経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/7/4(668号)
ダイオキシンとプルトニウム

  • 政治家と知識人の脱原発
    福島の原発事故を境に、日本の原発建設に対する逆風が一段と強まった。「もう原発はコリゴリだ」「自然エネルギー開発で脱原発を実現」と騒ぎ始めた。まるで第二次世界大戦直後、日本中が「もう戦争はコリゴリだ」「これからは軍事力放棄と平和主義だ」と豹変したのと似ている。戦争放棄を謳った日本の新憲法は、アメリカに押し付けられたものと言われているが、実際、当時の日本人の多くは抵抗なくこの新憲法を受入れたのである。このようにたった一度の敗戦で、あれだけ勇ましかった日本人は完全に腰が砕けた。

    原子力に詳しくない一般の庶民が原発に恐怖感みたいなものを持つのは解る。しかし今回の原発事故に出くわし、知識人と呼ばれている人々や政治家達までもが、危ないから原発はもう止めようと言い始めている。おかしなことに、最近まで「日本は核武装すべき」と過激なことを言っていた保守派の論客までが、「核はやはり危ない」とか「これからは自然エネルギーによる発電の推進」と言い始めた。

    深刻なのは政治家の変心である。政党を問わず、テレビに登場する政治家は「やはり原発は危険であり少なくとも新しい原発は造らない」と言っている。これまで原発を推進してきた自民党の政治家までが、同じことを言っているのだから驚く。また彼等は口を揃えて「再生可能エネルギーによる発電を推進する」と言っている。しかしそんなもので日本の電力需要を賄えるとは筆者は思わない。さらに現在日本には建設中の原発が3基あるが、これらをどうするつもりなのか彼等に聞いてみたい。


    筆者などがいくら「原発は危険を伴うが、より安全な原発を目指せば良いのでは」と言っても、彼等には聞く耳がない。どうも大半の日本人が「原発恐怖症」に罹っている。それもかなり重症である。もっともこのような症状は日本人に限ったことではないが。

    たしかに政治家の場合は、マスコミが伝える「大半の国民が脱原発に傾いている」という話に迎合しているとも考えられる。しかしどうも彼等自身、本当に原発を恐れている可能性がある。筆者は、現実的な思考ができると思われている政治家でさえ、この「原発恐怖症」に罹ってしまう心理に興味がある。反対に原発の近くに長年住み原発とともに暮らしてきた人々の方が「原発の再稼動」を訴えているように、「原発恐怖症」なんかに陥ることはなく冷静である。


    筆者は、人々が「原発恐怖症」に罹る大きな要因は放射線であり放射性物質への恐怖と考える。ちなみに以前は、両者をひっくるめたような概念で「放射能」という言葉を使っていたと思う。今して思えば「放射能」は「放射性物質」と言った方が適切であったと考える。

    程度に差があれ日本人は、昔から放射能に関する情報に接し知識を教え込まれてきている。学校教育だけでなく、原爆を扱った小説などの書物や、それを映画化したものを通じて放射能の恐ろしさを疑似体験してきた。筆者は、日本人が持っている「放射能」に関する知識が正しいのなら問題はないと思う。ところが多くの日本人は完全に誤った知識を持っている。このような状況で原発の是非を判断するととんでもないことになる。そこでまず今週は放射性物質の中でもよく話題になるプルトニウムを取り上げる。


    筆者は、話を進めるにあたり検索サーバで「ダイオキシン、毒性」「プルトニウム、毒性」を検索してみた。ほとんどの人々はこれらを猛毒の代表として認識している。ダイオキシンは15kgで人類全てを殺せると言われてきた。これを言い出したのはグリーンピースである。またプルトニウムも角砂糖5個分で日本人全部を殺せると言われた。これを言いふらしていたのも環境保護団体である。

    ところが検索サーバで調べた科学的見解は、両者の毒性は極めて弱いということである。つまりイデオロギーに染まった環境保護団体などが言ってきたことは「真っ赤な嘘」ということになる。しかしほとんどの人々は、いまだにこれらが最悪の猛毒だと誤解している。特に「プルトニウム猛毒説」は今日の原発論議に大きな影響を与えている。興味のある方は、是非、上記の検索ワードで両者を検索してもらいたい。


  • 政治家と知識人の怠慢
    「ダイオキシンの毒性は大したことがない」ということが定説になったのは、それほど昔のことではない。10年ちょっと前のことである。ちょうど所沢で焼却炉から出るダイオキシンが、ほうれん草を汚染したとテレビが連日問題にしていた頃である。

    ところがプルトニウムの毒性の方は、かなり前から科学的に否定されていた。騒ぎの発端は、1972年頃、米国の科学者が「プルトニウムは一匙で百万人殺せるほどの猛毒」という論文を発表したことにある。これで大騒ぎとなった。しかしこれはおかしいという意見が次々と出て、結局、プルトニウムが猛毒と発表した学者も自分達の研究が間違っていたことを認め、一件落着した。つまり学者の間でプルトニウムの毒性が話題になったのはごく短期間であった。はやりの表現を使うならまさに「瞬殺」された「戯言(たわごと)」であった。


    科学的には完全に否定されたはずの「プルトニウム猛毒説」である。しかし反核・反原発運動家にとっては科学性なんてどうでも良いことであった。彼等はこのデマをどんどん広めた。またとにかく騒ぎを大きくしたいマスコミもこの話に飛びついた。特に当時の日本のマスコミは左翼にシンパシーを感じていて、このデマはマスコミを通じ人々の間に広まった。

    「プルトニウムは猛毒」という話は世間に広まったが、科学的にそれが間違っていたと証明された話はほとんど伝わっていない。たしかに一般庶民がいまだに誤解していてもしょうがない。しかし政治家や知識人と言われる人々が、いまだに「プルトニウムは猛毒」と思い込んでいるとしたなら大問題と考える。


    東日本大地震の現地で人々がガレキを燃やそうとしたら、役所から「ダイオキシン」が発生するから止めろと言われたという話がある。科学的にダイオキシンの毒性が否定されていても、行政組織ではいまだにダイオキシンは猛毒と見なされているのである。行政組織は自ら法律を改正することができないのだから、政治家が動かなければならない。ところが肝心の政治家の多くが今もダイオキシンは猛毒」と思い込んでいるのなら事は進まない。

    いまだにプルトニウムが猛毒と語られているのもなさけない話である。先日もTBS系の番組で「猛毒のプルトニウムが・・・」と言っていた。まさに日本のメディアはデマを流し続けていると言える。ところがこのようにデマが横行している日本で、民主党の一部が「脱原発」を国民投票にかけようと動いている。正気の行動とは思えない。


    プルトニウムは人工的に作られるもので、自然界には存在しない物質という話もあった。しかし、今回、検索サーバで調べたところこれも嘘ということが分かった。自然界にも微量であるが存在するということである。このように放射能の危険性に関する話は嘘だらけである。ついでに言うなら自然エネルギー発電にまつわる話も嘘と思い込みで溢れている。

    これまで原発は、わけの分らない反原発団体の大きな抵抗に遭いながらも建設が続けられ、日本で54基が完成した。これは驚異的なことである。ところが原子力に関してたいした知識がなかったり、あるいは間違った知識を持った政治家達が簡単に「廃炉」と言い出しているのだからあきれる。


    政治家にしても知識人にしても、原発や放射能に関して本当に不勉強である。また最先端の研究によって危険性の評価が大きく変わったものも多い。しかし彼等の多くは、「怠慢」なのか調べてみようともしない。

    大阪府の知事は「そんなに安全と言うのなら、その人達が原発のそばに住めば良い」と「あほ」な事を言っている。まるで小学生の口げんかで飛出すようなセリフである。原発や放射能に関してほとんど知識がないようだ。もっとも大阪府にも、原発はないが研究機関や大学の原子炉の一つや二つはあるだろう。それを知ったら寝られなくなるのでは。



今週はプルトニウムの毒性について述べたが、来週は放射線防護をもう一度取り上げる。



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