経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




11/11/7(685号)
組織の異端児的存在

  • 自分の家の庭先だけを掃除
    まず先週の話を少し続ける。組織の上層、あるいはエリート的な立場の人々の方が、組織の原理主義的発想からより自由と筆者は述べた。ここで言う原理主義的発想とは、例えば日銀マンなら「物価の安定、つまり円の価値の維持」であり、財務当局なら「財政の健全化」といったものである。

    ただ組織の原理主義的発想というものは時代が進むにつれ現実に合わなくなることが多いが、これについては別の機会に取上げる。日本では、ずっと政府の累積債務が問題にされて来た。財務当局にとって財政再建が最大の課題であり、そしてこの解決には財政支出削減と税収増加が必要になると思っている。


    原理主義者はこの税収増加の方を増税で達成しようと考える。これらは単純で分りやすい発想であり、ギリシャの財政再建策と全く同じである。また今日の財務当局の周りを、このような考えを世間に向かって宣伝している財政学者や経済評論家、そしてマスコミ人が取り巻いている。また自分で良識があると思い込んでいる人々はこの政策が常識と考える。しかし筆者に言わせれば、これらの良識人は単に考えが浅いだけである。

    一方で、今日のデフレ経済のもとでそのような政策を採れば、一段とデフレが深刻化しむしろ税収は減少し、財政再建どころではなくなると考える人々がいる。この考えの人々は、今は逆に財政赤字を増やしても、日本経済を立直した方が将来税収が増え、財政再建が可能と考える。先週号で取上げた積極財政を唱える大蔵省出身の政治家や旧大蔵省のエリートには、このような考えの人々が多かった。

    積極財政を唱える政治家や官僚にはバランス感覚があり、財政運営を考える時、マクロ経済に与える財政の影響を考える。ところが大蔵省から財務省になってから、財政が経済に及す影響を財務官僚はほとんど考慮しなくなった。縦割りの日本の官庁は、自分の家の庭先だけは掃除し綺麗にしておこうとする。財務省も庭先官庁になった印象である。


    「物価の安定、つまり円の価値の維持」という原理主義的発想を持つと思われている日銀の出身者にも柔軟な考えの人がいる。筆者がお会いした人は、渡辺さんいう方で熱心な政府紙幣発行論者であった。何回かお話をする機会があり、一度は日本経済復活の会の小野さんが日短の本社(渡辺さんは当時日短の社長)に招かれた時、一緒に伺ったことがある(8年ほど前)。

    通貨を発行している日銀の幹部であった人物が政府紙幣の発行を主張しているのであるから、変に思う者は多いであろう。たしかに日銀という組織を考えると異端児的存在に映る。しかし渡辺さんは日本の有効需要が大きく不足していることを認識しておられた。したがって必要な政策は、財政支出の増大と金融緩和ということになる。


    しかし金融政策の有効性には限界があり、むしろ財政政策なしの過度の金融緩和には弊害が伴うことを危惧されていたと思われる。日本の財政状況を考えれば、政府紙幣を発行しそれを財源に大胆な財政政策が必要と考えておられたのであろう。たしかにこれによって日銀は金融市場の安定を、そして政府は経済の立直しを担当するといった役割分担がはっきりする。

    今日、小粒な景気対策や為替介入に伴う政府の借金を、国債買い入れなどで日銀はファイナンスしている。しかし日銀マンならズルズルと国債の買入れが続くことを危惧するはずである。たしかにこのままでは長期国債の買入れ限度を日銀券の発行額としている日銀の内規が、そのうちなし崩しになると思われる。このような状況を渡辺さんは心配していたと筆者は考える。

    筆者は、政府紙幣発行という主張は、むしろ日銀出身者として一つの見識と思っている。世間は財務当局や日銀を同じ考えの人々の集団と思い込んでいる。しかし実際は、このように考えがかなり違う人々が混在している。ただ官庁の原理主義的発想から大きく外れた事は表立って言えないのが現実である。渡辺さんも日銀を退いてから自由に発言ができるようになったと筆者は思っている


  • 皆で貧乏になろう
    大蔵省から財務省になり、財務省はより原理主義的な財政再建路線を目指すことになった。しかし財務省の官僚がこの路線に自信があるわけではない。実際、歳出削減と増税で財政再建を強引に進めるならば、日本経済は100%潰れる。瞬間的にピカピカの財政が達成されても(大きな歳出削減と大増税によって)、日本が焼け野原になるのは確実である。

    東日本大震災の復興には何を差し置いても、財源の裏付けとなる復興税が必要となるといった突飛な考えが飛出した。訳の分らない県知事(松下政経塾出身)は復興税は絶対必要と熱弁をふるってこれを援護していた。大蔵省時代では考えられないような奇妙な光景であった。例えば阪神・淡路の大震災の時は、復興財源が問題になるなんて事は全くなかった(もちろん当時も日本の財政は破綻寸前と言われていた)。これを見ても今日の財務当局の感覚は相当ズレている。

    復興税を財源として復興債が発行されることになった。ところが復興債の償還期限を15年とか20年に延すという話である。つまり年間ではたった1〜2兆円の話であり、実質的に復興税構想は腰砕けになっている。おそらく小さな増税を行って財務当局の顔を立てるという結末であろう。しかしこの程度のことで何故「復興税」と大騒ぎをしたのか不思議である。


    前段で取上げた「マクロ経済に与える財政の影響」について補足する。今日の名目の日本経済は相当縮小してしまっている。したがって10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」で述べたように、今日、名目GDPに対する税収の弾性値が相当小さいところまで経済活動レベルは落ちている。この状況では積極財政を行っても大きく税収を伸ばすことは難しい。

    つまり多少の財政支出を増やしても、それに見合うほどには税収の伸びは期待できないのである。したがって大蔵省時代の積極財政派が健在であっても、累積債務は増え続ける可能性が高い。その結果に対して財務当局の原理主義者は「それ見たことか」と言いそうである。


    筆者は、ここに至っては日銀出身の渡辺さんなどが主張している政府紙幣の発行、あるいはそれに類する政策しかないと考える(これらを財源に大胆な財政政策を何年も続ける)。ただ11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」で述べたように、政府紙幣発行より永久債の発行とその日銀引受けの方が実現性が高いのではないかと筆者は考える。さらにハードルを下げるのなら、永久債ではなくとも超長期債の発行とその日銀引受けでも良いと筆者は考える。

    そしてこのような政策(政府紙幣の発行や永久債の日銀引受け)となれば、日銀ではなく政治の出番である。しかし原理主義でこり固まった財務当局とその周辺は、これに強い抵抗を示すと思われる。それらは財務当局がこれまで進めてきた事と全く正反対ということになる。またこれによって日本経済の復活と財政再建が実現したなら、今まで言ってきたことが嘘になるのである。


    今日、財務当局は消費税を10%に増税することを目指している。また厚労省は、世界一の規模の公的年金の積立金を持ちながら、年金保険料の増収と年金支給年齢の引上げを画策している。さらにマスコミは公務員給与引下げなどの歳出削減キャンペーンを繰り広げている。

    誰も彼もマクロ経済への悪影響を全く考えない主張を展開している。要するに「皆で貧乏になろう」と言っているのと同じである。本当に、日本はジリ貧路線をまっしぐらで進んでいる。



来週は、根本に立ち戻って経済を論じてみる。



11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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