経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/7/18(670号)
政府が明らかにすべきこと

  • 20年以上も前の話
    先週号で、放射線防護の専門家の三つのグループに別れることを説明した。年間1ミリシーベルトでも放射線は身体に悪影響があると強硬な主張をするのがAグループである。また先週、放射線医師で慶応大学講師の近藤誠氏が引用した15ヶ国の原発作業従事者40万人の調査をもとにした論文(Br Med J 2005;331:77)を取上げた。Aグループが信頼し引用するものである。

    これによると1,000ミリシーベルト/年の放射線の被曝によって、がん死亡リスクが「1.97倍」に増加するという。つまり日本人のがん死亡率が30%とすれば59%に上昇すると近藤誠氏は説明している。もしそれが本当なら、2007年のICRP(国際放射線防護委員会)が行った緊急時の許容被曝線量の上限を500ミリシーベルトか1,000ミリシーベルトにするという勧告や、600ミリシーベルトから2,000ミリシーベルト程度に設定されている宇宙飛行士の放射線の許容線量はどうなるのか?。

    まさに原発作業員や宇宙飛行士に玉砕を強いるようなものである。宇宙飛行士や原発作業員が特別に放射線に強いわけではない。ところが宇宙飛行士に論文が示す健康障害が出ているという報告はなく、むしろ健康になっているという研究さえある。


    近藤誠氏の話で最もおかしな部分は、20年以上も前に、ICRPが「公衆の被曝線量を1ミリシーベルト以下にすべし」(この数値はテレビなどのマスコミでよく引合に出される)と勧告し、「直線しきい値なし仮説 (いわゆるLNT)を採用する」と宣言していると言っているところである。筆者に言わせれば「20年以上も前」から言っているから正しいのではなく、むしろ「20年以上も前」」に言っていたことだから間違っている可能性があるということである。

    20年以上前は、ICRP内でAグループが主流派だったからこそ、「公衆の被曝線量を1ミリシーベルト以下にすべし」と勧告し、「直線しきい値なし仮説 (いわゆるLNT)を採用する」と宣言したに過ぎない。ところが今日、Aグループの主張がおかしいということが当り前になったのであろう。むしろ低線量の放射線は免疫機能を高めるというCグループが主流派を形成しつつある。これを反映し、許容線量の大幅な緩和が実施されていると筆者は見ている。したがってこの20年の間にICRP内の勢力図が大きく変わったのに、いまだに20年も前のICRPの方針を引合いに出すなんて、近藤誠氏の言い分は読者の誤解を招くものと言える。


    つまり考えなければならないことは、この20年間に起った放射線防護に関する重大事の数々である。具体的に言えば、これは11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」でも述べたが、ICRPの主流派であったAグループの理論では全く説明のつかないことが次々と出てきたことである。台湾のコバルト団地の被曝事故の調査結果もその一つである。

    しかし一番大きかったのは、やはりチェルノブイリの原発事故の調査の結果が徐々に明らかになって来たことであろう。今年の2月に国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の報告書が出ているが、大方の事前予想に反して死者の数がたった64名に過ぎないことが明らかになった(環境保護団体グリーンピースなどは10万人の死者と言っているが)。また大阪大学名誉教授の中村仁信氏などは「チェルノブイリの原発事故の被爆者は、ガン死の比率がむしろ一般人より低かった」と言っているくらいである。さらに先週号で取上げたように、Aグループが理論的根拠としていたH.J.マラー博士の研究に基づく学説が完全否定されたことが決定打になったと考える。


    ほとんどの先進国の政府はここ数年の間に、原発の抑制から推進に方針を変えていた。ドイツとイタリアも政府レベルでは原発再開を目論んでいた。ただ福島原発事故でその構想が頓挫したに過ぎない。つまりより正しい情報が集まる政府のレベルでは、原発を推進して行こうという雰囲気が高まっていた(環境保護団体の影響を受けやすい一般大衆は必ずしもそうではないが)。

    先進国政府が原発推進に転換した理由はいくつか考えられる。一つ目は化石燃料の高騰であり、二つ目が二酸化炭素排出量の抑制と思われる。そして三つ目として、このチェルノブイリの原発事故の調査結果と筆者は見ている。チェルノブイリの原発事故で一旦原発抑制に動いた各国が、原発事故の調査が明らかになるにつれ原発推進再開に大きく方向転換したと考えられるのである。


  • おかしい日本の安全基準
    近藤誠氏の文章は文芸春秋6月号に掲載されている。そもそもこの文芸春秋社自体が「脱・反原発」に舵を切っているようである(そのうち目が覚めると思うが)。原発事故発生当初から、特に週刊文春は際立って原発に批難的な記事が目立った。近藤誠氏の文章はその延長線上で書かれたものと筆者は見ている。

    ただし筆者は、近藤誠氏の話の全てが間違っているとは言っていない。例えば「放射線治療の放射線やCTスキャンが決して低線量の被曝で安全とは見なさない」といった部分などは共感できる。ただ筆者は、長い間、月刊文芸春秋の読者であるが、この雑誌には時々このような奇妙でまぎわらしい記事が載る。

    放射線防護に関して、日本のメディアでも主流派の観点と違う記事が少しずつ出て来るようになった。例えば週刊ポストの最新号は「恐怖の放射能の嘘を暴く」として、大気圏内の原爆実験が盛んだった60年代の日本の放射能汚染状況を取上げている。それによると当時の日本の放射能汚染状況は現在の福島とほとんど変わらない。ところが特に日本でがん死が増えたという報告はないと週刊ポストは言っている。また日本原子力技術協会最高顧問の石川迪夫氏も、当時の日本の放射能汚染状況は飯館村より酷かったとテレビで話をしていた(テレビ朝日系報道ステーションで放送)。


    筆者が前から言っているように、日本政府は世界で核実験が盛んだった頃(63年、64年)の日本の放射能汚染の状況を公表すべきである。これこそ今日起っている福島にまつわる根拠なき風評被害を抑え込む決め手となる。しかし政府は情報を公開する気がないようである。

    たしかに汚染が一番酷かったのは、東京オリンピック(64年)が開催された頃である。日本政府は、オリンピックで各国から大勢の人々を招いた時代、「本当は日本の放射能汚染が最悪だった」ととても言えなかったからと筆者は思ってもみた。しかしそれは違うようである。


    もし東京オリンピックの頃と現在の福島の放射能汚染が同程度ということが広く知られる事態になれば、まさに攻撃されるのは現政府の方である。したがって現政府は決して口を割らない。もし真実が公表されるとしたなら政権が変わってからであろう。しかし関わった官僚の責任問題もあり、これもなかなかも難しいであろう。これは後で説明するが、そもそも各種の安全基準をあまりにも安直に決めたことが騒ぎの発端である。

    たしかに原発発生当初、放射性ヨウ素による被曝を回避するため原発近辺からの避難は必要であった(正しい情報が流れず放射性物質が流れて行く方向に逃げた人々がいたのは問題である)。実際、チェルノブイリの原発事故でも一番の問題は放射性ヨウ素による被曝であった。幼児6,000名が甲状腺ガンに罹り、そのうち15名が犠牲になっている。しかし問題はそれ以降である。

    まず今日、半減期が非常に短い放射性ヨウはほとんど消えていると見られる。したがって今さら飯館村などから人々が避難する必要はないはずである。今の飯館村が危険と言うならば、東京オリンピック当時、日本人全体が日本から外国に避難する必要があったと言える(もっとも世界中放射能で汚染されていたから逃げて行くところはなかったが)。つまり年間20ミリシーベルトという政府の安全基準がおかしいのである。


    年間20ミリシーベルトから導き出されている日本の食品の安全基準もおかしい。暫定基準値は、福島原発事故の後、急遽、厚労省の食品安全委員会が作ったものである。厚労省はEUの規制値を参考に作ったものと強弁している。しかし放射線セシウムの規制値を見てもEUよりずっと厳しい(日本が500ベクレムなのに対してEUは1,000ベクレム前後)。

    しかもEUの規制値は、チェルノブイリの原発事故直後の87年(原発事故は86年)に作ったものである。つまりヨーロッパの人々の頭がおかしくなっていた頃に作成した厳しいものである。しかもICRP(国際放射線防護委員会)でもAグループが強かった時代でもある。それなのにEUの規制値より一段と厳しい規制値を設定したと、むしろ厚労省は自慢している。どうも原子力関連の国際機関からは、厳しい日本の基準は揶揄されているようである(本当はばかにされている)。


    例のごとく環境保護団体は、異常に厳しいウクライナやベラルーシの例外的な安全基準を引合いに、日本の規制値はまだ甘いという批難している。しかしウクライナやベラルーシの基準には科学的根拠がないと言おうか、基準の考え方が違うのである(日本でも年間の許容線量を1ミリシーベルトとすればこのような数値が出て来る)。

    「放射線セシウム2,000ベクレムの牛肉を毎日1kg食べ続けていたら健康被害が出る可能性がある」とか「500ベクレムの荒茶を毎日1kgずつ食べていたら・・」と政府は言っている。「どうやって毎日1kgずつ荒茶を食べられるか」という質問に対して「ふりかけにして荒茶を食べている人がいる」と回答している。どうしてこのようなばかげたことを日本政府が、連日、言い続けられるのか不思議でならない。言っている本人達も「自分の頭がおかしくなったのでは?」と思っているであろう。明らかに現行の日本の安全基準がおかしいのである。



来週は、放射能に関する安全基準についてさらに述べる。



11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
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10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
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10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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