経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/10/4(633号)
中国漁船の公務執行妨害

  • 権力闘争の激化?
    海上保安庁船に衝突し、公務執行妨害で逮捕された中国漁船の船長が、那覇地裁の判断で処分保留のまま釈放された。船長逮捕に対する中国政府の常軌を逸した対日強行姿勢が大きなニュースになっている。また日本政府の対応は、最初こそ進軍ラッパで勢いが良かったが、最後は消灯ラッパの腰砕けであった。

    色々な解説があろうが、誰の目から見ても中国政府の対抗策は異常であった。まずちょっと脅せば日本は簡単に折れると、中国側が日本をどんどん攻め立てたのであろう。しかし後ほど述べるが、中国にとってこれがとんだ間違いだったと筆者は考える。


    中国の強行な姿勢の背景には複雑な事情があると筆者は思っている。その一つとして中国首脳部の間の権力闘争の激化である。筆者は磐石と思われていた胡錦濤国家主席の体制が弱体化していると感じる。元々胡錦濤主席派は軍部を十分には掌握していない。依然、軍部には江沢民元国家主席グループが一定の力を持っている。今回の対日強行対応に、反日指向の江沢民グループと軍部の影を筆者は見る。どうも国家主席の後継を巡って、力のある軍部に対して派閥によるゴマすり競争が起っていると見られるのである。

    胡錦濤国家主席体制は2年先まで続くが、既に後継を巡って権力闘争が始まっていることが考えられる。当初、胡錦濤国家主席は同じ共産党青年団出身の李克強筆頭副首相を後継に考えていた。しかし逆転現象が起って、今日、後継として一番有力なのは、江沢民の上海閥に近い習近平国家副主席である。

    習近平国家副主席は一口で言えば田中角栄元総理のような政治家である。また習近平氏は中国首脳の中では珍しく軍歴を持つ。氏は地方(浙江省と福健省)の経済開発で手腕を発揮し、党の内外で評価が高い。そして昨年末、小沢一郎氏を通じ、強引に天皇への面会を求めた人物として日本でも有名になった。

    ところが習近平氏がすんなり胡錦濤国家主席の後継になるとは断言できないところに、中国の複雑さがある。そもそも習近平氏がのしてきたのも、胡錦濤国家主席とライバル関係であった曾慶紅副主席の失脚とセットであった。曾慶紅副主席は習近平氏と同じ上海閥である。このように権力を巡る中国の政治家の合従連衡は激しい。あと2年の間に何が起るか分らない。

    ところで共産党青年団系の胡錦濤国家主席と上海閥系の習近平国家副主席であるが共通点もある。胡錦濤主席はチベットで、また習近平副主席はウィグルで、それぞれ強権を振るって住民を弾圧した経験がある。このような両者の強圧性が今回の騒動にも感じられる。


    今回の中国の異常な対日強行姿勢を見て、来るべきものが来たと筆者は感じた。ただ筆者の予想より2,3年ほど早かった。これが早くなった理由として、筆者は、上記のような中国政府首脳の間のパワーバランスに何らかの変化があったからと感じる。

    経済成長と軍備拡張の達成で中国の首脳は、過剰な自信を持っている。一方、日本は中国の国内市場を少し分けてもらい、日本国内の需要不足を凌いでる。また小銭を落としてくれる中国観光客を奪い合っているという状況である。中国はこのようななさけない日本の足元を見透かしている。


  • 「ゲームの理論」による墓穴
    今回の騒動を実質的に主導したのは中国の軍部であろう。彼等は、最初に日本を脅した時点で、日本が簡単に折れるだろうと思い込んでいたのであろう。ところが日本が思った以上に頑固なので、ゲーム感覚で対日要求と制裁のレベルをどんどん上げて行ったのである。後ほど述べるが、このゲーム感覚というものが重要なポイントとなる。

    一党独裁体制の中国の政治家は、国民の民意というものに鈍感である。中国の官製デモに見られるように、見かけの民意なんて自分達で簡単にでっち上げられると思い込んでいる。しかし今回は、中国が制裁をかざす度に、日本国民の中国への反発が強くなった。こうなっては、これまでのように日本の政府や政治家が、中国の要求を飲むとか中国と妥協するといったことが困難になった。


    過去において中国に好意的であった日本のマスメディアも、今回はあからさまに中国の理不尽な様子を流し続けた。犯罪者である漁船の船長がVサインを出している姿がテレビで写し出される度に、日本国民の「怒り」というものが大きくなった。「怒り」がピークに達したのは、船長が釈放された後に、日本に対して中国が「謝罪」と「賠償」を求めてきた時である。「ふざけるな」という声が巷に溢れた。

    日本にいる中国政府関係者は、当然、日本のメディアをチェックし、また日本国民の反応を逐一本国に伝えているはずである。しかし、当初、日本の様子が正しく伝えられていなかったか、あるいは伝えられていたとしても中国政府がまともには受取らなかったと思われる。


    経済学に「ゲームの理論」というものがあり、ちょっとしたプームになっている。相手の出方を予想し、こちらの利益を最大にする行動を決定する理論である。これには複雑な高等数学が使われる。ところが「ゲームの理論」を使ったか、あるいはこれを応用したと思われる決定が、しばしば大間違いを引き起している。

    米国のネオコンは、フセイン大統領を排除すれば、イラクに民主的で親米的な政府が樹立され、中東に平和が訪れると考えた。どうもネオコンは戦前の日本の軍国主義とフセイン大統領の独裁体制が同じものと考えたようである。またサププライム問題を引き起した金融投資家は、高等数学を駆使して利益の最大化を図った。


    しかし「ゲームの理論」で重要なことは、理論の前提条件である。ところがこれらの前提条件が、本当に正しいのかほとんど検証されていないのである。ネオコンはイラクと戦前の日本とは全く違うとは考えなかった(例えば国民の教育水準や宗教的な規範など)。またサププライム問題では、格付機関の格付が正しいというとんでもない前提で債券が大量に売買されていた。

    このように前提条件がぼろぼろなのに、高等数学さえ駆使すれば正しい結論が得られるといった勘違いがいたるところで起っている。日本でも数年前のミニバブル時代、投資家は現地を全く見ずに不動産を売買していた。今後も高い利回りが得られるという間違った想定を置いて、周囲よりバカ高い値段で不動産を購入していたのである。


    中国は、今回、日本が簡単に折れるという前提を置いて対日制裁を決めていた。しかし一向に日本が折れないので、仕方なく制裁をエスカレートさせて行った。筆者は今回の中国の政策決定に「ゲームの理論」的なものが使われると感じる。そしてこれが墓穴を掘る可能性が大きいと筆者は見ている。

    中国の政策をゲーム感覚で練っているのは、若手のテクノクラートと思われる。一人っ子政策で世間知らずに育った世代である。もちろん彼等は日本人のことを全く知らない。彼等が日頃日本人で接触すると言えば、今日では珍しくなった親中派の日本政府関係者と中国で一儲けを企む「さもしい」経済人だけである。一方、今回の事件をきっかけに、中国に脅威を感じる日本人の割合がハネ上がっている。当然、今後、日本は防衛や領土保全に力を置く政策を進めることになろう。日本も少しはまともな方向に向かうということである。                                 



来週は今週の続きである。



10/9/20(第632号)「菅政権の行方」
10/9/13(第631号)「中央銀行の制度設計」
10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
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