経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




11/4/11(657号)
原子力の専門家

  • 情報の統制
    福島第一原発事故がなかなか収束しない。筆者は、この収束に一定の見通しが立つまで、震災地の復興や日本経済についてあまり述べる気がしない。実際、農産物や水産物だけでなく、日本の工業製品にまで及ぶ風評被害を考えると、日本経済の行方と原発事故は密接に関係していると言える。


    そこで問題になるのが、原発事故の状況がどの方向に向かっているかである。悪くなっているのか、それとも良い方向に向かっているかである。筆者は、全体では足踏み状態ではあるが、少なくとも悪い方向には向かっていないという感想を持っている。

    「適切なデータ開示が行われていない」とか「政府や東電は何か隠しているのではないか」と疑っている人々がいる。中には心配して東京から脱出する者まで現れている。福島原発の近隣の人々が東京や埼玉に避難するのは分る。しかしその避難先の東京の住人がさらに遠隔地に逃げようとしているのだから訳が分らない。


    東電や原子力安全・保安院の会見が行われ、連日テレビでこれが放送されている。しかし東京から脱出しようというレベルの人々に、どれだけ正しい情報を示してもほとんど意味がないと思われる。彼等は、頭からそれらの数字を読取ろうという気がないのである。たとえ原子力の専門家が放射性物質に汚染された食物を多少食べても健康被害はないと解説しても、「やつらは御用学者」とレッテルを貼り説明を無視する。

    しかし逆に筆者は、原子力の専門家には案外誠実な人が多いと感じている。話している内容もよく分り納得できる部分が大きい。もちろん個人によってトーンは多少異なるが、専門家の間では説明の大筋で違いがほとんどない。おそらくこれは、筆者達があまりにも「超いい加減」な経済学者、財政学者そしてエコノミストという経済の専門家を日頃見過ぎてきたせいであろう。それにしても経済の分野にはこのようなゴミのような専門家が多すぎる。


    ただ原発事故関係の情報が、あまりにも大量に流されてきたので、一般の人々(東京から逃げ出そうとまでは思わない人々)も消化不良になっている。ヨウ素131、プルトニウム、マイクロシーベルト、ミリシーベルト、ベクレム、暫定規制値そして濃度限度などこれまで全く縁がなかった言葉で頭がパンクする寸前である。

    人々の一番の関心は「今後、福島原発は一体どうなるのか」ということであろう。しかし事故のあった原発の現状がよく分らない状況なので、原子力の専門家もはっきりした事が言えない。ただ専門家のほとんどは「峠」は越えたと思っているのではないかと筆者は感じている。

    テレビという媒体は、意外と人々の心の動きを写し出すことがある。テレビ慣れしたタレントでもない限り、心の動揺がどうしても画面に出るものである。最近、テレビに登場する原子力の専門家や東電社員の表情が、一頃に比べ妙に落着いていると筆者には感じられる。単にこれらの人々がテレビや会見に慣れたからとは筆者は見ていない。


    原発事故による風評被害が酷い。米国のスリーマイル島の原発事故でも、当初、この風評被害が大きく混乱したという話である。ところが米国では、人々の動揺を瞬く間に抑え込むことに成功した。おそらく日本を始め世界中がスリーマイル島の原発事故で大騒ぎしでいた頃には、米国内では落着きを取戻していたと見られる。

    スリーマイル島の事故が起って、米国は情報の発信を原子力発電所を管理している官庁のトップに一本化した。そして素晴しかったのは、このトップが、事故を起した発電所がテレビの画面に入る場所で毎日事故処理の状況を説明したのである。人々は、テレビでこの様子を見て、急速に落着いていったのである。今、スリーマイル島では、事故を起した原子炉を除いて原子力発電所は順調に稼動し、人々が平気で原発の付近を行き交っている(この辺りに住んでいる人には原発関係者が多いと思われるが)。


  • 事故処理の主体
    日本の人々の多くは、安全だとどれだけ数字で説明されても納得しない段階にきている。政府が本当に風評被害を抑えよう思うのなら、情報を一本化し責任のある人物が現地に赴き、防護服を着用しないままテレビに向かって説明に当るしかないと考える。防護服を着た自衛隊や警察官がガレキの中で不明者を探す様子がテレビで写し出されているようでは、とても人々は安心しない。もっとも福島の事故は大地震が原因となっているので(大きな余震が有りうる)、落着くまでにスリーマイル島の場合に比べずっと長い時間を要すると思われる。


    前段で筆者が今テレビに出ている原子力の専門家を比較的信頼している話をした。もちろん彼等の話を100%鵜呑みしているわけではない。またおそらく彼等の話す内容も何らかの規制を受けていると見ている。圧力があるとしたら、一つは政府サイドからであり、もう一つはテレビ局からと考えられる。

    この類の言論統制は、事故の当初に比べだんだん強まっていると筆者には感じられる。それでも時たま彼等は口を滑らすことがある。そしてこれがむしろこの専門家達の本音と思われるのである。しかしこの種の発言に対しては、直に規制が入るのか二度と聞くことはない。


    ある原子力の専門家は「可能性は低いが、今、一番注目し心配しているのは再臨界」と発言し、「したがって炉心を水で冷やし続ける必要がある」と説明していた。この専門家は、現場では中性子とヨウ素134(半減期が52分と極めて短い放射性物質、いつも公表されているヨウ素131ではない)の監視を常に続けていると話していた。実際、事故の当初、中性子やヨウ素134が少し検出されていたということである。しかしこの再臨界の話はタブーになっているのか、これ以降聞くことはなくなった。たしかにヨウ素134とセシウム134と取り違えて数字を公表し、大騒ぎになったことを覚えている。

    また別の専門家は、放射性汚染水は処理が可能であり、最終的な汚染物質はアスファルトやセメントで固め六ヶ所村に送れば良いと発言していた。しかし地元は汚染物質の最終処分場になることを承知していないのであり、早速、強い抗議がテレビ局に寄せられたという話である。これ以降、最終処分所の話はあまり出なくなった。


    福島第一原発事故の処理の主体が日本(政府)から米国に移っているような気がする。まず米国が炉心に注入する冷却水を塩水から淡水に切り替えるよう強く要請したことは本誌でも何回か取上げた。しかしそれだけではないようである。

    低レベルの汚染水を海に放出し、高レベル汚染水を貯蔵するスペースを確保した。筆者は、思い切ったことをやったものと菅政権を見直したものである。ところがこれは米国からの急な要請らしい。そして日本政府は、隣国や関係部署に連絡することなくこれを実行した。そのせいか韓国やロシアからは抗議が来たが、米国からは批難めいた声は一切出ていない。

    今、1号機の格納容器に窒素を注入しているが、これも米国の要請のようである。しかしこれらの一連の対応案が日本の専門家や技術者から全く出てこなかったとは考えられない。おそらく前から同じアイディアが出ていたものと思われる。しかし日本政府の関係者には、責任を取って決断を下す者がいないのである。どうしても「米国から無理やりやらされている」という形を取らなければ、今日、物事が前に進まないのであろう。
    ところで筆者には、圧力容器や格納容器の損傷が激しいとされる2号機と3号機の方がむしろ落着いているように感じる。もっともその分2号機と3号機の放射性物質の流出が激しい。一方、圧力容器や格納容器の損傷が比較的軽いとされる1号機に手こずっているように見える。1号機の格納容器への窒素注入を急いだのもなんとなく分るような気がする。



来週は主に風評被害を取り上げる。



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