経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/11/21(687号)
避けられる根本問題

  • 「財政」の本質的で根本の問題
    日本に限らず、人々は物事の本質、あるいは根本にある問題を考えることをなぜか避ける。例え時間が過ぎ時代が進み、これまで真実と思っていたことが間違っていたことが分かったり、常識と思っていたことがもはや通用しないことを薄々感じてもこれを認めようとはしない。今日の日本では、一般の人々だけでなく大半のマスコミ、そして政治家までが物事の本質や根本にある問題を考えようとしない。


    例えば放射線の危険性について、以前と全く違う学説が有力になっている。実際、世田ヶ谷の放射線騒動では、住人が年間30ミリシーベル(別の専門家は年間90〜180ミリシーベルトの被曝量と算定)の放射線を40年間浴びていたが全く健康被害を受けていない。低線量の放射線はむしろ健康に良いという主張が本当に思えるほどである。

    ところが日本のマスコミ等は、放射線の本当の危険性という根本的な問題をほとんど取上げない。大昔の学説を根拠とした安全基準やそれを元にした今日の法律を絶対視した報道を続けている。連日、どこそこでホットスポットが見つかったと大騒ぎしているが、その程度の放射線が全く健康に影響がないのなら「何とばかげたことをやっている」ということになる。

    仮に低線量の放射線の健康被害が昔から考えられていたよりもずっと小さいということになれば、今日問題になっている除染のやり方などは大きく変わるはずである。また原発の放射性廃棄物の処理方法も大変更が必要になると思われる。ところがこの放射線の危険性といったこの根本の話にマスコミや政治家は全く触れようとしない。


    先週号で経済の一つの本質は「需要と供給の関係」と述べた。また「異常に増えた日本国民の金融資産」や「日本国民の寿命の伸び」「飛躍的な技術進歩」といった事柄がこれを取巻いている。ところが今日、これらの本質的であり根本的なはずの事象が軽視されている。筆者は、このような状況ではとても正しい経済政策は有り得ないと考える。

    たしかに金融資産が増え、寿命が伸び、また技術進歩がなされることは良い事であり目出度い事である。ところがこれらが逆に今日の経済や人々の生活を脅かしているのである。このことに早く気付くべきと筆者は考える。


    まず金融資産が増えるということは、一方で有効需要が減ることを認識する必要がある。これについては本誌でも何度も取上げてきた。これは数人で完結する経済循環モデルを用いれば簡単に分る。互いに生産した財を交換(売買)し、生産物を全て消費しているのなら需給のアンバランスは起らない。

    ところが誰かが消費を抑え貯蓄を行えばその分需要が減る。そこで銀行等の仲介者がいて、その貯蓄が投資(消費でも良い)に回れば需給は再び均衡することになる(古典派経済学では金利がパラメータになって貯蓄・投資は常に均衡することになっている)。しかし今日の日本では長期金利が1%になっても金を借りて投資や消費を行う者が現れない(金を借りたがっているのは信用不安のある企業や個人ばかり)。このことによって日本は慢性的なデフレに陥っている。

    また企業は、将来の円高を招く恐れのある輸出に活路を求めるところに追込まれている。日本はずっと需給の不均衡を輸出で誤魔化してきた。さらにこの円高を為替介入で誤魔化そうとしてきたのである。なぜもっと内需を拡大しないのか不思議でならない。


    本誌で何回も取上げたが、日本のマーシャルのkは2.0(郵便貯金を含んで)と異常値を示している。通常の経済活動は0.5程度あれば十分回る。つまり1.5程度余分な金融資産(マネーサプライ)が存在することになる。また逆に日本のマーシャルのkを0.5にするには、名目GDPを今日の4倍、つまり475兆円×4=1,900兆円になっていることが必要である。

    今日の政府や地方の純債務は余分な金融資産(マネーサプライ)にほぼ見合う。つまり政府や地方が大きな借金をし財政支出をしているから、日本経済は少しずつ縮小しながらもかろうじて窒息死の手前で止まっている。ところが「財政」と言えば、必ず「無駄」かどうかといったことだけが日本では話題になる。無駄かどうかはそれぞれの立場の人々の主観に依る。「財政」の本質的で根本の問題はマクロ経済との関わりである。


  • 難しくなった「潔い人生」
    日本人の寿命は伸びているが良いことばかりではない。明治の昔は日本人の平均寿命は55歳程度であり、定年も55歳くらいであった。つまり事実上終身雇用であった。しかし今日の男性の平均寿命は75歳以上に伸びたため、定年後も働き続けることになった。

    ところが日本の現状の仕組はそれに対応していない。まず60歳まで同じ会社や役所で勤められる者はそんなにいない。60歳を待たず子会社や役所の関係する団体・企業に再就職するのが普通である。ましてや業績不振の企業ではもっと若い人々が希望退職を募られる。


    今日、公務員の天下りが問題になっている。しかし事情は民間も同じであり、高齢者の再就職が難しい問題として浮上している。またもし高齢者を組織内に温存すれば、若年層の人々の働き口を閉ざすことになる。

    ほんの一部の社員や官僚は、役員や高級官僚になって多少定年が延びるが、終身雇用ということにはなっていない。公務員組織は関係諸団体を次々と立ち上げOBの受け皿としてきた。民間も子会社を作ってOBを送り込んできた。しかし関係諸団体や子会社の生え抜き社員が定年を迎えるため、さらに息の掛った団体や孫会社を作らざるを得なくなっている。

    一番良い再就職先は、繋がりが強い関係団体や100%子会社である。そして段々と関係の薄い団体や会社、例えば取引先にOBの面倒を見てもらうことになる。特に、今後は年金の給付開始年齢が引上げられるため再就職希望者が増え、この問題は一段と厳しくなる。


    マスコミは、公務員の天下りを声高に批難している。しかし厳しくなっている日本の再就職問題の全体について何ら解決策を持っているわけではない。だいたいマスコミ人だって明日は我が身であり、他人事ではないはずだ。この問題の根本には平均寿命が伸びたことがあり、これはどうしようもない事である。ところがマスコミはこれにはほとんど触れない。

    今日、年金の給付額が削られ給付開始年齢が段々と引上げられている。公務員であろうが民間であろうが団塊の世代より10歳以上若い人々は、本当に厳しい現実に遭遇することになる。このような大きな困難があるのに、問題を「公務員の天下り批難」に矮小化している日本のマスコミはどうかしている。

    特に公務員は30年くらい前までなら年金の額もある程度大きかった。したがって定年を迎えると同時に引退し、再就職をしないことも可能であった。そもそも元いた官庁の後輩に頭を下げ予算を取ってきたり、仕事をもらってくるなんて事はしたくないはずである。しかし寿命が伸びた事と年金の減額によって、再就職なんかしないといった「潔い人生」を送ることは段々難しくなっている。


    残念ながら筆者はこの問題を解決する良いアイディアを持っていない。考えられるとしたなら、まず年金財政にもっと大胆に国費を投入することぐらいである。もう一つはマクロ経済の拡大によって再就職先を増やすことである。これは若年層の失業対策にとっても有効である。

    また日本の公務員の比率は、他の先進国より低いという事実を指摘しておく必要がある。したがって俸給や待遇を下げることは考えられるが、今後、公務員や準公務員をむしろ増やすことが必要になってくるとまで筆者は考える。例えば自衛隊の予備役の拡充などを考えても良いと思っている。


    日本は低成長を続けることによって新規の企業が生まれなくなっている。日本の開業率は先進国で最低であり、最近、総務省はこの数字を発表しなくなった。ところで政府や構造改革のエコノミストは、ベンチャー企業を育てることによって日本経済が成長するといった間抜けな事をいまだに言っている。

    しかし話は全く逆であり、経済が成長するからベンチャー企業が生まれるのである。経済が成長するから市場に隙間ができビジネスチャンスが生まれ、中小・零細企業がそこに進出できる。今日のような低成長では大企業がその市場の隙間まで取ろうとする(実例ならどれだけでもある)。


    人生が長くなったのだから、今後、一つの官庁や企業を勤め上げるということは稀になろう。ところが逆に日本では安定を求める人が増え、公務員の志望者が増えている。公務員になるための予備校があるなんて日本は異常である。

    また日本ではもっと起業や自営というものが増えても良いと思われる。しかし経済の低成長によって起業や自営業のリスクは大きくなっている。実際、筆者の知っている起業家のほとんどが失敗している。たしかに経営に問題があったケースも多いと思われるが、バブル崩壊後の経済の低成長によって市場に隙間が生まれにくい状況が続いたのも事実である。



来週は「飛躍的な技術進歩」を取上げる。



11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
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11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
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10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
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10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
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