し日銀がそれを買入れるべきと筆者達は言っているのだ。またもちろん筆者達は、無制限に日銀の国債購入や政府紙幣の発行をしろと言っているのではない。国民が容認できる物価上昇の範囲内のセーニアリッジ政策である。

    また「中央銀行による国債買入れによる大幅なインフレが国債の暴落を招き、国債を保有している銀行の経営を危機に陥らせる」という表現がまことに奇妙と言いたい。中央銀行が国債を買入れるのに、なぜ国債価格が暴落するのか明らかに矛盾している。極端な話、発行している国債の全てを買い切っても良いのである。


    ただ文章の全体を通して面白いという部分がある(もっともそれがないのなら本誌でわざわざ取上げることはない)。前述のように「財政破綻」の「経済厚生上のコスト」を測る計量モデルがないことを教授が指摘している点である。小林教授は財政再建(増税や財政支出削減による)と「財政破綻」(中央銀行による国債買入れ)の経済厚生上のコストを測り、より厚生上のコストの小さい政策を選択すべきと述べている。

    まさにこれこそ筆者が日頃主張していることである。セーニアリッジ政策によって有効需要が増え物価が上昇する可能性はあるが、これによってGDPが増え国民所得が増え消費が増える。一方、増税(消費税増税)や財政支出削減という財政再建政策なら確実に物価が上昇するが実質国民所得は減少する。両方とも同じ物価上昇が起ると想定されるが、筆者は明らかにセーニアリッジ政策(教授の言う財政破綻)の方が厚生上のコストは小さい(むしろコストはマイナスと思われる)と考える。

    そして小林教授には是非ともこの研究を進めてもらいたい。ただ新古典派一般均衡モデルを使うのはやめてもらいたいものである。他にもっとましなモデルがあるであろう。



来週は、今年の最後で、今週の続きと今年の経済を振返る。



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