- アンケートとマスコミ
人々の考えや嗜好を知る方法としてアンケートは一般的な方法である。政治に関連し世論を調査する時にも通常アンケートの形式が使われる。したがって正しい民意を知るには、正しいアンケート調査が必要になってくる。ところで、正しい民意を知るためにアンケート調査を理想的に行なっても、技術的には完全に正しい結果を得られることはない。少なからずどうしても統計上の片寄り、つまりバイアスが含まれるものである。もっとも通常、調査には費用や時間の制限があるため、これも止むを得ないことと考えられる。そこでアンケートの結果を見る時に大事なことは、これらのには当然「バイアス」がある程度あることを承知していることである。 そこでなぜ本誌が、いまことさらに「アンケート」を取り上げることにしたかの理由である。それは最近の経済政策の決定が、各種の世論調査やアンケートの結果にかなり左右されているケースが増えているからである。もっともこれらの調査結果から得られる「民意らしいもの」に沿った政策で間違いがないのならかまわないのであるが、実際はこれによって今日の経済の混乱が引き起こされているなら問題である。今後テーマになるのは「恒久減税」である。各種の世論調査を見ても、景気対策として「恒久減税」を求める声は圧倒的である。しかし、筆者は、4/13(第61号)「恒久減税を考える」で述べたように、「恒久減税」には景気対策としての効果はほとんどないと考えている。自民党の加藤幹事長も「景気対策とは別に恒久減税を検討していく」と明言している。つまり暗に「恒久減税」には景気対策としての効果はないと考えていることを示しているのである。ところで自民党の支持層には農業従事者、建設業者そして商工経営者に加え、高額所得層や財産家がいる。後者にとっても「恒久減税」は悪い話ではなく、累進課税の税率カーブの是正をこの機会にやろうと言う空気が自民党内に生まれても不思議はない。ただ問題は財源である。これを消費税率のアップや課税最低限度の引き上げで行なえば、景気に悪影響がある。高額所得層や財産家の消費性向は大きいため、仮に恒久減税額と消費税の増税額が同じ額ならば、確実に景気にはマイナスとなる。筆者にはこのような現実をアンケートの回答者が承知しているとはとても考えられないのであるが。 そこで今週号ではアンケート調査に係わる問題点を指摘したい。最初にアンケート調査の問題点を技術面から見てみる。まずアンケート結果には色々なバイアスがかかる。もちろんサンプル数やサンプリングの仕方で、結果に違いが生じる。ただしこれらについては統計学的に正しい手法を用いることによって信頼度を高めることが可能で、我々もそのアンケートが統計学的に正しい段取りを踏んで行なわれていると見なしているのが普通である。しかし、たとえそのアンケートが形式的に正しく行なわれても、どうしても他の要素、例えば心理面からもバイアスがかかるのである。筆者は次のようなこともその一種と考えている。
- 調査主体によるバイアス
アンケート調査を受ける者は、その調査を行なう主体自体に影響を受け、回答も変わってくる。人には他人に喜んでもらいたいと言う心情があり、これがアンケート調査にも発揮されるのである。アンケート調査を受ける時、調査している人からどのような回答が期待され、また喜ばれるかを察知し、それに応じて回答を行なうのである。例えば、労働組合のアンケートに対しては「生活が苦しい」とか「去年より生活が苦しくなった」と回答しがちである。同一人物が他の調査では「生活は中流」と答えていることも不思議ではないのである。また、政府に批判的なメディアの調査には、そのメディアに喜んでもらうため、政府の政策に批判的な回答を行なうことも自然のことである。
- プライバシー保護によるバイアス
アンケート調査に対して喜んで回答を行なう者は少数派であろう。自分のプライバシーを保護する観点からも、アンケート調査自体に警戒心を持つことは当然のことである。運悪くアンケートに答えるはめになった場合にも、なるべく手っ取り早く済ませたいと考えることになる。したがって追加の質問がありそうな回答は選択しない。例えば選挙の投票に関するアンケートである。よく「投票に出かけますか」と言う設問があるが、もし「棄権する」と回答すると、「ではなぜ棄権するのですか」と言った追加の質問が予想され、ついつい「投票に出かける」と回答してしまうのである。このためか事前のアンケート調査より実際の投票率は相当低くなるのが普通である。このようにプライバシーにかかわる設問に対する回答にはかなりバイアスが掛かっていると考えても良いであろう。
- 他人の回答によるバイアス
時々テレビ番組で公開のアンケート調査を行なっていることがある。最近見かけたのでは、佐藤孝行氏の大臣の辞任問題の時であった。ボードに回答欄として「辞任すべき」と「辞任する必要はない」があり、一人ずつ印を付けていく方法であった。つまり、先に回答した人の選択がこれから回答しようとしている人にもわかる仕組になっているのである。先に回答で「辞任すべき」が多ければ、それに影響を受け、「辞任すべき」に印を付けようとするのは自然な心理である。逆に「辞任する必要はない」に印を付けるのは、よほど「ヘソ」が曲がっているか、なにか確信めいたものを持っていなければ無理であろう。たしかに佐藤孝行氏はロッキード事件で有罪判決を受けている。そもそもこの事件は、20年以上前に起き、9/22(第34号)「ロッキード事件と経済を考える」で述べたように真相は未だ闇に包まれた部分も多いものであった。本来は「よくわからない」と言う回答欄が必要なケースと筆者は考えている。とにかく他人の回答状況がわかるようなアンケート調査は全くの邪道である。 これに関連し、以前生放送で「選挙の出口調査の結果」をテレビで全国放送しているのを見かけたことがある。それもその放送が投票日の午前中であり、筆者はこれが選挙の結果に一定の影響を与えたと考えている。これは9年前、「消費税」導入後始めての国勢選挙である参議院選挙の時であった。この時は自民党が大敗し、社会党が大勝した。自民党が大敗した原因は色々あるが、このような世論操作めいたテレビ局の動きも少なからず影響していたと考えている。たしかに世界の国々の中には投票結果を投票時間中に公表する国があるが、国内に時差があるような面積の大きな国であり、また特定の投票所の結果だけを公表することはないはずである。他人の投票結果が他の者にも影響を与えるなら、テレビ局は簡単に全体の選挙結果に影響を与えることができるのである。一つの投票所で投票する「特定の考えを持った人々」に放送時間を連絡し、その時間に投票に来てもらえば良いのである。その時間に出口調査を行ない、その結果の傾向として全国に実況放送すれば、確実に投票結果に影響を与えることができるのである。
このように各種の世論調査やアンケートの結果が必ずしも、人々の人々の考えを正しく反映しているとは考えられないのである。またアンケートの設問の作り方によって回答結果も変わってくる。これについては次週号で述べたい。
- 橋本政治とアンケート
筆者は、これまでの橋本総理の政治決断が世論調査の結果に大変左右されていると考えている。たしかに自民党内に確固たる基盤を持たない総理だけに、世論の流れに敏感にならざるを得ないことは理解できる。まず、それらの主だった政治決断を列挙すれば次のようになる。
- 「財政再建路線」の採用
橋本総理は財政再建路線を押し進めてきたが、しかしこれは世論の反対を押し切って行なって来たわけではない。昨年の今頃までは世論調査でも政府が取り組むべき政策として「財政再建」が一番であった。緊縮型の97年度予算に対しても、「まだ歳出のカットが甘い」と言っていたのである。反対に、世論調査で政府に「景気対策」を求める声はほとんどゼロに近かった。つまり橋本総理は世論やアンケート調査結果通りの政策を行なってきたのである。最近、マスコミで橋本総理の緊縮財政が今回の不況の原因と責める論調が多いが、当時はほとんどのマスコミがこぞって「財政を再建しないと明日の日本はない」と言っていたはずである。
- 佐藤孝行氏の大臣辞任
橋本総理は佐藤孝行氏を総務庁長官に任命しておきながら、世論の風当りが強くなると、さっさと事実上同氏を解任している。この解任劇には連立を組んでいる社民党もからんでいる。佐藤孝行氏の総務庁長官就任をマスコミがこぞって攻撃し、これがマスコミの動向に敏感な社民党を動かし、最終的に世論の動向に敏感な橋本総理を動かしたと言う図式であった。
- 特別減税の実施
昨年の暮れ、橋本総理は突然「2月に特別減税」を実施すること決定した。減税が景気対策として効果が期待できないと考えていた自民党の幹部には事前にほとんど相談をしないで、ほとんど総理の独断で決定したようだ。驚くのはこの減税を決断するほんの少し前に国会は「財政構造改革法」を成立させていることである。筆者は、たしかに「減税」には米国からの圧力もあったと考えられるが、やはり各種世論調査で「減税」を求める声が大きかったことが総理にこの決定をさせたと考えられる。
このように橋本総理自身が決定したとされる政策が、大きく世論調査に影響を受けていることが分かる。歴代の総理を見ても、橋本総理ほど世論調査の結果通りの政策を行なった総理はいない。そのかいもあってか、一年ほど前までは橋本内閣の支持率はけっこう高かった。 問題は、世論調査が「民意」を反映するものであっても、前段で説明したようにいつも「民意」を正確に示しているとは限らないことであり、またこの「民意」と言うものがマスコミなどによって容易に操作されやすいことである。さらに、たとえ世論調査に民意が正確に反映されているとしても、民意そのものが間違っていることがありえるのである。また、世論調査に示される民意と言うものは、どうしても自己中心的なものになりがちである。景気対策として「公共投資」と「減税」を比べれば、より多くの人々に関係してくるのは「減税」であり、「減税」に多くの支持が集まるのは当然である。さらにその政策が諸外国に影響を及ぼすケースも考える必要がある。今日世界に占める日本経済の比重は極めて大きく、つまり日本の経済政策が関係諸国の経済に影響を与えるのである。本誌では2/1(第1号)「株価下落の原因を考える」「今後の景気動向を考える」から一貫して日本の内需拡大の必要性を主張し、97年度の緊縮予算が諸外国の経済に打撃を与える危険性を指摘してきた。実際、今日のアジアの経済混乱の一部の責任は日本にあると言う指摘があり、筆者もこれを否定できない。ところが世論調査で財政再建に賛成した人々が「日本がそのような政策を採用すればどのような影響を諸外国に与えるか」まで意識していたとはとても考えられないのである。このような現実を踏まえば、政治が政策決定を行なうに際して重要なことは、高度な判断であり、決して世論調査通りの政策を行なうことではない。もっとも筆者は、当時、どうして世論が圧倒的に「財政再建」に賛成していること自体が不思議に思われた。これについては来週号で述べたい。 現在、橋本内閣の支持率は極めて低く、反対に不支持率が支持率の倍くらいある。世論調査を重視する総理なら、当然退任を決断すべき数字である。いずれにしても今後の橋本総理の去就が注目される。
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