経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




11/1/24(647号)
問題は分配ではない

  • 薄々覚悟していること
    日本にとって今こそ経済成長が必要と考え、本誌は10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」より経済成長のためのシナリオを段取りを追って提示してきた。一応の結論として先週号で「永久債の日銀引受け」を提案した。もっともこれが唯一の問題解決のための解答ではない。ただ日本の経済成長にとって何らかの形のセイニア−リッジ政策が必要と考えている。

    筆者は、今日の日本における経済成長のための絶対条件は需要の増大と考える。需要さえ増やすことができれば経済は成長する(供給サイドは見る必要はない)。しかし自生的(独立的)な需要の中で、民間投資と純輸出はこれ以上伸びない段階まで来ており(むしろ減少している)、残るのは政府支出の増大しかない。BR>
    そしてこの政府支出を飛躍的に増やすための財源を確保・捻出するのがセイニア−リッジ政策である。ちなみに最大の需要項目である消費は、所得の従属関数であり、自生的(独立的)な需要が決まることによって所得が決定すれば、自動的に決まる。


    ところが世間では、この経済成長のメカニズムが十分理解されていないため、経済論議に混乱が続いている。見方によってはこの混乱は以前より酷い。いまだに供給サイドの強化を訴えているのは論外としても、民間投資や輸出の増大に期待する声が大きい。民間投資については法人税減税であり、輸出に対しては政府主導によるインフラ輸出や外国人観光客の誘致ということが具体的な施策ということになっている。

    しかし過剰生産力を抱える現状では、法人税減税ぐらいで民間投資が増えるとは思えない。また輸出振興による経済成長は、将来の円高を招き、いずれこの円高が輸出にブレーキをかける。実際のところ、昨年の1月から統計の出ている11月まで全ての月の貿易・サービス収支はちゃんと黒字である。経常収支にいたっては、さらに大きな黒字を続けている。今後、さらなる円高が待ち構えているのに、輸出振興による経済成長なんて本当に現実離れしている。


    ここまでの話をまとめれば、残念ながら日本が経済成長するには政府支出の増大しかなく、その財源の捻出はセイニア−リッジ政策である。マクロ経済に理解ある者は、薄々このことを覚悟している。今日必要なことは、政策決定者が一般の国民にこのことを説明し理解を得ることである。

    ここ20年、中途半端な政策が続き、経済が成長しないためむしろ財政の累積赤字は増えた。名目GDPは、とうとう500兆円を大きく割込み、経済は成長どころか縮小している。経済が縮小しているのだから税収が減るのは当り前である。


    しかし経済学者やエコノミスト、そしてマスコミは正確なことを言わない。例えば「財政支出(特に公共投資)を増やしたにもかかわらず経済が成長しなくなった」という意見がまかり通っている。しかし先々週号まで使った「自生的(独立的)な需要」とGDP成長率の関係を示した表を見れば明らかのように、政府支出自体は増えていない。前述の通り、税収が減ったから政府の累積債務が増えたのである。

    本当のところは、以前大きかった民間投資+純輸出が小さくなったため、経済成長率が低くなったりマイナスになったのである。この傾向は最近でも続いている。特に08年度は設備投資が37.0%も減少した。さすがに09年度はこの反動で18.7%の増加となったが、10年度はまた小さな減少に転じている。


    日本の設備投資は、長い間、名目GDPの15%程度で推移してきた(バブル期や列島改造ブームの時には20%を超えていた)。年間の設備投資額は70〜80兆円程度であったが、おそらく直近では50兆円を切る程度まで減少している思われる(名目GDPの10%程度)。したがって大企業の手元にはうなるように余剰資金が滞留している(これによって国債が買われ政府の赤字が補填されている)。

    名目GDPが減少している日本においては、民間企業が減価償却費の範囲内の設備投資しか行わないのも無理はない。また今日のような円高では、どうしても設備投資は海外に流れる。このように名目GDPが停滞したり減少したりすることが、さらに名目GDPを減少させている。


  • 「大砲もバターも」
    前段で述べたように、一刻も早く日本は積極財政に転換する必要がある。しかし日本の経済論議は大変混乱しており、とてもそのような政策にたどりつく状況にない。そこで今週からはなぜ日本で経済論議が混乱に陥るのかについて述べる。


    筆者は、今日、日本にとって一番重要なことはGDPを伸ばし経済成長を実現することだと思っている。経済が成長することに対しては、ほとんど全ての人々は賛成である。しかし一番マスコミや大衆が関心を示すのは「経済成長」ではなく「分配」の問題である。

    人々は、国民所得という全体のパイを経済成長によって増やすことより、今の所得をどのように分配するかの問題の方に関心を持っている。ただこれについてはマスコミによって、人々の興味が「分配」に方にミスリードされている面が強い。特にバブル崩壊後、日本経済が低成長になってから、この傾向が顕著になったと筆者は感じる。


    筆者は、問題がこと「分配」になった場合、解決が遠のいたり解決が不可能になると思っている。先日、保守系の人々の集まる懇親会に筆者は参加した。そこで話をした初対面の人は「周辺諸国の軍事的脅威が現実となっている今日、日本は防衛費を増やす必要がある」と述べ、続けて「無駄なこども手当を止め予算を防衛費に回すべきだ」と強く主張していた。これはまさに「分配」の罠に陥った意見である。

    まず世の中には逆に防衛費が無駄と思っている人々も多いはずであり、そのような人々はむしろ防衛費を削ってこども手当に回せと主張するであろう。これはまさに「大砲かバターか」の議論であり、もし両者がこの分配について議論すれば、永遠に結論が出ないことになる。そこで筆者は、その人に対して「こども手当が無駄かどうか私の考えは留保するが、こども手当の支出と防衛費の増額を同時に行えば良いのでは」と反論した。

    物事が「無駄」かどうかの判断は、多分に各々の人々の主観や価値観によって違ってくる。異なる考えの人々が議論すれば、議論は白熱するかもしれないが結論は出ない。一方、マスコミにとって、とにかく人々が自分達の報道に関心を持つことが重要であり、物事の善し悪しは二の次である。このマスコミがむしろ議論を煽り撹乱させている場合が多いのである。


    目ざとい政治家は、このようなマスコミの性癖を分かっていて、マスコミが喜びそうなパフォーマンスに打って出る。いつも目玉のテーマになるのが行財政改革である。具体的には「公務員の天下り」「公務員給与のカット」「豪華な公務員宿舎」「無駄な公共事業や補助金」などである。

    増税の話が出ると必ず「その前に無駄な歳出を削れ」という声が出る。また事業仕分けが一頃注目を浴びた。ところがこれらの行財政改革に関わる問題は、全て分配に繋がる話である。人々は興味がなく自分に関係しない政府支出は「無駄」と思い込む。しかし一方にはそれらの無駄と指摘されている支出が大事と考える人もいるのである。


    筆者は、政府支出の「無駄」や分配に関心がないわけではないが、今日、一番必要な政策はまず国民所得というパイを大きくすることである。分配に話が傾くと、時間だけが無駄に過ぎる。前述の話に戻り防衛費の増大を本当に望むなら、こども手当うんぬんの話は止め、防衛費の必要性だけを訴えるべきである。「大砲かバターか」ではなく「大砲もバターも」である。



来週はモラルハザードを取上げる。



11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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