経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/8/29(676号)
円相場の今後の動き

  • 超長期の円相場
    本誌は、これまでも為替動向を時折取上げてきた。ただ日々の円相場は、様々な要因がからみあっていて予測するのが難しい。一方、中長期の為替の動きは、基本的に日本の経常収支で決まると筆者は考えている。日本は恒常的に経常収支が黒字であるから、ずっと円高傾向が続いていると解釈している。

    最初に超長期の為替動向を予想したのは、14年前の97/10/13(第37号)「市場の心理を考える」である。そこで30年後(2027年頃)の円レートを1米ドル40〜80円と予想した。当時、円安が進行中で、多くのエコノミストが200円以上の円安になると完全に間違った事を言っていた。特に財政再建派と構造改革派は、財政再建と構造改革を実行しない限り、日本からのキヤピタルフライトが永遠に続くといった間抜けな事を言っていた。

    またこの11年後の08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」では、「仮にここ1年くらいで1ドル90円が定着すれば、20年後の40円という超円高へのラインにちょうど乗ることになる」と筆者は述べた。実際、翌年の09年には90円が定着した。ただ今日の76円の円高は、方向としては合っているが、筆者の予想よりかなり速いピッチで円高が進んでいることを示す。今週号の最後に述べるが、これには当然反動が考えられる。


    日々の為替相場は様々な要因で動くと説明されている。しかし筆者は言われている要因のほとんどが怪しいと思っている。もっともそれらが怪しくても、市場参加者が「本当、あるいはそうかもしれない」と思えば、その方向に相場は動く。

    その代表が「金利差」である。実際、ある程度の期間は日米の金利差と円ドル相場はかなり強い相関関係にある。昔は多くのエコノミストが「水が高い所から低い所に流れるように、資金も金利の低い国から金利の高い国に流れる」と言っていた。

    一方、経常収支を重視する本誌は、このような資金の流れはおかしいと何回も指摘してきた。ところがこのような安直な言葉に誘われ日本から米国に多額の資金が流出していた時代が何度かあった。当然、その時代は為替が円安で推移した。しかし金利差による資金の流出による円安は、矛盾を蓄積することになり、度々大きな円高への調整がなされてきた。


    ところで今日のような円高が続けば、明らかに高金利を求めて過去に米国債券に向かっていた資金の損益は大赤字であろう。反対に、低金利の日本の国債を買っていた方が確実に収益を上げている。これは政府・日銀の為替介入資金の損益を見ても明らかである。


    日本の外貨準備はほとんどを米国債で運用している。そして10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」で述べたように、昨年の時点で評価損が31兆円に達していた。ただし為替介入は、日本国内で低金利で調達した資金で米国債を購入しているので、一方で剰余金が発生している。この剰余金を差引けば、外為特会は約10兆円の赤字である。さらに09年度に剰余金を2.5兆円取崩しているので、差引後の赤字は7.5兆円になる。ところがその後の円高によって、さらに評価損は40兆円、外為特会の赤字は20兆円(剰余金の取崩し額の2.5兆円を差引くなら17.5兆円)に膨らんでいる。

    為替介入は、基本的に円高時に実施されるものであり(ただし小泉政権下ではさして円高でない時点で、不可解な大量の為替介入が行われた)、これでも外為特会は比較的小さな赤字額で済んでいる。しかし民間はかなり円安・ドル高時に大量の米国債の購入を行っているケースが多い。したがって高金利を得て、さらに国債価格の上昇(米国債の利回りも低下している)による収益を考慮しても、為替差損が莫大なため大きな赤字になっていると思われる(円安時に売却していれば助かっているが)。


    このように「資金は金利差で動く」という単純な話による資金運用は、完全に失敗していると見て良いであろう。当時、本を出版し日本の財政破綻を警告しながら海外ファンドへの投資を募っている「何々隆」という者もいた(日経新聞にもよく広告を出していた)。話はそれるが、立花隆氏を除き「何々隆」という人物で筆者が信用できない者が多い。ジャーナリストや評論家で、やたら人々の不安を煽り自論に誘導する「何々隆」が3名ほどいる。

    この話が正しいのは他の全ての条件が同じの時だけである。しかし現実の経済ではこのようなケースは稀である。まず日米では物価上昇率が異なる。また国によってリスクが異なる。いくらギリシアの国債の利回りが良いと言っても、買う者がほとんどいないことを考えれば当然の話である。

    今日、このリスクが異常に意識された資金の流れになっている。米ドルとユーロのリスクを回避するため、日本円とスイスフランが買われている。おかしいのは英ポンドも買われていることである。英ポンドは低リスクとは言えないが、どうも英ポンドの市場規模が他の国の通貨より大きいことが理由らしい。とにかく投資家は米ドルとユーロから逃げたがっている。


  • ケインズ理論に外れる日本の労働市場
    円相場に関して不可解な話を二つ取上げる。今週取上げるのは「物価を考えると今日の円高は、95年当時の円高(80円を少し越えた円高)に比べれるとさほどでもない」という意見である。多くの経済学者やエコノミストが同様の解説をしている。筆者は「それはちょっと違う」と考える。

    95年の超円高は瞬間的なことであった。95年の平均レートは93.97円であり、しかもその後3年間は円レートが下落を続け98年の平均レートは131.02円であった。今回の円高は昨年の8月から始まり、ずっと円高が進行し今日の76円に到っている。つまり経済を2〜3年のスパンで見た場合、明らかに今回の円高の方が日本の産業にとって「きつい」状況である。今日の円高を「さほどでもない」と言っている経済学者やエコノミストは、現実の経済の動きや状態を見ようとしていない。


    バブル崩壊後であったが、95年当時の日本の企業はある程度の余裕がまだあった。筆者はよく日本の企業を「ぬれ雑巾」に例えていたものである。その後日本の企業は円高の進行に合わせ合理化を進めた。さらに中国や韓国といった自国通貨を安く操作している国の企業との競争が激しくなり、一層の合理化が必要になっている。既に日本企業は、雑巾が絞られた状態でほとんど余裕がなくなっている。

    日本社会全体が、円高に対抗し競争力を維持するためにかなりの合理化を行ってきた。例えば企業は、給料カットに加え正社員を減らし不定期雇用を増やしてきた。また人手の掛る工程を中国などに移転させてきた。これらの過程で下請企業の整理が行われた。この結果、日本の雇用者所得は減り続けている。日本の物価上昇が著しく低いのは、円高による輸入物価の低下に加え、この雇用者所得の減少が大きく影響している。


    先週号で、ケインズ経済理論に外れる例として米国の消費(株価変動による資産効果が影響)を取上げた。日本経済の場合は、労働市場がケインズ理論にちょっと外れると筆者は考える。まずケインズ経済理論では、労働市場の「賃金の下方硬直性」が指摘される。需要減少に対して企業経営者は賃下げではなく、雇用のカットを選択する。また労働者も賃金が下がることを拒む。この結果、失業が発生することになる。つまりケインズ理論では賃金に下方硬直性が存在すると考える。

    一方、古典派、新古典派の経済学では、労働者は賃金の引下げに応じれば雇用を確保できると考える。日本のある極端な新古典派の経済学者は、日本の労働者の全てを派遣社員にすべきと主張している。個々人の能力に応じ派遣価格を決め派遣する。単純労働者だけでなく、各種の専門家、例えば医師なども派遣の対象である。たしかにこれによって失業は発生しないことになる。また新古典派の経済学者は、そのため最低賃金制や労働組合の存在を批難する。


    欧米諸国は、比較的、ケインズ経済理論が適応するような社会である。一方、ここ20年くらいの日本の労働市場は、新古典派の経済学理論に近い動きをしている。このため欧米諸国は依然高い失業率を続けているのに対して、日本は先進国で一番低い経済成長率にもかかわらず、少なくとも失業率は先進国の中で一番低い水準にある。

    これは日本の経営者と労働者が「雇用か賃金」で雇用を選んできたからである。たしかにどれだけ円高が進んでも、日本の労働者が賃下げという合理化に耐えて行けば、日本の製品の競争力はある程度維持できる。しかしこれには労働者の犠牲を伴っていることが忘れられがちである。実際、新古典派的調整によって多くの人々が不幸になった(自殺者数の推移を見ても明らか)。そして日本社会の雰囲気がギスギスし、人々の我慢も限界に近いはずである。しかし不思議と皆耐えている。

    ところが表面的に失業率がさほど大きくならないことや、暴動が起らないことを良いことに、政治家や政府は「円高」や「慢性的な需要不足」に真剣に対処しようとしない。むしろ「日本財政赤字が危機的だ」「そのうち日本の国債が暴落する」と有り得ないことで騒いでいる。今日の円高を「さほどでもない」と言っている経済学者やエコノミストは、ほとんどが財政再建論者と構造改革派と思われる。


    26日のジャクソン・ホール会合(経済シンポジウム)でのバーナンキFRB議長の講演が終わり、一山越えた感じである。講演のポイントは「追加金融緩和策を来月(20、21日)のFOMC(連邦公開市場委員会)で協議する」とほぼ事前の予想通りであった。26日の米市場これを受け、米株価は少し上げ原油先物価格は変わらず円相場は76円台半ばと、ほとんどの指標は講演前と大きな変動はない。

    市場の注目と期待は、今回の講演から来月のFOMCに持越されたかっこうである。これからしばらくはFOMCの協議を左右すると思われる直近の雇用統計や物価上昇率がポイントになる。来年大統領選挙があるのに、財政政策がほとんど期待できない米国は、QE3ぐらいしか雇用を支える方策は残っていない。しかも財政政策を伴わない金融緩和の効果が限定的であることは解っている。しかしQE3を実施しないことによるリスク(株価の下落などが考えられる)がある。バーナンキFRB議長は難しい判断を迫られている。


    筆者は、円相場は一旦天井を付けてから、今回の円高劇は一旦終了し円安に向かうと予想していた(それ以上の円高がないという認識が広まることが重要で、もし円高がないのならまた「金利差」と言って日本から資金が流出し出すと思われる)。その一つのきっかけが今回のバーナンキFRB議長の講演と思っていた。しかし市場の動向を見ているとこれも来月のFOMCまで延期されるように感じられる。

    日本政府が円高に無策と言え、いくらなんでも今日の円相場は高すぎる。筆者は、いずれ円安(一つのメドは購買力平価)に向かうものと思っている。ただ日本の経済政策(内需拡大に消極的で、経常収支の黒字が続くことに鈍感な経済政策)が将来も変わらないとすれば、何かをきっかけに再び1ドル40円への超長期のトレンドに向かうものと考える。



来週は、民主党の代表選挙に触れざるを得ないであろう。余裕があれば、円相場に関するもう一つの不可解な話や欧州金融基金(EFSF)を取上げる。



11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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