経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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11/1/10(645号)
日本の経済成長シナリオ

  • 中国の高度経済成長
    今週は前年からの持越しテーマである日本の経済成長のシナリオについて述べる。今回も前回号まで使った「自生的(独立的)な需要」とGDP成長率の関係を示した表をまた用いる(さらにこれは来週も使う予定)。

    GDPと自生的有効需要の伸び率比較
    年度GDP総額民間投資+純輸出政府支出(うち公共投資)
    70→002.562.492.572.38(2.34)
    80→001.661.661.831.51(1.41)
    80→951.601.601.671.53(1.63)
    95→001.041.041.100.96(0.87)


    表から分るように、経済成長を高めるには単純に自生的(独立的)な需要、つまり民間投資、純輸出、そして政府支出を増やせば良い。これは乗数効果理論にも適っている。しかし前回号で説明したように、日本のような過剰設備を抱えているような経済が成熟した国では、大きく民間投資が伸びることはない。


    また日本の輸出がどんどん増える状況にもない。たしかに過去においては、日本は輸出増大をテコに景気回復を実現したことがある。オイルショック後の景気後退時やバブル崩壊後などである。しかし当時、輸出依存で経済回復を行っていたのは日本ぐらいのものであった。

    ところが今日、輸出増大で経済の活性化を目論んでいる国は他にも沢山ある。欧米諸国に加え、韓国・台湾そして中国などのアジア勢は、政府が先頭に立って輸出の振興を行っている。また輸出振興のための通貨の切下げ競争が世界的規模で行われている今日、日本の都合だけで円の安値誘導を行うことは困難になった。つまり日本にとって輸出主導による経済成長は過去のものである。


    したがって日本が経済成長するには、残る自生的(独立的)な需要項目、つまり政府支出の増大しかないと筆者は考える。しかし日本のほとんどの識者と言われる人々はこのことをどうしても認めたくないのである。彼等は、政府支出を増大せずとも、規制緩和などの構造改革で経済成長が実現できるといった幻想をこれまで世間に振りまいてきた。この結果、中途半端な経済政策が続き、日本は20年もの長期の経済不調に陥ったのである。


    政府支出の増大政策の話を進める前に上記の表を使って、経済成長が著しい中国の経済を眺めてみる。中国は自生的(独立的)な需要の全て、つまり民間投資、純輸出、そして政府支出がそれぞれ伸びてきた。毎年10%以上の経済成長が続いてきたのも当然である。

    ただし、今後、中国がこれ以上純輸出を伸ばすことによって経済成長を高めることは困難と見ている(既にこの徴候は現われている)。さすがに異常な人民元安の維持と膨大な貿易黒字に対する各国の批難が高まっている。また中国の経済成長パターン(自国通貨安によって世界から輸出企業を誘致)をまねる国がどんどん現われきており、中国の輸出だけがこのまま伸びることは難しくなった。


    今日、中国の経済成長を牽引しているのは民間投資と政府支出の増大である。需要の増大を見越した設備投資が爆発的に増え、これが経済成長率を高めている。ところで前回号で「投資の二面性(乗数効果による所得増加と生産力の増加)」の話をした。しかし筆者は投資の所得増加効果だけに着目し、生産力の増加の方を軽視している。中国は既に過剰生産設備がいたるところで発生していると思われる。一方、電力供給などがいまだに不足しているのに中国の経済は成長を続けているのである。つまり中国の経済成長についても供給サイドは無視しても良いと筆者は見ている。

    相変わらず中国では高水準の設備投資がなされている。この過剰な設備投資は将来不良資産になる可能性が強い。しかしそれが分かっていても、膨大な設備投資が実行されているところに中国の高度成長の特徴がある。実際、過去において大銀行の膨大な不良債権を中国政府が片側って償却したことがある。

    筆者は、採算を度外視した設備投資がなされているからこそ、中国は高い経済成長を続けていると考える。したがって中国の設備投資が合理的な判断でなされるようになれば、途端に中国経済の高度成長は終了すると思っている。

    ところで、今日、中国では不動産投機が発生している。不動産投機が発生するのはブームの末期であり、既に過剰な設備投資がなされているものである。これは日本の列島改造ブームや80年代後半のバブル経済でも見られた現象である。日本の場合、この時期、GDPの20%を超えるといった過剰な設備投資が何年も続けて行われている。


  • 収益を目的としない公的投資・公的支出
    中国は、純輸出を毎年10%以上増やすことが難しい段階にきている。注目されるのは設備投資の動向である。もしこの設備投資が停滞すれば中国経済はピンチに陥る。そのような場合には中国経済も政府支出に頼る他はなくなる。実際、リーマンショックの時は、中国政府が大胆な政府支出を行って経済のピンチをかわした。


    日本の経済は、成長がこの政府支出に掛かっている段階に来ている。ところが政府の経済政策は、消費や設備投資を刺激したり(エコポイントや法人税減税など)、輸出を振興(政府が音頭をとったインフラ輸出の推進や外国人の観光客の誘致)するといったことにとどまっている。どうしても政府支出増大による経済成長という発想を避けたいようである。

    そのため事実とは異なる虚言・妄言がまき散らされてきた。これによわって人々は、日本では政府支出が増大しただけであり、財政の累積債務がどんどん増えていると思い込まされている。しかし冒頭の表を見る限り、GDP成長率に対する政府支出の寄与度は決して大きくなっていない。中でも公共投資の伸びはむしろ小さくなっている。つまり財政の累積債務の増加は、低成長による税収の減少が原因と考えられるのである。


    筆者が「政府支出によって経済成長を」と言った場合、これに対して「いかがわしい主張だ」と反感を持つ人が多いはずである。彼等は経済が自律的に成長するものと思い込んでいるのである。しかし日本経済はそのような生産力が不足した段階を遠の昔に過ぎている。

    人類の長い歴史においては、供給力が需要を上回った事が幾度もあった。そのような時には、為政者はピラミッドのような巨大なモニュメントを建築したり、軍事力を増強したりした。時には戦争によって互いの国の生産力を破壊し、過剰生産力が調整されてたこともあった。第二次世界大戦などはその典型と筆者は考える。


    筆者は、日本経済は収益を目的とした民間の設備投資がこれ以上増えない段階に来ているのだから、必ずしも収益を目的としない公的投資・公的支出というものを増やすべきと考える。長期金利が1%になっても投資が増えないのだから、これは理に適う考えである。ところで筆者はこのような日本の状況を不幸とは決して考えない。むしろ逆である。

    日本は、高度経済成長期以降、何十年もかなり高い平均所得の時代を経てきた。この結果、平均的な人々は既に必要な消費物資を一応買い揃えている。したがって日本において今後大きな消費ブームが来るとは思えない。このような点が、家電製品や自動車などが普及し始めた中国のような新興国とは違う。


    平均的な日本人の欲求は、このような必需品といった消費物資の購入から、もっと高度なものに移っている。例えば「将来の保証」「健康」「安全・治安」「環境」「快適な交通や通信」などといったものである。そしてこれらについては民間の企業が提供するというより政府・自治体が関与する部分の方が大きい。

    具体的には「将来の保証」「健康」は年金や健康保険の整備であり、これらに対して国費の投入を増やすことが考えられる。「安全・治安」ではまず防衛力の整備である。日本が他国から攻撃を受けても、米国が本気で守ってくれるかが怪しくなっている。警察関連の経費節減で警官のいない交番が増えている。なんとなくホームレスも減っていない感じである。

    「環境」では、一度、日本中を大掃除をすることを提案したい(これはある国会議員のアイディア)。海から山まで徹底的に掃除をするのである。「快適な交通や通信」では、ようやくリニアの路線が決まったが、このようなものは国費を投入してさっさと建設すべきである。またいまだに踏切りがドラブルのもとになっているが、立体交差の建設が遅過ぎる。また第三セクター鉄道の維持のためにも国費を投入すべきである。そして幸運にも日本は豊かになったのだから、ようやくこういったものに生産資源(生産設備や労働力)を振り向けられるようになったと考えるべきである。


    しかし筆者達がこのような経済成長のシナリオをいくら説明しても、強力に反対する人々がいる。彼等は常識人を装って必ず「財源を示せ」という。しかしこのような人々は、本心では、日本の経済なんてどうなってもかまわないと思っているのである。そこで来週はこの財源について述べる。



来週号は今週の続きである。



10/12/20(第644号)「難しい日本の経済成長」
10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
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09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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