経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




11/6/20(666号)
付加価値と発電

  • 付加価値の大きい産業
    今週は、福島の原発事故に伴って大きくなっている脱・反原発の動きと、将来の日本経済や日本の産業の行末について考える。しかしそれに関しては、日本人の所得水準を維持、あるいは増大させることを常に念頭に置く必要がある。具体的な方策は日本国民が産み出す付加価値を大きくすることである。たしかに日本に需給ギャップが存在する現状では、短期的には需要創出によって(財政政策が有効)、この産出する付加価値を大きくすることができる。

    しかし中・長期的に他国より一人当りの高い所得を得ようとすれば、やはり他国より大きな付加価値を産む産業を維持し発展させる必要がある。今日、中国の一人当りのGDPは日本の10分の1であり、また購買力平価を考慮すれば3分の1程度になる。日本人と中国人の労働時間(労働投入量)が同じとすれば、これは日本人一人当たりの産み出す付加価値が、概ね中国人の3倍ということを意味する。


    この3倍という数字は日中の生産性の違いを反映している。具体的には労働の生産性と資本の生産性である。労働の生産性は、技術を使いこなす人の知識や技術の水準で決まる。一方、資本の生産性は、生産設備の生産性と考えて良い。

    さらに国全体の経済を考えると、経済や産業を取巻く環境も生産性に影響を与えている。具体的には交通や通信などのインフラの整備状況や、社会の安定性ということになる。社会の安定は国民の遵法精神や社会の治安状況などで決まる。


    しかしこれらの大部分の分野で、いずれ中国が日本に追い付くと思われる。中国は労働生産性を高めるために新技術の導入や教育に力を入れ、また中国では毎年莫大な設備投資が行われ、新しい生産設備が急速に増えている。また大きな公共投資によってインフラの整備も進んでいる。技術の移転も容易になっており、日米欧の最新技術が簡単に中国に移設されている。

    部品数が少ない単純な組立型の工業は、既に中国などの新興国が優位になっている。電機機器やパソコンなどである。かろうじて自動車のような部品数の多い産業は、まだ日本などが優位を保っている。しかし将来、一般的な車が電気自動車になれば部品数が格段に減ることによって、日本の自動車メーカの国際競争力は損なわれるものと考えて良い。

    今後、日本に残る産業は日本独自の技術や情報に裏付けられたものだけになろう。具体的には特殊部品の製造や耐震技術を組込んだ製品群を作っているところなどである。一方、他の国に簡単に真似られるものを製造している産業は、いずれ淘汰される可能性が強い。


    このように付加価値は、産出価値(アウトプット)から投入された労働・資本(インプット)を差引いたものである。まず付加価値がゼロとかマイナスというものは、産業として成立たない。日本が目指す方向は、産出(アウトプット)から投入(インプット)を差引いたところの付加価値の大きい産業を振興することである。

    もっとも経済学でこのようなことを説明しても、民間企業の方は当然そのような事は承知している。付加価値(産出−投入)を最大化することは経営の基本である。ところがこの基本的なことを完全に忘れ去られた状態で議論されているのが、今日の日本のエネルギー・電力政策である。


    エネルギーと電力は日本の産業の基礎を成すものである。日本全体の産業の競争力を維持するためには、価格が低く質の高い(停電しにくく周波数や電圧が安定)電力が必要である。本当に自然エネルギーの太陽光や風力による発電が原発を代替し得るものなのか考えるべきである。


  • 捨てられている自然エネルギーの電気
    前段で述べたように、将来の電力政策を考える場合には経済的な裏付けが絶対に必要である。ところが自然エネルギーによる発電を主張する人々の議論では完全にこれが欠落しているか、あるいは誤魔化している。彼等はまずい話にはほとんど触れない。

    本誌は11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」で、太陽光発電の問題点を少し述べた。そもそも太陽光発電のEPRは、0.98と産出エネルギーと投入エネルギーが拮抗している。つまり付加価値を全く産まないのが太陽光発電である。


    風力発電は太陽光発電と比べるとましな方である。しかしこれも日本には向かない発電である。実際、日本には風力発電装置が設置されたが、うまく稼動していないケースが多い。

    つくば市は、早大が造った23基の風力発電機がほとんど発電しないので、早大に2億9,860万円の損害賠償を求め訴訟を起していた。この裁判はずっと続いていたが、今月9日、最高裁が双方の上告を退け結審した。この結果、早大がつくば市に8,950万円賠償することになった。他のところでも発電ができないとか、雷によって風力発電装置が壊れたといったトラブルが起っている。特に風力発電装置は輸入品が多く、故障した場合、部品調達が難しい。

    偏西風がコンスタントに吹く欧州とは違い、日本には風力発電の適地は少ない。ここで風力発電の適地に関連し、耕作地の経済性について述べる。農業では、最も耕作に向く土地から耕作が始まり、段々収穫が低い土地へ耕作が広がる。採算が採れるところまで耕作地は増えるが、採算割れになる段階で生産過大は止まる。これが経済理論で言うところの「収穫逓減の法則」というものである(ただし製造業や情報産業にもこの法則が適用できるかどうは疑問であるが)。風力発電にもこの収穫逓減の法則が適用できる。

    日本でも、一番採算が採れそうな所から風力発電装置が設置されてきたと考えれば、もはや適地がなくなったと思って良い(騒音の問題は別にして)。今日、唐突に「洋上で風力発電」と言われているが、洋上は採算が悪いから選択されてこなかったと筆者は見る(余計な設備投資と塩害による装置の劣化が問題として考えられる)。しかし自然エネルギー発電の信奉者は、今のところ漁業権だけが問題と言い張っている。


    また彼等は、しばしば分かりにくい表現を使って数字を誤魔化す。その一つが「何世帯分の発電量」という表現である。今問題になっているのは、電力を原発で起すかそれとも自然エネルギーに頼るかというものである。最新の原発は、一基の発電量が100万kwを越えており、稼働率を85%とすれば、概ね100万kw前後の出力になる。「何世帯分」と表現するのは、原発に比べ、話にならないくらい発電量が小さいことを誤魔化すためと筆者は思っている。

    自然エネルギー発電の場合、発電能力をkwで表示したときにも誤魔化しがある。通常、理想的に稼動した場合の出力だけを表示している。陽が照っていない時や風が止んでいる時にはこれらは稼動しない。実際の発電量は、表示されている発電能力の、太陽光で13%、風力で20〜25%程度と言われている。つまり3,000kwのメガソーラ発電所と言われていても、平均出力は400kw程度である。したがって原発1基分の発電を太陽光発電で置き換えようとしたならば、2,000ケ所以上のメガソーラ発電所が必要になる。送電線の設置費用を別にしても、気の遠くなるような話である。


    現在、電力会社は太陽光や風力で発電した電気を買い入れている。ただし全量を買取っているわけではない。例えば太陽光発電の場合、日射しが強くなれば一斉に発電がなされ、電気が大量に逆送されることになる。しかし送配電設備の受入れ容量には限度があるため、今のところピーク時には買取り電力量を制限している。

    特に群馬県の大田市のように太陽光発電が普及しているところで問題になる(大田市はやたら補助金を出して太陽光発電を推進してきた)。したがってもし今後法律が制定され全量買取りとなれば、電力会社は送配電設備への多大な追加投資が必要になる。しかし自然エネルギー論者はこのような問題には決して言及しない。


    電力会社は、原発の出力が簡単に変更できないので、総発電量は火力発電所で調整している。この状況で太陽光発電や風力発電の電気を買取っているが、これに応じて火力発電所の出力を調整するということはない。つまり買取った自然エネルギー発電の電気は、事実上捨てていることになる。

    ただし買取り費用は、消費者の電気代に上乗せされているはずである。来週述べるが、太陽光発電の電気はとんでもなく高い値段で買取っている。だいたい太陽光や風力の電気は、周波数や電圧が安定しないので、とても工場などには送れるものではない。このことは、今、ドイツでも問題になっている。



今週取上げた付加価値と電力の話は来週も続く。問題である再生エネルギー全量買い取り制も取り上げる。



11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
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