経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/9/13(631号)
中央銀行の制度設計

  • デフレが常態化という現実
    なかなか為替が円安にならず、世間の政府や日銀への不満が大きくなっている。しかし7月の経常収支の黒字は1兆6,759億円と3ヶ月ぶりに増加した。また貿易・サービス収支も7,383億円の黒字(6月は6,588億円の黒字)とこれも高い水準を維持している。

    さらに7月の中国の日本国債の買越し額は5,851億円(6月の買越し額は4,564億円)と一段と増えている。これだけの円高要因が揃えば、為替が円高に向かうのが当然と言えよう。これに投機マネーが加わっているのだから、口先介入だけで簡単に円安に向かう状況ではない。

    円高という問題を解決するには、まず円高の要因を正しく把握する必要がある。しかし政治家や政府もそこまでやろうとは思わない。長年の外需依存政策や資本流出策(為替介入を含め)が、今日の円高を招いていることを認めないのである。


    こんな中で的外れな日銀への批難が続いている。「リーマンショック後、日本を除く先進国の中央銀行はどこもバランスシートを膨らます金融緩和を行った」と日銀の無策ぶりを責める声がある。しかし日銀は、リーマンショックのはるか前から国債の買い切りオペを行い、バランスシートを膨らませてきた。

    むしろ「バランスシートを膨らますことは中央銀行の信認を失う」という日銀批難があったことを完全に忘れている。その時には今日日銀批難を展開しているほとんどの論者は黙りこくっていたではないか。また改正日銀法が問題という声が大きくなっているが、日銀の独立性を高める日銀法の改正に対してどれだけの人々が反対したのだ。

    本誌は00/9/11(第176号)「日銀の独立性の怪しさ」他で改正日銀法批難を展開した。また00/7/17(第171号)「日銀から通貨庁へ(その1)」他では、日銀は政府の一部門であるべきと本誌は主張した。しかしこのような主張をしていたのは本誌ぐらいなものである。当時、構造改革に酔っていた世間は「日銀の独立性」は当り前のこととして受取っていた。


    円高と長引くデフレは、もはや金融の問題ではなく、国内の総需要の慢性的な不足が原因である。これを日銀の金融緩和が不十分という人々は、議論をすり変えているのである(特に構造改革派の残党に多い)。そもそも日銀など世界の中央銀行は、基本的にインフレを抑えるように制度設計されている。例えば中央銀行の独立性は、政府の放慢財政によるインフレを中央銀行が牽制することが目的である。

    しかし世界的に、インフレではなくデフレという予期せぬ事態が起っているのである。日銀だけでなく、世界の中央銀行は金融緩和を行ったが、思うような成果あげていない。例えば雇用情勢などは好転するどころかむしろ悪化している。


    インフレではなく、デフレが常態化しようという現実の前では、中央銀行の金融緩和だけでは限界があることを人々は気付き始めたと筆者は見ている。これまでは日本だけがデフレであったが、今日、ほとんどの先進国がデフレに陥っているか、もしくはデフレ寸前である。今後、世界でインフレではなくデフレが問題という認識が広がれば、中央銀行の制度設計自体を見直す気運が出てくる可能性がある。


  • ポール・クルーグマン教授の変心
    世界でかなりの金融緩和が実施されたが、さしたる効果がないことが認識され始めた。米国でも経済の回復は3月あたりでピークを打った印象がある。出口戦略どころか、オバマ政権は追加経済対策を発表している。


    本誌は10年前00/1/17(第146号)「有力エコノミストの対談」で、教授とリチャード・クー氏の対談を取上げた。さらなる金融緩和は効果がなく、財政政策に重点を置くべきとリチャード・クー氏が主張したのに対して、金融政策を重視すべきとクルーグマン教授が反論していた。

    筆者は、一応リチャード・クー氏に軍配を上げたが、教授の「効果があることは全てやる」という姿勢も大事とコメントした。また両者の主張する政策を繋ぐ方法として、筆者は国債の日銀買入れを提案した。そのクルーグマン教授の考えが微妙に変わってきたようである。


    クルーグマン教授は、6月27日付ニューヨーク・タイムズ紙のコラムのなかで「政府が財政引き締め論者に耳を貸せば、「3度目の恐慌」に陥るだろう」と財政支出拡大の必要性を主張している(8月29日付日経新聞・・経済論壇から)。端的に言えば、教授の考えが10年前のリチャード・クー氏の主張に極めて近くなったのである。

    クルーグマン教授は、金融政策を否定していないが、米国の経済回復の遅さを前にして軌道修正を行っていると感じられる。また教授は上記の10年前の対談では日本には調整インフレが必要と唱えていた。しかしどれだけ中央銀行が金を流しても、実体経済に流れない米国の現状を見てスタンスを変えたと思われる。

    実際、日本だけでなく米国の大企業の手持ちの現預金が積み上がっている(日欧米の企業の手持ち資金は470兆円と史上最高)。しかしめぼしい案件がないので投資を行わない。設備投資を行うとしても減価償却費の範囲内である。このような状況では、さらなる金融緩和を行っても効果が期待できないことは自明である。


    日本の金融については、マクロだけでなく、ミクロの観点からも見る必要がある。日本の場合、大企業を中心に手持ち資金が144兆円も積み上がっている。これは日本の設備投資額の2年分以上である。つまり普通の大企業には新規の借入意欲がない。

    一方、中小・零細企業にはたしかに資金需要はある。しかし土地などの資産の価格が低迷しており、借入余力は小さい。しかし借入余力があるところさえ、銀行からは借入れようとはしなくなっている。


    これは、今日、借手(中小・零細企業)と貸手(銀行)の間に相互不信が生まれているからである。これについては09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」でも指摘した。この時には銀行の貸手に対する不信について述べたが、むしろ借手(中小・零細企業)の銀行に対する不信感の方が強い。

    相互不信は小泉政権下で始まった金融行政改革が原因である。それまで銀行は借手に貸出し攻勢をかけていた。ところが一夜にして、銀行は企業から貸出金を回収する方向に転換したのである。それまで「元金の返済はけっこうですから、利息だけ払って下さい。借入残高だけは維持して下さい。」と言っていた銀行が、手の平を返すように「約定通り元本も返せ」と態度を変えたのである。


    この背景には金融庁の強力な指導があった。しかし今後金融行政が変わっても、借手の銀行に対する不信感は向こう数十年拭えないであろう。このような状況では、さらなる金融緩和を行っても、資金が末端に流れるはずがない。

    ちなみに中小企業等金融円滑化法(モラトリアム法)の期限が来年の3月に来る。この法律は効果をあげ、倒産がかなり減った。当時の亀井金融担当相は3年の延長も有りうると発言していたが、民主党の代表選の結果しだいではどうなるか不明である。                                        



来週は民主党の代表選でも取上げる。来週号はアップするタイミングが多少早くなる予定である。



10/9/6(第630号)「日銀悪玉説」
10/8/30(第629号)「外為特会の31兆円の評価損」
10/8/23(第628号)「野田財務大臣を罷免せよ!」
10/8/9(第627号)「世界に広がるデフレ」
10/8/2(第626号)「米国もデフレ?」
10/7/26(第625号)「国債利払いの名目GDP比率」
10/7/19(第624号)「中国の日本国債購入」
10/7/12(第623号)「10年参議院選挙の結果」
10/7/5(第622号)「サミットの変質」
10/6/28(第621号)「各党のデフレ対策」
10/6/21(第620号)「菅首相の想定」
10/6/14(第619号)「EU市場混乱の本質」
10/6/7(第618号)「EU経済の混乱とIMF」
10/5/31(第617号)「議論の前提条件」
10/5/24(第616号)「現実離れの構造改革派」
10/5/17(第615号)「これも一歩前進か」
10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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