経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/11/22(640号)
不況下の反ケインズ政策

  • 米国の追加金融緩和
    FRBは11月3日に追加金融緩和として6,000億ドルの長期国債の追加購入を決めた。これは市場がほぼ予想していた数字である。さらにFRB保有の住宅ローン担保証券の償還分による国債購入をこれに加えると、合計で8,500〜9,000億ドルの国債購入となる。

    FRBの狙いは「米ドル安による米国製品の輸出促進」「金利低下による住宅投資や設備投資の喚起」「株式などの資産価格上昇による資産効果」などによる景気浮揚である。ところがこのFRBによる米国債の購入は、後ほど述べるが非伝統的金融政策だとして各方面から批難されている。しかしFRBは批難があることを承知した上で、今回の決定に踏出したのである。


    それほどまでに米経済の回復が順調さを欠いている。リーマンショック後、FRBによる金融緩和に加え、米政府は財政支出の拡大による景気対策を行ってきた。これらの政策は一定の効果を生んだが、効果が一巡すると経済の拡大は足踏み状態になった。この程度の経済回復では、なかなか失業は減らない。

    本来なら金融緩和に加え、さらなる財政政策が必要な場面であるが、後ほど述べるが経済危機を脱する頃には必ず財政赤字を問題にする勢力が出てきて、財政政策続行を潰す。先の中間選挙で民主党が負け、共和党が躍進したのも、そのようなことが影響したと考える。したがって今後の財政拡大策が難しくなる。そしてこのような現象は、日本でも見られたことである(細川政権や第二次橋本政権)。

    追加的な財政政策が難しい米国の現状では、どうしても金融政策に負担が掛かることになる。ところがこの金融緩和策さえ足枷を課すような意見が出ている。


    FRBは、日銀など他の国の中央銀行と異なり、物価の安定に加え雇用の安定も政策目標にしている。つまり「雇用の安定」といった他の国なら政府の役目となっていることまで、FRBが担っているのである。しかし今回の大胆な金融緩和策の実施をきっかけに、FRBの政策範囲を制限しろという声が出てきた。「FRBは中央銀行の本来の役目である物価の安定に機能を限定しろ」と言うのである。

    また新興国からも今回の金融緩和には批難が出ている。米国の金融緩和により、資金が新興国に向かい、これによってまず米ドル安・自国通貨高が起る。さらに資金の流入によって資産価格の上昇と物価の上昇を招くというのである。


    このような批難が集まっているため、FRBは、さらなる金融緩和、つまり米国債の追加購入が難しくなったと捉えられている。したがって一時的と思われるが、これまで買われていた米長期国債が逆に売られ、長期金利が上昇している。米国の長期金利が上昇したため、これまで上昇の一方であった日本円も少し売られ、83円台まで円安に振れている。

    株価を除き最近の米国の経済指標は決して強くない。またこの程度の米ドル安では輸出増加も見込めない。したがってFRBへの逆風は強まっている。しかしバーナンキFRB議長は必要に応じさらなる追加措置を断行するものと筆者は見ている。


  • ユーロからの離脱
    バブル経済崩壊後、経済がデフレに陥るメカニズムは10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」で取上げた。通常、バブル経済崩壊後によって経済は急速に縮小し、マイナス成長に陥ることも珍しくない。これに対して国家(今回は欧米諸国全体のバブル崩壊だったためほとんど全ての国)は緊急の経済対策を講じた。対策は金融緩和と財政政策といったまさにケインズ政策である。

    これによって経済はある程度持直した。しかしバブル崩壊による経済不調は、通常の景気循環の不況より根がずっと深い。経済学的には、膨大なデフレギャップが生じている。しかしこれが軽視されていて、人々は経済が一旦持直すと経済は簡単に自律成長路線に乗るものと思い込んでいる。


    しかし政策が途切れると途端に経済成長が鈍化する。特に経済が成熟した先進国ではこの傾向が強い。したがって本来なら追加的なケインズ政策が必要なところである。

    ところが不思議なことに、この段階になると必ず財政赤字を問題にする声が急に大きくなり、財政再建派が勢いを持つようになる。景気対策より財政の健全化が重要というのである。そして反ケインズ政策が採用されるという驚く事態になる。このことは10/7/5(第622号)「サミットの変質」で取上げたが、もはやこれは経済学ではなく社会学上の問題でありテーマである。


    日本の場合は、ケインズ政策に財政再建と構造改革が結び付いた奇妙で中途半端な政策が採られ続け、いまだにデフレ経済から脱却できない。また前段で述べたように、米国も金融政策だけの片肺飛行状態である。しかし問題が最も深刻なのは欧州である。

    英国なんて政権交代が起って、この不況下に増税しようというのだから尋常ではない。いまだに資産(住宅)価格が下がり続けているアイルランドは、財政赤字の削減を迫られている。他の国も似たりよったりである。資産価格が下がり続けているということは、銀行の不良債権が増えていることを意味する。その点米国と日本は、資産価格は一応底を打ったと見られる分救いはある。

    欧州の唯一の救いは通貨安である。これによってどけだけ貿易収支が良くなるかがポイントである。もしこの効果が小さいならば、欧州経済は再び縮小に向かう可能性がある。このような状況では、資産価格の下げ止まることがなくなり、不良債権がさらに増えるといった悪循環に陥ると考えられる。


    EUというものは奇妙な集まりである。経済は統合し、少数国を除き通貨も統合した。しかし経済政策は基本的に各国に委ねられている。EUを日本に例えるならアイルランドやポルトガルは北海道や九州などにあたるはずである。日本でもし北海道が深刻な不況なら、日本政府が北海道に重点的な経済対策を講じることが可能である。

    しかしEUの場合は複雑であり、アイルランドやポルトガルなどといった個別の国に対して、EUとしての財政政策はない。全体としての金融緩和を行うことを除けば、各国の国債を少々買上げることぐらいである。これではバブル崩壊の影響が大きい国はとても救われない。


    ユーロ安はEUの中でドイツだけに大きなメリットがある。ドイツの経常収支は大幅に黒字であるが、EU各国の経済不安(財政赤字と銀行の不良債権問題)によってユーロ安が続いている。つまりドイツはどれだけ貿易黒字を拡大しても通貨は高くならないといった有利な立場にある。

    本来ならドイツが、経済的に追い詰められたEU加盟国に財政支援を行うべきと筆者は考える。しかしドイツにはその気が全くない。ドイツには、財政危機のギリシャに中国に島を売ってしまえという声があるほどである。冗談にしてもほどがある。このような状況では、ユーロから離脱する国が出てくる可能性がある。もっとも筆者も、EUが統一国家にならない限り、通貨統合なんて無茶な話だとずっと思っている。



来週は、経済の自律成長路線について述べる。



10/11/15(第639号)「政治家に向かない職業」
10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
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09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
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