経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン


来週から、2週間、正月の休刊です

10/12/20(644号)
難しい日本の経済成長

  • 難しい輸出依存の経済成長
    「自生的(独立的)な需要」とGDP成長率の関係を示した先週号の表をもう一度使って、筆者の経済成長論を述べる。
    GDPと自生的有効需要の伸び率比較
    年度GDP総額民間投資+純輸出政府支出(うち公共投資)
    70→002.562.492.572.38(2.34)
    80→001.661.661.831.51(1.41)
    80→951.601.601.671.53(1.63)
    95→001.041.041.100.96(0.87)

    表から分るようにGDPの伸率が「自生的(独立的)な需要」の伸率と極めて強い相関関係にある。つまりGDP成長率を大きくするには、自生的(独立的)な需要の各項目、つまり民間投資、純輸出そして政府支出を大きくすれば良いと考えられる。したがって経済成長を実現には、これらの需要項目が伸びるための要因や条件を整えることが必要である。


    まず純輸出である。純輸出は輸出(額)から輸入(額)を差引いたものである。つまり純輸出を大きくするには、輸出を伸ばすかもしくは輸入を小さくすることが必要である。しかし輸入は自生的(独立的)ではなく、所得に比例すると考えられている。したがって政策によってGDPを大きくするには、輸出を促進することである。

    輸出を増やすには、まず政府による輸出振興がある。例えば日本政府が新幹線や原子力発電プラントの輸出の旗振りすることが考えられる。また外国からの観光客を増やす政策も輸出と同じ効果がある。観光客の受入れを増やすには入国ビザの発行条件を緩和することが考えられる。実際、日本政府は現在これらを行っている。


    しかし長期的に見て、純輸出を伸ばすことによってGDPを大きくすることは、為替が固定している場合のみ有効な経済成長政策である。変動相場のもとでは、輸出が伸びればいずれ円高となって、この円高が輸出減少の要因となる。この円高を阻止するには、為替介入がある。また政府(日銀)による民間資金の流出政策(例えば低金利政策)も為替介入と同様、円安要因として働く。しかし為替介入(民間資金の海外流出も含め)は国際社会から批判される。

    日本が、中国のように国際的批判をどれだけ受けても、為替介入を止めようとはしない図々しさや無神経さを持合わせているのなら、この輸出依存による経済成長政策は可能かもしれない。しかし日本は中国とは違うのである。また為替介入は、その場では為替を円安に持って行くことができるが、介入資金(民間資金の海外流出も含め)に対して利子や配当が発生し、これらが新たな円高要因になる。

    またこれまで日本の輸出は、政府が直接促進したというより、むしろ財政支出を絞って内需が減少した場面で増えている。企業としては国内で製品が売れないから、輸出に活路を見い出す他はなくなった時に輸出が急増しているのである。しかし輸出依存による経済成長は、前述の通り円高を招き、いずれ国内産業の空洞化の要因となっている。したがって本誌で何度も述べて来たが、筆者は輸出依存の経済成長に否定的である。


    次は民間投資である。民間投資としては、設備投資、住宅投資そして在庫投資が考えられる。まず最後の在庫投資は長期的にプラス・マイナスがほぼゼロであり、これに対する言及は省略する。

    住宅投資は金額的にもある程度の規模があり、経済成長にも影響を与える。不況時には、景気対策として住宅建設・購入を促進するために低金利や住宅減税といった政策が採られる。また世界的に見ても、バブル経済は住宅投資の過熱を伴っているものである。しかし経済成長を語る上で一番重要で大きな民間投資はやはり設備投資である。


  • 難しい民間投資主導の成長
    設備投資水準を決める要因はいくつか考えられる。例えば新機軸の技術が登場した場合、ライバル会社との競争に勝つため新機軸の技術を体現した設備をいち早く競って導入することが有る。これが技術革新に伴う設備投資ブームである。しかし基本的には設備投資の水準は、期待収益率が大きくまたコストとしての金利が小さくなるほど高くなる。つまり(期待収益率−金利)の値が大きいほど設備投資は増大すると考えられる。

    金利を小さくする方策は低金利政策であり分りやすい。しかしもう一方の期待収益率を政策的に大きくすることは難しい。設備投資を行う主体である企業や投資家は、これによって製作した製品が売れると確信できなければ、設備投資を行わない。つまり製品が売れるには景気が良くなる、つまりGDPが伸びるという期待を抱かせる政策が必要である。

    このようにGDPを伸ばすには、設備投資を伸ばすことが必要である。ところが設備投資を伸ばすにはGDPを伸ばす必要があるといった堂々回りの議論になる。また将来の期待というものはリスクを伴うものである。したがって(期待収益率−金利)の値がよほど大きくならなければ設備投資は増えないと考えられる。


    ここで投資の二面性について述べる。投資は乗数効果によって生産と所得を生む一方で、生産能力を増やす。新古典派の経済成長論では、後者の生産能力の増大に着目して理論の構築がなされている。つまり供給サイドから経済成長を考え、これを大きくする条件を提示している。しかし筆者達は、日本のような慢性的な供給力の余剰がある先進国ではこれを非現実的と捉えている。

    筆者は、投資を乗数効果を通じて所得を生む「自生的(独立的)な需要」の一項目としか見ていない。このように投資について供給サイドの働きを軽視するようになったのは、近年、著しい技術進歩が当り前になったからである。技術進歩により小さな投資によって大きな生産能力が得られるのだから、供給サイドがネックになって経済成長が妨げられるという事態は到底考えられない。


    供給サイドがより重要と思われる新興国においてさえも、投資の供給サイドでの働きを重視する必要はほとんどない。これも技術進歩の影響である。新興国においても、先進国と同様に最新式の生産設備が導入されている。また例えば携帯電話の登場によって、通信インフラ基盤の整備費用は格段に小さくなった。

    むしろ技術進歩によって、どれだけ経済が成長しても失業がなくならない事態が新興国で起っていて、これが社会問題になっている。毎年、10%成長の中国でさえも失業問題が解決しないのである。これも人手をあまり必要としない先進国型の設備投資が増えているからと考える。


    このように見て来ると、日本において民間の設備投資を増やしGDPを伸ばすといった政策が容易ではないことが分る。先日、国内投資を喚起することを目的に法人税の減税が決まった。法人税減税の善し悪しを別にして、5%程度の減税で大幅に投資を増やす間抜けな経営者がいるとはとても思えない。

    マスコミは、減税決定前はあれだけ減税を訴えていたのに、決定した途端、手の平を返すように法人税減税には効果がないと言い始めている。しかしこれは最初から分かっていたことである。もし本当に民間の設備投資を増やすのなら、税率を下げるより企業の所得を増やす施策が必要である。もっとも企業の所得が多少増えても、日本においては飛躍的に投資が増えることは期待できない。

    法人税の減税が効果があるとしたなら、これによって企業の純利益が増え、PER(株価収益率)が多少下がることによって、株価上昇の要因となることである。たしかに今回の減税は、証券会社と日経新聞が熱心であった。しかし今のところこの効果もはっきりとは表れていない。このように日本においては民間投資主導の経済成長は難しい。残るのは政府支出による経済成長である。これについては年越しのテーマとなる。



2週間の年末・年始の休刊となり、次回号は1月10日である。それでは皆様良いお年を。



10/12/13(第643号)「日本における新経済成長論」
10/12/6(第642号)「経済成長理論に対する批判」
10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」
10/11/22(第640号)「不況下の反ケインズ政策」
10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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