経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




11/6/13(665号)
ポスト原発はやはり原発

  • ボウフラような存在
    福島原発の事故をきっかけに、脱原発や反原発を唱える文化人やマスコミ人が「ボウフラ」のように湧いて来た。中には、日頃、どこまで原発のことを考えていたのか疑問な者も沢山いる。少なくとも今回の原発事故の原因究明がまだ終わっていない今日、「原発は廃止」と叫ぶ人々に強い不信感を筆者は持つ。

    今回の事故を見れば明らかのように、原発はリスクを伴うことは事実である。しかしそのリスクが絶対に克服できないと誰が断言できるのであろうか。たしかにリスクの克服に、原発のメリット以上の莫大な費用が掛かるのなら、原発は考えものでろう。しかしもしある程度の経費を掛けリスクを限り無くゼロにできるのなら、原発は廃止する必要は全くないと筆者は思う。


    日本の原発の廃止を唱える人々の挙げる理由が極めて混乱している。まず原子力というものが、人間には元々制御できないという見解がある。中には日本人は生まれつき原発に向いていないというおかしな話まである。しかしこれらのばかげた意見には、筆者も反論する気すら起らない。

    一番まともな反原発の理由は、日本が地震の多発国であり、地震のリスクが高いというものである。しかしこれに対する対策は原発の耐震性を上げるということに尽きる。もちろん日本の原発は、耐震性を考慮し設計され建設されてきた。例えば日本の原発は原子炉の重心を下げている。しかしこれでも耐震性は不十分であったことを福島の原発事故は示している。ましてや地震に伴う津波への備えに大きな問題があった。

    日本が地震国だから原発は危険ということは、日本では高層ビルの建設も無理という話と同じことになる。日本では耐震性の基準を厳しく設定し、高層ビルの建築許可が降りている。同様に、原発の建築許可の耐震基準を厳しくすれば済む話である。もちろん原発の方が一段と厳しい基準が必要と思われる。


    今回の福島原発事故の責任の所在が錯綜している。おかしな事に、まだ事故発生当初から、東電を責める声が大きかった。いわゆる「東電たたき」である。もし100%東電の責任と言うなら、事故は人災ということになる。具体的には東電の事故への対処が悪かったとか、原発の建設や運転に法令違反があったということになる。しかしもし事故が人災だったということになれば、原発自体には問題がないということになる。

    一方、国を責める声がある。まず耐震基準を含め国の原発に関わる安全基準に問題があったことが挙げられる。特に原子力安全委員会は「電源の全て失われるような事態を想定する必要はない」と言っていたくらいである。また原発に対する検査のやり方も問題があったと考えられる。何かピントのズレた検査がこれまで行われてきた可能性がある。

    このように国の責任といった方が分りやすい。しかし安全基準を含め国の原発行政に問題があったとした場合には、日本の原発全体の安全性を見直すことが必要になる。ところで反原発団体は、政府ではなくいつも東電に抗議に向かう。東電だけに問題があるのなら解るがそうではないのであり、反原発団体というものは言っていることもやっていることも訳の解らない団体である。


    マスコミの原発報道にもズレたものが多い。彼等は、東電が政治家に献金をしていることを指摘し、また官僚との癒着を異常に問題にしている。しかしこれと今回の福島の原発事故の間にどのような因果関係があるのか、マスコミは明らかにすべきである。まさか「政治・行政と癒着していたから、東電は津波に対する不十分な対応を見逃してもらっていた」といった馬鹿げたことをマスコミが言いたいとは思わないが。


  • 原発を安全にすれば良い
    反原発派の人々言い分を聞いていると、反原発派の陣営には「原発廃止の必要性」を論理的に説明できる者がほとんどいないということが分る。メディアに登場して原発廃止を訴えているのは、主に政治家や文化人、そしてマスコミ人などである。要するに原子力の素人ばかりである。

    わずかであるが原子力の専門家で原発廃止論者に転向した人々がいる。これらの人々は、今回の事故に対する政府と東電の対応に不満を持ったのである。例えば放射性物質が大量放出された時の政府の対応のまずさ(これは今後大きな問題として捉えられるはず)や、放射性物質の除染に対する政府の対応の鈍さを問題にしている。したがってもし政府が過ちを認め行動が是正されるなら、これらの専門家も原発廃止論者に転換する必要はないとも見られる。


    今日、反原発派の言っていることはめちゃくちゃである。一時、日本各所にあるモニタリングポストの位置が高く(地上10〜20m)、意図的に低い放射線量を公表していると大騒ぎしていた。しかし日本のモニタリングポストは、世界で原爆実験が盛んだった昭和30年代に設置され、外国から流れてくる放射性物質をいち早く感知するため、わざわざ高い所に置いたのである。また街の開発などに影響されることなく継続的に観測するには、高い所に置いた方が好ましいと判断されたと思われる。


    ちなみに東京オリンピックのちょっと前までは、世界中で原爆実験が盛んで、日本にも平常時の数万倍の放射性物質が毎日降っていた。筆者が見かけた情報では、毎日1平方当たり500ベクレルの放射性物質が降っていたという話である。ところが当時の日本の放射線量の数値がどの程度だったのか見たことがない(日本政府があえて公表しないとも考えられる)。

    筆者が得た情報では、昭和51年(1976年)の日本の放射線量は5ミリシーベルト(筆者の計算では0.57マイクロシーベルト/時)であった。これから推定すると、その12年前の東京オリンピック当時は、日本中が、今の福島と同等かもしくはもっと高い放射線量であった可能性があると思われる。日本人は平気でこの時代を過ごしてきたのである。


    原発の次のエネルギー源が話題になっているが、筆者が考えるポスト原発はやはり原発である。より正確に言うならば、より安全な原発である。まず古い原発を廃止し、新しくて安全な原発に置き換えるべきと考える。また同時に地震や津波に対する対応を十分に考えるべきである。仮にそれに経費が掛かっても、原発の大きなメリットを考えれば安いものである。


    福島の原発事故の前まで日本中がおかしかった。日本政府は、日本の原発を中東やベトナムに輸出することに一生懸命であった。また構造改革派のエコノミストも原発などのインフラ輸出の推進を熱心に唱えていた。

    しかし筆者は、日本国内に古い原発があるのに、何故、最新の原発を外国に輸出せねばならないのか理解できなかった。また国内の原発を新しい原発に置き換えれば、そのことが内需拡大にも繋がるのである。

    原発をより安全にするには色々な方策が考えられる。もちろんそのために経費が掛かることを覚悟すべきである。おそらく原発を抱える市町村もこれには大賛成のはずである(原発がより安全になるだけでなく固定資産税も増える)。


    反原発派の中で、唯一の原子力の専門家と言えるのは、飯田哲也氏という人物である(そのかわり太陽光発電に関してはかなりいい加減なことを言っている)。しかし原発のことを本当に解っているのは彼だけなのか、反原発派の中ではこの人物しか頻繁にはメディアに登場しない。おそらく飯田氏は全てのテレビ局に出ていると見られる。

    原発の安全性をテーマにしたあるテレビ討論番組に飯田氏は出演していた。討論が煮詰まった頃、ある出演者が飯田氏に「それならば原発を安全にすれば良いのでしょう」と投げかけた。ところがこの質問を受けた飯田哲也氏は、いつもはもっと雄弁なのになぜか黙りこくってしまい、そのままこの番組は終わった。この質問が図星だったのである。要するに原発を安全にすれば良いのである。



来週は代替エネルギーと日本の産業を考える。

NYダウが6週間下がり続けている。ここ数年、この時期になると決まって株価が下落する。米国の金融緩和は続いているが6月末でQE2は終了する。ただQE2が終了しても、FRBは市場から資金を回収しない見通しである。また来年には米国の大統領選挙があるため、そのうち何らかの経済対策(住宅対策などが考えられる)が打出されるものと思われる。

円高傾向が終わらない。理由としては二つ考えられる。まず米国において株式市場から債券市場に資金流出が続き、長期金利が低下していることが挙げられる。もう一つは中国の日本国債の購入である。4月は何と1兆3,300億円もの大幅な買越しであった。これまでの最高額が昨年5月の7,352億円であったが、これをはるかにオーバーしている。中国が米国債を売却し、日本国債を買っているのである。それにしても10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」で述べたように、当局のデータ公表が遅すぎる。4月の数字が先日ようやく出てきた。



11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
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10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
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10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
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10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
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10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
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10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
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10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
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10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
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