経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/1/31(648号)
モラルハザードの話

  • どの国の財政も「モラルハザード」
    経済論議を混乱させる言葉にモラルハザードがある。道徳(心)の欠落(欠除)と言ったところであろう。日本でこれが頻繁に使われるのは、財政の赤字に対してである。毎年、税収という収入より歳出という支出が上回り、しかもその差額(財政赤字)が年々大きくなっている。

    個人の生活に例えるなら、収入以上の贅沢な生活をずっと続けていることになる。また不足する財源は国債という借金で賄っていて、その国債発行残高は空前の額になっている。まるで個人が不足する生活費を、消費者金融から借りまくっているようなものと多くの人々は思い込んでいる。日本の財政はまさに「モラルハザード」の象徴ということになっている。


    同じように日本の財政赤字を問題にする人であっても、理由が財政赤字でインフレ(物価上昇)や円の暴落(円安)を招くからと言うのなら、なんとか説得する余地がある。しかし理屈ではなく、とにかく一円でも借金はいけないと言う人々を説き伏せることはほぼ不可能である。日本の財政状況を「モラルハザード」と決めつけるこのような人々は、財政均衡主義であり税収の範囲で歳出を行うべきという観念が極めて強い。

    しかし世界は広く、財政支出の大半を石油収入で賄っているサウジアラビアなどのような国がある。このようなケースは「モラルハザード」とは呼びにくい。つまり歳入は必ず税金で賄わなければならないという話は、ここでまず怪しくなる。


    程度に差はあるが、先進国の中で政府が借金をしていない国はない。つまり全ての先進国の財政は「モラルハザード」と言うことになる。EU加盟国には、財政赤字をGDP比3%内に抑えることが課されている。つまり財政赤字を小さくすることは求められているが、財政を均衡させることまでは強制されているわけではない。見方によっては、EUの加盟条件は、財政均衡主義者の言うところの「モラルハザード」そのものということになる。


    一円でも借金はいけないと言う財政均衡主義者に対して、財政の赤字が続き日本の国債の発行残高が増えても、国債の利回り(長期金利)がむしろ低くなっているという事実を突き付けても無視される。また日本の国債発行残高は大きいが、国債の利回りが世界一低いため10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」で述べたように、日本の国債利払い額は決して大きくはない。

    さらに国債利回りの低下が続いたため、実際の利払い額は変わらないか、あるいはむしろ減っている。しかし財政均衡主義者にこれらの事実を話しても無反応である。また日本の大きな財政赤字の裏側には国民の巨額な過剰貯蓄の存在することを説明しても、彼等はとても承服しない。まるで犬や猫を説得しているようなものである。


    また日本の財政を「モラルハザード」と決めつける人々に、一時的にも財政赤字を大きくしこれによって経済を活性化させた方が、むしろ財政赤字の名目GDP比が小さくなるというマクロ経済シミュレーション(日本経済復活の会)を示しても入り口で拒否される。また個人と異なり国には徴税権や政府貨幣(紙幣)発行特権があり、また国債の日銀購入分は実質的に国の借金にならないと説明しても、彼等は全く理解しようとしない。


  • 様々な「モラルハザード」
    日本の一般会計の歳出額自体は大きくなっているが、国債の償還金と言った乗数効果を生まない部分(旧国鉄の債務の返済なども乗数効果を生まない)が大きくなっており、先週号まで述べてきたように乗数効果を発生させる政府支出はむしろ小さくなっている。一方、10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」で述べたように、純輸出は頭打ちになっており、また日本の経済情勢(名目GDPの縮小)を反映し民間投資は逆に減少傾向にある。

    純輸出と民間投資に期待できない以上、もはや日本は政府支出を大幅に増やさない限り経済成長が不可能である。しかしこれに立ちはだかるのが「モラルハザード」を叫ぶ人々である。本誌は、これに対して財源を政府貨幣(紙幣)発行や永久債の日銀引受けといったセイニア−リッジ政策を提案してきた(この他には10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」で述べた公的年金の積立の取崩しとセイニア−リッジ政策の組合せを提言)。


    日本の財政赤字を「モラルハザード」と批難する人々は、大きく分けて二つのグループに分けられると筆者は感じる。一つは単純に日本の財政が破綻すると本当に心配している人々である。彼等は財政が破綻して経済が混乱することを心配している。どちらかと言うと経済に疎い人々である。

    もう一つのグループは、日本という国の安定や日本のマクロ経済に興味がない人々である。彼等は、財政悪化によって、自分達に増税などの重い負担が将来課せられることを回避したがっている。このグループには、自信家で自分一人でも生きられると思っていて、日本なんてどうなってもかまわないと考えている人々が多い。

    またこの中には、むしろ日本なんて滅亡してもかまわないと思っている反日的な人さえいる。意外と思われるかもしれないが、反対に日本という国が真に大事と考える保守派の政治家には、積極財政に賛成し、政府貨幣(紙幣)発行に賛同する人が多い。


    日本の財政赤字をことさら「モラルハザード」と騒ぎ立てる人々は、デフレ経済が原因で起っている様々な問題を軽視、あるいは無視する。例えば自殺者が毎年3万人を超えていても関心がない。むしろデフレ経済で牛丼が安くなったと喜んでいる人々である。

    彼等は、大卒者の就職内定率が最低になったと聞いても奇妙な反論を行う。例えば大学を創り過ぎたからと論点をすり替える。しかし高卒者の就職内定率も最低なのであり、とにかくろくな勤め口がないことは事実である。もっとも日本の雇用者所得が年々減っているのだから、雇用情勢が悪化しているのは当り前の話である。

    また新卒者だけでなく全体の雇用情勢は確実に悪化し、常用雇用労働者は減少を続けている。今日、変な事件が頻繁に起るが、問題を起す者は無職か非常用雇用労働者に多い。つまり雇用情勢の悪化と社会不安の増大に強い因果関係あると考えるのが普通である。そしてこれは明らかに「モラルハザード」と呼べるものである。


    デフレ経済が長引き地方も経済的に疲弊している。日本人が金を使えなくなっているので、地方は外国人の金をあてにするようになっている。例えば観光地は、日本人の観光客が減ったので、外国人観光客の誘致に必死である。

    しかし観光客の誘致だけならまだしも、不動産を外国人に売ろうとする者が増えている。中国人が北海道の土地をどんどん買っているという話がある。しかし日本人の方が中国人に熱心に不動産投資を売込んでいる場合がある。


    また民間が中国人に土地の売却に動いているだけでなく、驚くことに地方自治体が中国に土地を売ろうとするケースが出てきた。10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」の最後で、街の中心部にある新潟市の万代小学校跡地(15,000平米と広大)を新たな中国領事館用地として中国に売却するという話を取上げた。どうもこれに関しては新潟県知事が、中国を訪問し中国への売却に積極的に動いたという話がある。

    ところが幸いと言って良いのか、尖閣諸島事件がきっかけに市民から反対の声が起り、この売却話は凍結されることになった。軍隊が駐留できるほどの広い土地を、行政権(特に警察権)が及ばない領事館用地として中国に売ろうとしたのである。事もあろうに、尖閣諸島領有権に見られるように日本対して領土的野心を持つ中国に売却するというのだから正気の沙汰ではない。しかしデフレ経済によってほとんどの地方自治体の財政は逼迫しているのだから、このような出来事がどこで起っても不思議はない。


    このような地方の動きも一つの「モラルハザード」である。新潟市の万代小学校跡地の件は、日本政府がわずかな財政支出をし買い上げれば済む話である。ところが日本の財政は「モラルハザード」という怪しい話(日本の国債利回りが世界一低いことを見れば嘘と分る)に振り回され、前述した通り財政支出が絞られてきた。

    財政支出の抑制によって、内需は冷込み民間の設備投資も減少し、なんと名目GDPが縮小してきたのである。名目GDPが減少する国なんて日本と北朝鮮ぐらいのものである。そして雇用情勢の悪化による社会不安の増大や、地方財政危機に伴う地方自治体の不規則的行動と言った様々な「モラルハザード」が起っているのである。筆者は、日本経済がおかしくなり始めたのは、大平政権から始まった狂信的な財政再建運動からと見ている。



来週は消費税の増税論議を取上げる。



11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
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09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
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09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
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09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
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09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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