経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/11/8(638号)
米政府に対するロビー活動

  • 「他人に迷惑をかけない」
    人民元問題に関する米国政府に対するロビー活動の話をする前にちょっと前段がある。まず中国の人々の物の考え方や行動パターンというものを、日本人のそれらと対比する形で、簡単に述べる必要があると感じる。中国と日本は一衣帯水の位置にあり、また遠い昔から色々な面で深く交流してきた。おそらく欧米人には、中国や韓国そして日本は同じ東洋という文化圏にある国々と見ており、これらの国民を簡単には区別することができないかもしれない。

    しかし日本人と中国人では、メンタリティーに決定的な違いがある。そしてこのメンタリティーの違いは、両国の歴史や地理的条件の違いによって生まれたと筆者は考える。ところが日本人自身がこの違いを軽視し、これまで中国に対応してきた。


    1972年の日中国交回復当時、日本の一般国民は中国人に対して好感を持っていたと思われる。特に当時の日本のマスコミは、台湾との国交を断絶しても中国との国交を回復することは当り前という空気を作っていた。それには日本の大新聞を始め当時の知識人と言われる人々の多くが、左翼がかっていたことが関係している。彼等は米国よりむしろ中国やソ連と言った社会主義国に親近感を持っていたと筆者は考える。

    日中国交回復が正しい判断であったのか、今となっては分らなくなっていると筆者は思っている。今日、中国に対して親近感を持つ者はほとんどいなくなり、むしろ反感を持つ者が異常に増えている。こんな事なら日中国交回復なんかしなければ良かったのである。


    中国は、異民族の侵略に脅かされ、そして何度も支配されてきたように、日本に比べるとずっと厳しい歴史を経験している。しかも漢民族が夷狄(いてき・・野蛮人)と見下していた者に何度も支配されたのである。それに比べほとんど異民族の支配を受けたことがない日本人が、平和ボケなのはやむを得ないのかもしれない。

    内乱に加え、侵略したり侵略されたりの歴史を繰返してきた中国では、独特の精神文化と交渉術が発達した。中国人が気を許すのは基本的に一族だけである。他人や他国に対しては決して油断をしないのが中国であり中国人である。


    一方、日本は、先住民は縄文人であるが、さらに色々な地域から移ってきた者が集まって形創られた国と考えられる。特に日本は、アジアの東の端に有り、これ以上は東には進めないどん詰りの地である。日本では、たしかに支配者が決まるまで戦乱が絶えなかった。しかし一旦支配層が確定した後は、国内の融和というものが試みられた。

    日本は、東のどん詰りに加え島国である。日本がこのような閉じられた空間にあり、他に逃げ場がないという認識が、日本人の性格や精神構造を決定づけたと筆者は考える。このような閉じられた国で生きて行くには「他人に迷惑をかけない」ということが基本動作となった。


    人間関係においては、日本人は策を労することと策を労する者を嫌う。政治家には「誠実」「誠」という言葉を好む人が多い。「胸襟を開く」とか「腹を割って話す」ということが重要で、誠意を持って相手に話せばいつかは分かってくれると信じている。

    また相手を欺くことは嫌われ、このような行為をする者は「卑怯者」のレッテルが貼られた。古来、日本では「鏑矢(かぶらや)」を打ち上げて戦闘を開始した。また一騎討ちの場合には、互いに「名」を名乗った。奇襲を行った真珠湾攻撃では、宣戦布告書の米国大統領への手交が遅れたことで、戦後、在米大使館の職員がなじられ続けた。


  • 兵法と人心収攬術
    日本人は、日本国民の間の行動原理が外交でも有効と考え勝ちである。簡単に言えば、誠意を持って外交に当れば、相手も解ってくれると信じている。例えば温暖化ガスの排出規制でも、日本が先頭に立って削減に向かえば、他の国も付いてくると思っている。

    日本の経済規模は大きいが、しかし外交における日本の存在は小さい。特に戦後は覇権国としての地位を失い、外交の重要性は低下している。また軍事力だけでなく外交も米国への依存を強めている。今回の尖閣諸島事件でも、日米安保の適用範囲を米国に確認して胸をなでろしているような、なさけない状態である。このような弱体化した日本に対して、中国だけでなく、韓国やロシアまでも様々な手を使い揺さぶりをかけてくる。


    日本の外交は、幼稚で5才児、10才児と評されることがある。外交ベタということであろう。しかし日本人の精神構造が変わらない限り、日本が外交に巧みになるとは思えない。そして日本は外交に不器用なんだと自覚しながら外交を進める他はないと考える。

    日本の外交にとって重要なことは、巧みになることではなく相手のことをよく知ることである。例えば中国には、国交回復後、日本はずっと騙されっぱなしである。もういい加減にこの国の本質を見極めた外交を展開すべきである。

    日本だけでなく米国なども、「改革・開放」が進めば中国も普通の国になると淡い期待を持っていた。ところが経済力を持った中国は、変わるどころか軍国主義に走っている。今のところこのような国に対応するには距離を保ち、一方で防衛力を整備する他はない。


    中国は、日本と正反対で策略を好む国である。兵法とか人心収攬術というものが発展した。日本にやって来ているこの種のものの発祥はほとんど中国である。日中国交回復後、日本の政治家と国民はずっとこれらの謀略と策略に翻弄され続けてきたのである。

    例えば中国には「 揣摩(しま)の術」というものがある。これは君子の心を見抜き、思いのままに操縦する術である。中国ではこのような人心収攬術ばかりが重宝され、哲学とか思想といった抽象的な事柄は深く追求されることはない。


    筆者は、異常な人民元安が容認されてきた背景に、米国政府に対するロビー活動があったのではないかと疑っている。激しいロビー活動があったとしたなら、二つの力が考えられる。一つは米国の多国籍企業であろう。そしてこのことはかなり大っぴらになっていると筆者は見ている。

    これらの企業は中国に進出していて、また生産拠点を中国に移している。彼等にとって中国が経済発展することがメリットであり、また人民元安が維持されることによって生産物を安く米国内に持込むことができる。そして彼等は自分達の利益こそが米国の国益にかなうという「嘘」を広めている。


    もう一つのロビー活動は中国によるものであろう。今週号で述べてきたように、少なくとも中国ほどロビー活動に向いている国は他にない。ただ不思議なことに人民元安を維持するための中国側のロビー活動について報道されるケースはほとんどない。よほど巧妙に実施されていると考える他はない。

    戦前、中国(中華民国)はルーズベルト大統領の近辺にロビー活動を行い、米国を対日戦争に仕向けることに成功した。この例をとっても人民元安を維持するために、米政府に対して中国が活発なロビー活動を行っていても当然と思われる。今回、米国議会では、下院も上院も大差で人民元安に対する制裁案が可決した。ところが米政府は「中国の為替操作国指定」の判断を半年先送りした。今回もまたもやの腰砕けである。この背景にはやはり関係者によるロビー活動があったとしか考えられないのである。                      



来週号のテーマは今のところ未定である。



10/11/1(第637号)「この日をつかめ(Seize the Day)」
10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
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09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
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09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
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