経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/11/1(637号)
この日をつかめ(Seize the Day)

  • 反米勢力を育てた米国
    先週号で述べたように、米国が、長い間、人民元安を容認してきたことは大きな謎である。これによって、例えばウォールマートは中国にてタダ同然の人件費で衣料品を大量に生産し、米国に持込んだ。もちろんこのようなことは衣料品に限ったことではない。この結果、物価の上昇は抑えられたが、米国の消費財の生産拠点は次々と閉鎖され中国などに移転した。

    中国に生産拠点が移ったのは、ウォールマートなどで売っている安物衣料だけではない。01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」取上げたように、カルバンクラインやラルフローレンなど高級衣料品の米国内の製造メーカはことごとく倒産した。今日、米国に残っている主だった製造業は、日本のメーカが進出している自動車、防衛産業、一部のハイテク部品、そして医薬品などに限られている。


    中国の人件費が安いから、人件費比率の高い製造業がある程度中国に移転することはやむを得ない。しかし中国の異常な人件費安(タダ同然)のかなりの部分は不当な為替操作によって実現したものである。もし為替水準が購買力平価を反映している範囲なら、製造業が根こそぎ中国に移るということはなかったであろう。

    例えば安物衣料は中国に移転しても、高級品は米国に残るといった住み分けが可能だったと考える。そして今日失業者が減らない事態に直面し、ようやく米国の政治家や政府は中国の為替操作が大問題と本気になって騒ぎ始めた。しかし中国のこの犯罪的な為替操作は15年以上も前から行われてきたのである。そして米国の製造業は根っこからなくなったものが多く、今になって騒いでも既に手遅れである。


    ただし全ての政治家が中国の為替操作を見過ごしてきた訳ではない。これまでも中国の不正な為替操作を告発する声はあった。しかし不思議なことにこれらがことごとく潰されてきたのである。これについては来週取上げる。

    消費財の最大の輸入国である米国が異常な人民元安を黙認してきたことは、日本にとっても問題であった。日本から直接米国に製品を輸出しようとしても、人件費がかかる工程を国内に置いたままでは、中国に進出した先進国の企業との価格競争で負ける。したがって日本のメーカーも部品を中国に輸出し、人件費比率の高い組立工程などは中国に移転せざるを得なくなった。


    そして価格競争がさらに激しくなるにつれ、日本のメーカーは部品も中国国内で調達せざるを得なくなり、下請企業の中国進出を促した。このような動きは中国にとって「思う壷」であった。この結果、米国だけでなく日本でも製造業の空洞化が深刻になった。

    筆者達がいくら「日本は中国との関係を断つのが好ましい」と考えても、中国をかまさない製造業は成立たないところまで来ている。まるで中国はブラックホール化している。中国の経済大国化のかなりの部分は、米国が中国の為替操作をこれまで放任してきたつけであると筆者は考える。


    中国は経済大国化だけに止まらず、この経済力を使い軍事大国化している。また膨大な外貨を外交に使って世界での地位を高めた。特に反米的な国家を支援し、中国は勢力拡大にいそしんでいる。つまり米国自身が、中国を中心とした反米勢力を育てたようなものである。

    筆者は、ひょっとしたら米国内に中国の台頭を喜んでいる勢力があるのではないかという穿った見方もしている。まず軍事的ライバルとして中国の存在が大きくなることによって、米国の国防予算は削減を免れる。また中国の軍事的な拡大に伴い、周辺諸国の米国からの兵器の輸入は増える。つまり中国の台頭は米国の軍需産業にとっては決して悪いことではないのである。しかしこれはやや考え過ぎかもしれない。


  • 金融業は斜陽産業
    米国内の製造業が次々に潰れて行くのに、米国民があまり騒がなくなった。何か米国民は、製造業にあきらめを感じているようである。このような流れの中で、例えばIBMはパソコン製造部門をさっさと中国のレノボに売却した。


    昔、日本からの輸出品が急増し、一部の米国人が日本製のラジカセを叩き壊すパフォーマンスを行った。しかし筆者は当時の米国人の感覚はむしろ正常だったと思っている。そもそも筆者は、一般の消費財はそれぞれの国で製造すべきと考えている。

    消費者も多少性能が劣っていたり価格が少々高くても、できるだけ自国製品を買えば良いとさえ筆者は思っている。自国で作れるものをわざわざ中国などから輸入する必要はないのである。どうしても自国で生産できないような高性能な製品や、マニアが求めるような特徴のある製品だけを輸入すれば良い。筆者が当り前と考えるこのようなことを米国がやってこなかったから、中国のような奇態なモンスターが世界に出現した。


    第二次大戦後、世界で圧倒的だった米国の製造業の地位が著しく凋落した。この理由の一つは敗戦国の日本やドイツに激しく追い上げられたからである。日本やドイツは戦争で製造業が壊滅したため、新機軸の製造設備を導入することができ、むしろ競争上優位に立つことができた。

    一方、米国は製造設備の更新を怠った。米国の経営者は、地位を保つため(高給を得るためと言って良い)、コストのかかる新規設備投資を控えた。たしかに米国の製造業は長い間高い利益率(減価償却費が小さいのだから当り前)を誇っていたが、いつの間にか競争力を失った。この目先の利益を重視するというこの体質が、今日の米国経済の惨状を決定したとも言える。


    目先の利益を最大にすることが米国の経営者の目的となった。これが経営者の高給を保証することでもあった。例えばGEは電化製品を作ることを止め、金融に進出した。このように米国全体が儲からない製造業から、目先の利益が得られる産業、特に金融業になだれ込んだ。

    例えば2000年のITバブルが崩壊した時には、大量の理数系の技術者が製造業ではなく金融業に移った。彼等は、高等数学の知識と技術をデリバティブ取引などに使った。たしかに米国の金融業はその後高収益を誇った。

    このような米国の動きは少なからず日本にも影響を与えた。当時、日本でも「製造業はもう古い。これからは金融だ。」「製造業は中国にまかせ、日本は米国や英国を見習って、世界の金融センターになれ」といった声が巷に溢れていた。


    05/3/14(第381号)「資本とグローバリズム」で述べたように、たしかに米国投資家の03年の直接投資収益率は10.3%(日欧は4.5〜5.0%)もあった。つまり米国の金融機関は5%程度の金利で日本などから資金を調達し、10%以上の利回りを得ている図式になる。

    今日の経済学では、儲かっている産業ほど付加価値を創造して生産性が高いことになっている。まさに2〜3年前までは、米国の金融業は黄金時代であった。米国では、中国製品が市場に溢れ、米国の製造業が次々と破綻して行っても、金融で儲ければ良いという雰囲気がまん延していた。そして米国政府は各国に金融の自由化をしつこく迫っていた(日本には簡易保険などに対するクレームに見られるように、特に保険業務の参入でいちゃもんをつけていた)。


    ところがサププライム問題の表面化とそれに続くリーマンショックによって、米国の金融業の異常な高収益はバブル経済の賜物であったことが証明された。金融業は高付加価値を生む生産性の高い産業ではなく、リスキーなカジノや鉄火場であったことがバレてきた。しかしバブル崩壊後は、いくら金融緩和を行っても経済は上向かず失業が一向に減らないのだ。

    今日、米国の金融界にはバブル経済崩壊後に現れる独特な無気力な空気が流れている。投機に敗北し、いまさら地道に経済を立直す気になれないのである。何かノーベル賞作家ソール・ベローの「この日をつかめ(Seize the Day)」の世界を彷佛させる。そして日本でバブル崩壊後、「小さな政府」を標榜する構造改革派が台頭してきたように、米国でも「小さな政府」を主張するティー・パーティー派(茶会派)という訳の分らない動きが中間選挙で注目されている。


    筆者は金融業を斜陽産業と思っている。世界的に資金や資本は余っており、金(かね)に希少性というものがなくなったことが根拠である。ちなみに世界の金融資産は今日200兆ドル(1京6,200兆円)もある。ちょっとした企業は、金融機関を介さず市場から簡単に資金を調達することができる。

    また格付機関の格付を頼りに債券の売買をしてきた金融機関は、相手の信用を独自に分析して金を貸付けるといった能力を失っている。そしてもし高収益を得ようすれば、再びバブル期のようなゼロサムゲームの鉄火場に戻るしかないのである。今日、金融緩和によって米国の株価と資源価格が上昇しているが、これもその徴候であろう。

    日本でも大企業は銀行借入を必要としないので、銀行の預貸率は低下している。銀行は貸付けを行わず国債などの債券をせっせと買っている。しかしそれならば預金者が直接国債を買えば良いのである。つまり銀行の機能なんて無きに等しくなっており、人々は、決済機能を除けば、銀行がなくなっても困らないのである。


    このような斜陽産業の金融業に異常に傾斜し、製造業を捨ててきたのが米国である。この米国を手本に、日本もおかしくなってきた。そして目先の利益を求めた米国が、中国という「バケモノ」を育てたと筆者は思っている。                          



来週も今週の続きである。



10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
10/10/18(第635号)「本誌の中国経済の見方」
10/10/11(第634号)「「腹を括る」べき時」
10/10/4(第633号)「中国漁船の公務執行妨害」
10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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