経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/5/16(661号)
原発推進派と反・脱原発派

  • 世論工作であり世論操作
    突然の浜岡原発の停止によって、原発に関わる論議がさらに盛上がっている。11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」で述べたように、単純に言えば日本には「何がなんでも原発を推進する原発推進派」と「何がなんでも反対する反・脱原発派」がいて、これまでも議論が噛み合わないまま原発建設が進められてきた。中間派の存在感が薄く、両派の議論はあたかも空中戦になりがちである。

    しかし両派にとって自分達の言い分が正しいかどうかは必ずしも重要ではない。いかに自分達の味方を増やすかが最大の関心事である。つまり両派のやっていることは世論工作であり世論操作である。


    同じ原子力の専門家や論客であっても、当然、原発の運営に携わる経産省の関連では原発推進派が圧倒的に多い。一方、食品の安全基準を決める厚労省の諮問委員会では、どうも反・脱原発派が強いようである。また原子力政策を統括する内閣府は、両者が拮抗しているが、やや原発推進派が優勢という印象を筆者は持っている。これに環境省が加わり、原発論議は混乱している。

    そしてこのような専門家の配置は、各省庁の考えや思惑を強く反映していると筆者は思っている。つまり今日の原発論議は、省庁による世論操作であり、省庁の代理戦争でもある。もっとも専門家にとって、原発論議は学者生命(場合によっては生活)に関わるものであり、簡単には自説を曲げ妥協はできない。つまり言っていることが正しいかどうかより、相手を叩きのめして世論をどれだけ引付けるかが大事と考えるのである。したがって原発論議においては、嘘やデマ、そして不確かな話が飛び交う。


    08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」他で取上げてきたように、筆者は「『人間』が排出した二酸化炭素」が地球温暖化を招くというIPCC(地球の温暖化については専門家で構成する気候変動に関する政府間パネル)の報告はおかしいと言ってきた。しかしどうも経産省周辺では、このIPCCの報告に疑問を呈することがタブーになっていると昔から感じられていた。原発推進派にとっては、事の真偽よりこれが原発推進に役立つなら何でも良いと考えるのであろう。

    筆者が原発の話を日頃からよく聞く原子力の専門家に、「IPCCの報告書の想定以上に温暖化が進んでいることを考えるとIPCCは怪しい」という話をしたことがある。ところがこの学者は「IPCCは絶対正しい」と筆者の話を即座に否定した。筆者は、原発推進派の間ではそのような話になっているのだなあと再確認したしだいである。もっとも反・脱原発派のデマめいた話はもっと酷い。


    原発推進派は、生真面目な理系の学者が中心であり、所詮、デマ合戦に強いとは思われない。一方、反・脱原発派の論客は幅が広く、多くの海千山千の人々が集まっている。中には反核左翼イデオロギーの流れを汲む者もいる。今のところ推進派は、反・脱原発派に作戦負けしている。

    今日、マスコミは「原発の安全神話は崩れた」という話を盛んに流している。これは反・脱原発派の思惑通りである。しかし程度の差はあれ原発推進派であっても誰も「原発は絶対に安全」と思っていないはずであり、またそのような事をはっきりとは口に出していないと思われる。ただ反・脱原発派の論客の巧みな誘導によって、「原発は絶対に安全」と受取られることを言わせられてきた場面があったと見られる。そして「原発は安全」と言うことが、必要な安全対策を施す上で障害になってきたとも考えられるのだ。


  • スリーマイル島原発と同じ形?
    福島の原発事故以来、原発推進派がメディアに登場することはなくなった(もっとも以前からガリガリの原発推進派がマスコミに登場することはめったになかったが)。筆者が見かけた原発推進派とはっきり分る唯一の人物は、4月28日の「朝まで生テレビ(テレ朝系)」に出演していた石川という学者である。もちろん今の時勢では石が飛んでくる立場にいる人物である。

    石川氏は、福島原発が津波で電源が失われたことによって、とんでもないことになった事を認めた。「8時間電気が通じなかったことが悔やまれる」と発言していた。たしかに津波によって電源が失われる可能性があることを、事前に何度か指摘されていたにもかかわらず、対策が不足したことは事実である。


    もっとも福島第一原発は、30m以上あった崖を25mほど削って建設された。海に近く低い場所に建設した方が、冷却水を汲み上げるコストが安くなったり、また資材を船から引上げやすくなるからである。つまり元々福島第一原発は津波を軽視して設計されている。津波のことを考え、削るのを20mにしておけば良かったのである。

    石川氏は、津波による「8時間の電源喪失」を番組中何度も反省していた。そして「今回の事で電源の確保がどれだけ重要か身に染みて分かったので、もう間違いは繰返さない」とも述べていた。何となく筆者は、本当のことを話しているなとこの人物に好印象を持った。ただ筆者は、問題は電源だけではなかったと思う(ある程度の量の真水を確保しておく必要もあったと考えるが、石川氏はこれには言及しなかった)。


    司会の田原総一郎氏が石川氏に緊急に行う対策を聞いた。それに対して彼は「分らない」と答えた。これには他の出演者も一瞬驚いた。ただ続けて石川氏は、「原子炉(圧力容器)の中がどうなっているか分らないから、対策の打ちようがない」と述べた。さらに「もし原子炉の中の状態さえ正しく分かったら、確実に収束に持って行ける」と断言していた。

    石川氏は、今は余計な事(格納容器の水棺作業など)を一切行わず、とにかく原子炉の中の本当の状態を知ることを最優先にすべきと言っていた。実際、その後1号機の建屋内に作業員が入り、水位計を修理することによって、燃料が溶融して下に落ちていることがほぼ分かった。これまで故障した計器のデータを基に、燃料棒が一部損傷という完全に間違った想定を公式にはしていたのである。石川氏のいう本当のこととはこの事であろう。


    どうも石川氏などの原子炉の専門家の間では、燃料が溶け圧力容器の底に溜まり、溶岩が固まったような状態なっている事を承知していたふしがある(他の原子力専門家もこのことを違う番組でちらっと言っていた)。ただ政府や東電が見解を変えないので「中がどうなっているか分らないから、対策の打ちようがない」と言う他はなかったと思われる。ただ燃料が全部溶けて落ちたのか、それともまだ一部残っているのか筆者はちょっと気になる。

    マスコミは、燃料溶融という想定外の事態が起り、また工程が遅れると騒いでいる。しかし石川氏の言葉を信じるなら、原子炉の中の状態がある程度分かったのだから、これは収束に向け大きな一歩と言える。溶融して下に落ちた燃料が再臨界さえしなければ(再臨界の可能性は低いという専門家の観測)、スリーマイル島原発と同じ形になる。スリーマイル島原発の場合は、完全に冷えきった後、固まった燃料を削って原子炉から全部取出したという話である。


    原発は13ヶ月毎に定期検査を受けることになっている(法律で13ヶ月を越えて運転ができない)。需要期の夏場に向け、現時点でもいくつもの原発が定期検査で停まっている。ところが福島原発の事故の影響で、定期検査を終了した原子炉の再稼動許可が県知事からなかなか降りない。また福島原発事故に加え浜岡原発4,5号機の停止により、再稼動許可のハードルがさらに高くなった。つまり来年の今頃には、日本の原発は全て停止する可能性が出てきた。いや、このままでは今年の末までにほとんどの原発が停まると考えて良い。

    つまり反・脱原発派の人々の喜ぶ状況が半年も経たないうちにやって来るのである。おかしいのは電力会社の方が、再稼動に向けそれほど積極的ではないことである。たしかに罪人扱いされている東電の状態を見ていれば、明日は我が身であると考えるであろう。銀行も、東電向け融資に対して債権放棄をしろと言われれば、原発を持っている電力会社には危なくて融資なんかできない。前から感じていたが、どうも枝野官房長官という人物は、典型的な反・脱原発派の活動家のようである。



来週は、原発と経済の関係を取上げたい。



11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
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11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
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11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
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