経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/7/11(669号)
放射線防護の専門家

  • 専門家は三つのグループ
    人々の原発を恐れる心理を分析すると、やはり放射性物質に対する恐怖というものが最大と考える。先週号はその中のプルトニウムを取上げ、巷で言われていたような「一匙で100万人殺せるほど最悪の毒性」という話は嘘と説明した(もちろんプルトニウムは安全で飲んでも良いという話ではない)。今週は全般的な放射性物質の放射線障害を取り上げる。

    このテーマについては11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」、11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」でも取上げた。今週はこれらの話を補う。放射線防護の専門家は、放射線医師や放射線関連の学者ということになる。これらの専門家は、政府の審議委員や諮問委員などに就き、国の放射線防護政策に大きな影響を与えている。


    専門家の意見は、放射線の大量・短期の被曝による健康障害についてほぼ一致している。ところが低線量・長期の被曝についての見解に大きな隔たりがある。今日、福島原発事故で問題なっているのは、主にこの低線量・長期の被曝である。このような事情もあり政府の示す見解や方針は、これらの専門家の異なった意見の妥協の産物となっている。

    したがって政府の言っていることは、矛盾だらけで、混乱している。「出荷は制限するが、放射性物質に多少汚染された野菜を食べても、ただちには健康被害はない」といった話はその典型である。これも考えが全く異なっている専門家の意見を無理に集約した結果と考える。


    色々な放射線防護の専門家の話をずっと聞いていると、専門家は概ね三つのグループに別れると筆者は見ている。グループ分けするポイントは二つと考える。その一つが「しきい値」というものを認めるかどうかである。年間の放射線被曝量が100ミリシーベルト以下なら健康被害を受けないという専門家と、1ミリシーベルトでも健康に悪影響があるという専門家がいる。つまりこの100ミリシーベルトが「しきい値」である。後者をAグループ、前者をBグループとする。

    「しきい値」を認めないというAグループは放射線に対して一番厳しい。しかし放射線防護に関して、国際的にはICRP(国際放射線防護委員会)という組織があり、非常事態(原発事故など)には20〜100ミリシーベルトで安全基準を設定するよう加盟国に勧告している。日本政府は、今回、勧告の一番厳しい値である20ミリシーベルトを採って安全基準を設けた。このため飯館村などの人々も避難せざるを得なくなった。この政府の決定には、Aグループの専門家の意見が強く反映されたと見られる。

    筆者の見る限り、厚労省の諮問機関はAグループが強い。また文科省はBグループが強いと感じられる。福島の学校で校庭の放射線物質による汚染が問題になっているが、最初、文科省は上下の土をそっくり返しておけば良いと言っていたほどである。当然、これに対してAグループと反原発派は猛反発した。


    二つ目のポイントは、低線量の放射線が身体の免疫機能を高める効果があることを認めるかどうかである。免疫機能を高める効果があると主張している専門家がCグループである。これについては11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」で取上げた。

    Cグループは100ミリシーベルトの「しきい値」はもっと右側、例えば1,000ミリシーベルトとか2,000ミリシーベルト辺りと見ている。また100ミリシーベル程度なら、免疫機能を高める効果がありむしろ健康に良いと言うのである。もちろんAグループと反原発派は、このような説に対し荒唐無稽と大反発するであろう。しかし大阪大学の中村仁信名誉教授によれば、Cグループのような考えはICRP(国際放射線防護委員会)の中でも主流派になりつつあるという話である。

    実際、国際宇宙ステーションで活動する宇宙飛行士にも放射線の許容線量というものがあり、それが600ミリシーベルトから2,000ミリシーベルト程度に設定されているという。たしかに半年とか一年の間、国際宇宙ステーションに居れば相当の放射線を浴びることになる。ただ年齢によって許容線量が異なり、20才台は600ミリシーベルトと厳しくなっている。ちなみに宇宙の放射線には波があり、強い放射線がやって来た時には、宇宙飛行士も放射線防護がしっかりしたロシア棟に避難するという話である。


  • Aグループの窮地
    放射線の身体への障害に関しては、LNT(Linear No Treshold)という考えがある。これは「放射線の害は高レベルから低レベル0に向かって連続している」という意味である。この考えは、1946年にノーベル生理学・医学賞受賞者のH.J.マラー博士の研究に基づいている。つまり「しきい値」である100ミリシーベルまでは安全というBグループの主張を否定する。ましてや「低線量の放射線は身体に良い」というCグループなんて論外ということになる。まさにこれが1シーベルトでも害があるとういう、Aグループの考えのバックボーンになっている。

    これまでは医学の教育現場でも、マラー博士の研究を基にしたこの学説によって教育がなされて来たと思われる。ところが今日の学界では、これを完全に否定する考え、つまりCグループの考えがどうも有力になりつつあるようだ。しかし古い教育を受けてきた医者や研究者は、いまだにAグループのような「とにかく僅かであっても放射線は危険」という考えにしがみついている可能性が強い。つまり医者だからといって、放射線医学について正しい知識を持っているとは限らない。


    CグループのAグループに対する攻撃は痛烈である。まずCグループが着目するのは、人間の細胞が低線量の放射線などで傷ついた場合(活性酸素が発生し傷つく)の修復力、つまり免疫力である。人間の細胞にはDNA修復酵素というものがあり、通常、これが壊されたDNAを修復する。さらに低線量の放射線などはこのDNA修復酵素の働きを活発化させ、結果的に細胞の免疫力を強化するとCグループは主張する。

    そもそもH.J.マラー博士の研究は、ショウジョウバエのオスの精子に放射線を照射し突然変異を調べることであった。この研究の過程で放射線を強めることによって、ショウジョウバエの精子のダメージが比例して大きくなったというのである。これは1927年の研究(実に84年も前)である。ところがCグループの研究者によって、ショウジョウバエのオスの精子は免疫力というものがない極めて特異な存在ということが突止められた。したがってAグループが根拠としていた学説の信頼性が大きく揺らいだのである。


    福島原発事故の放射物質汚染に対する日本政府の対応を別にして、世界の放射線医学の流れは大きく変わっているようだ。しかし主流となりつつあるCグループの専門家の意見は、日本の政策にほとんど反映されていない。ところがICRP(国際放射線防護委員会)などの場では、完全にAグループは守勢に立たされているようである。

    Aグループも自分達の主張を補強する調査を行い、論文を発表している。文芸春秋6月号に放射線医師で慶応大学講師の近藤誠氏が、低線量の放射線でも害があるという文章を寄せている。近藤氏が紹介しているのは(PNAS 2003;100:13761)と(Br Med J 2005;331:77)という二つの論文である。前者は原爆被曝者の継続調査を根拠にして、10〜50ミリシーベルトでも直線比例的関係(つまりLNT)を示唆しているという。後者は15ヶ国の原発作業従事者40万人の調査をもとにした研究結果である。これも20ミリシーベルトであっても発がん死亡の増加を示しているという。


    このようなAグループのLNT説を補強する論文が出ており、彼等は、近藤誠氏のように自分達の考えは絶対正しいと主張する。しかし重要なのは論文が発表されていることではなく、論文の内容であり論文の評価である。ところが両論文(03年と05年)が出た後の2007年に、ICRPは緊急時の許容被曝線量の上限を500ミリシーベルトか1,000ミリシーベルトにするよう各国に勧告を出している。日本もこれに応じて100ミリシーベルトから、取り敢えず250ミリシーベルトに許容線量を上げている。

    つまりAグループが依拠している二つの論文は、国際的に全く相手にされていないと見られるのである。筆者も原発作業従事者40万人の調査に強く疑問を感じた。統計学的に40万人もの多数のサンプルを調査すること自体がおかしいのである。調査や論文が正しいかどうかについては検証が必要となるが、そのような莫大な数のサンプルを追跡調査することはほとんど不可能と考える。このような検証不能な調査や研究が、学術的に無視されるのも当然である。

    Aグループが主柱としてきたH.J.マラー博士の研究に基づく学説が倒れそうなっている。つまりLNT説が完全に否定されつつある。その埋草に使われているのが近藤誠氏が紹介している二つの論文などと筆者は考える。どうせ「埋草」なのだから、内容が正しいかどうかはどうでも良いのであろう。筆者の言っていることを確認したい方は、是非、検索サーバで「H.J.マラー博士」を検索してもらいたい。



とにかく脱・反原発派の言っていることはデタラメばかりである。来週は、Aグループと脱・反原発派が引き起している問題を取り上げる。

菅総理が突然言出した「ストレステスト」が混乱を招いている。ストレステストは机上で行うのだから、原発の稼動と関係ないはずである。問題があれば、その時点で原発を止めれば良い。実際、欧州でも稼動したままストレステストを行っている。ストレステストが終わるまで再稼動を認めないというのなら、現在日本で稼動している原発全ても即時に停止させなければ矛盾する。

世界の太陽電池の導入量が順調に増えているという話も嘘である。7月9日付日経新聞によれば、10年(昨年)が一つのピーク(以前にも激減した年があった)で、11年、つまり今年は2割も減少すると予想されている。また10年(昨年)の直近のピークを越えるのは2年後の13年という予測である。これは圧倒的シェアーを持つ欧州で導入が激減しているからである。特にドイツは太陽光発電の電気の買取り価格を引下げたことが影響している。要するに太陽光発電で先走った欧州も、とうとう太陽光発電に見切りをつけたのであろう。日本は再生可能エネルギーによる発電を増やす必要があると騒いでいる間抜けな政治家やマスコミは、このような現実を知っているのだろうか。



11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
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10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
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10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
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10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
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10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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