- ある卸商の話
日本の金融を考える場合には、日本の金融機関の独特の成り立ちを考える必要がある。そして日本の金融機関の「発祥」や「元」となったものは色々ある。もちろんこれらの発展段階では欧米の金融機関の仕組やあり方に影響を受けてきたことも事実である。しかし、金融や経済の仕組はその国の歴史や風土と言ったものに強く影響を受けながら発展していることも否定できない。最近よく「アジア的経営とかアジア的経済」とよく言われる。なにがアジア的なのか定義は一様ではないが、たしかにアジアの経済には、欧米経済にあまり見られない共通する特徴がある。さらに日本経済にも日本的な特徴があり、金融の世界も日本独自の特徴を維持しながら今日に至っているのである。もっとも欧米流と言ってもそれぞれの国や地域で同様に特徴があり、一様に理解できないことも同じである。 ここからは昔ある卸商から聞いた話である。この卸商の販売先一つである販売店にまつわる話である。この卸商の話ではこの販売店が一向に卸した商品の代金を払わず、売掛残高が徐々に増え、今では数千万円にもなっているとのことである。その額は販売店の引き取り額で数年分に相当し、筆者も驚いてその訳を聞いた。もっともこの卸商が売掛残高が大きくなるまで強く返済を求めなかったり、商品の出荷をストップしなかったことには一つのこの卸商の思惑があった。これについては話が長くなるので省略する。 この卸商によれば、この販売店の所在地であるその「村」には悪い人間ばかりが住んでいると言うのである。と言うのは今この「村」では「小金」を持っている者の間で「金貸し」がはやっていると言うことである。人里離れたこの村には娯楽施設もなく、近くに公営ギャンブル場もなく、この「金貸し」がこれに替わる娯楽になっていると言うのである。この「小金」を持っている連中が、この販売店に順番に金を貸すことをあたかもゲームのように行なっていると言うのである。A がこの販売店の店主に仮に一千万円貸し、一定期間後に元本と利息を返してもらう。もちろんこの販売店は金がないないので、彼は別のBから借りてこれを調達し、Aに返済する。以降、この販売店主は順番に同様な資金の借入と返済を繰り返すことになる。この間に借入金額はドンドン大きくなる。金利も法律で定める上限をはるかに超えていることは容易に想像できる。また貸す方はこの販売店がまともに返せると思って貸すのではない。誰かがまたこの販売店に金を貸すことを想定して貸すのである。貸す方にとって、これはあきらかに一種の賭けである。この借り貸しの「輪」には前に金を貸して返済を受けた者が再登場することもある。このゲームはこの販売店の店主が「夜逃げ」するまで続き、いつ「夜逃げ」するかそのタイミングを予想することがこのゲームのポイントである。仮にA、B、Cについては貸した金の返済を受けが、Dが貸した後、返済されないままこの販売店の店主が逃げた場合には、勝者はA、B、Cであり、敗者はDである。販売店が介在しているかが、このゲームの本質はA、B、C、D間の賭けである。いつどの時点でこの店主が夜逃げするかが問題なのである。結果的にはこの話をしてくれた卸商も、その売掛金のかなりの部分が貸し倒れとなってとんだトバッチリを受けたのであるが。 最近世間で問題になっている「システム金融」の仕組もこの話と似ている。「システム金融」の場合にはこのA、B、C、Dがグルになって一人の事業者に金を無担保で貸付け、法外の利息を得るのである。この場合も貸し付けた相手がまともに返せるとは考えていない。金を貸し付けた相手が近親者や知人から無理して調達し、返済に当てた分の「金」が彼等の利益となるのである。先の卸商の話を例にすれば、この卸商がこうむった売掛金の貸し倒れに相当するものが「システム金融」業者の利益となるのである。
- 日本の土壌に根差す金融
卸商の話は日本に根差した金融のあり方を考えるうえで一つのポイントである。他人に「金」を貸す時にはなんらかの保証が必要になるが、この販売店の店主の場合の保証とはこの「村」に住んでいること自体である。店主は生活の基盤をこの「村」においており、ここに住み続けるには借金をいつかかえさなければならない。つまり借金を返済することが「村の掟」となっているのである。借りたものは返すと言った「村の掟」を破る場合には、その人間はその「村」から出ていく他はないのである。またこの「村の掟」があって始めて、この「金貸し」がゲームとして成立するのである。 日本ではこのような人間関係や共同体を保証、つまり担保にした「金」の貸し借りがさかんに行なわれている。担保をとる場合も形だけのケースもこれに含まれるであろう。日本の「企業間の信用取引」もこの延長と考えられる。日本は他に逃げ場のない島国であり、このような互いの信用をベースにした取引形態が発達する要素は大きかった。また、これが取引を効率良く活発にしてきた側面も否定できない。したがって最近話題となっている金融機関による「貸し渋り」だけでなく、これらの企業間の信用の収縮も発生しており、これが取引の阻害要因にもなっているのである。 話は卸商の話に戻る。日本であり昔から共同体内で民間金融が行なわれていた。その一つが「講」、つまり「頼母子講」である。元々これは仏教の講話を聞く集まりが互助会組織となり、その中で金の貸し借りがなされるようになったのが始まりである。これはその後「無尽」として組織化され、「無尽」は現在の第二地銀の前身である「相互銀行」に発展した。「ねずみ講」もこの「講」の変種である。また「講」は現在も行なわれており、地域によっては「もあい」とも呼ばれている。やり方は、会員がそれぞれ何口か出資することから始まる。「金」必要とするものが入札でこれを落とすことになるが、落札するには他人より高い金利を提示することになる。利益は出資者に配当されるが、一部は「講」の懇親に使われる。しかし「講」は元々助け合い組織であり、止むを得ない事情で「金」が必要となる会員には低い金利で落とせるように皆がはからうケースもあるようである。 「講」が成り立つのも会員の人間関係があるからであり、それが担保になり貸し付けが行なわれるのである。現在の日本ではこのような共同体内における金融の比重は小さくなっている。この間隙をぬって、業績を伸ばしているのが「消費者金融」である。「消費者金融」業者はリスク管理の徹底と調達資金の低金利により、空前の利益を得ている。多くの銀行がバブル期に発生した大量の不良債権で苦しんでいることと好対象である。そして筆者は、バブル期の銀行の行動が結果的には今週号で述べた卸商の話にあった「金」の貸し借りゲームに非常に似ていたと考えており、これについては来週号で述べたい。 後日談であるが、今週号で話した販売店の店主は夜逃げするまで、のんきに毎晩のように車を飛ばし、近くの地方都市にある「カラオケ」に遊びに言っていたそうである。そう言えば、バブル期に銀行から多額の融資を受けながら不動産を取り扱っていた者達も、毎晩よく豪遊していたことが思い出される。
|