- 消費と経済成長
先週号4/20(第62号)「消費の限界を考えるーーその1」で述べたたように、日本のように高い水準の所得が続き、消費の限界にぶつかるか、あるいはそこまでいかなくとも、限界消費性向が小さくなることが事実なら、世間で言われているような「小さな政府」に基ずく経済政策は間違いと言うことになる。つまり「小さな政府」を目指す政策を行なえば、たちどころに需要が不足し、不況に陥ることになり、そしてこの不況を避けるためには、爆発的な輸出増加しかなくなるのである。ここ20年くらいの経済の動きを見ていると、この消費の限界の存在を示す兆候をあらゆる所に見つけることができる。消費の多様化と言われて久しいが、最近のヒット商品のスケールは実に小さい。毎年、その年のヒット商品の番付やランキングが発表されるが、その上位10商品の総売上高を合計しても金額的には極めて小さく、それはGDPのほんの数パーセントにしかならない。 世界的に経済が早いピッチで成長している発展途上国の消費の内訳は日本とはかなり違う。これらの国々では日本では20年以上前までに既に購入された商品が、今日、購入されたり消費されているのである。このような国々では潜在需要が大きいため、一旦景気が後退しても、景気対策などで条件が揃えば、自立的な経済成長路線に戻ることができる。日本も以前のように潜在需要が大きかった時代には、たとえ不況に陥っても、政府による景気対策が行なわれると、それに応じて景気が回復し、元の経済成長路線に戻ることができたのである。この潜在需要が小さい日本経済が不況から脱出するには、かなり大きな景気対策が必要になるのである。 国によって経済が成長、つまりGDPが増えるための条件が異なる。ある国は経済成長のためには、生産能力の増強が必要であり、このような国では需要が供給力をオーバーしているのが普通である。そしてこのような国は供給力が成長のネックになっているのである。一方、日本のように供給力は十分にあるが需要が不足するような国があり、このような国の経済成長は総需要の大きさで決まることになる。国際収支から見ると、前者のような国々の貿易収支は慢性的に赤字であり、後者は恒常的に黒字であるのが普通である。 また経済成長率はその国の貯蓄率を資本係数で割り返した数値である。貯蓄率が0.15で資本係数が5とすれば計算上の経済成長率は3パーセントになる。貯蓄は投資に回るわけであるから、この数値が大きいほど経済成長率が大きくなる可能性も大きくなる。一方、資本係数は資本の効率を示し、この数値が小さいほど資本の効率が高いことになる。この資本係数は技術進歩などで生産性が上がれば小さくなり、また資本の蓄積が大きくなれば、資本の競合が起き、資本係数は大きくなる。日本のように大きい貯蓄率を背景に大きな額の設備投資を継続してきた国の資本係数は大きくなっている。つまり次々に新しい設備に投資を続けてくれば、以前の設備の稼働率が下がり、資本の蓄積は進むが、資本全体の効率も下がってくるのである。しかし、問題はこの計算式で求められる経済成長率が実現するには、需要が十分あることが前提である。筆者のように「消費の限界」の存在を考える者には、日本にはこの計算式通りの経済成長は無理と考える。 GDPは市場価値がある物の取引から算出される。しかし、世の中には市場では取引されないが、価値や効用がある物がある。具体的には「安全」「治安」「環境」などである。日本においては一般的な消費に限界が見えてきたが、このような公共的な需要は依然あるはずである。つまり投資もこの方向に行なわれるのが自然の流れと言えるのである。市場金利も史上最低である。つまり採算がほとんど期待できない分野への投資を促すサインとも考えられる。つまり「消費の限界」の存在があり、貯蓄が依然と大きいなら、それを使って公共投資を増やさざるを得ない状況にあると言うことは極めて合理的な結論であり、さらに今後はGDP自体の概念も変わる必要があると思われるのである。
- 「消費の限界」と景気対策
その国の需給のバランスに応じて、必要な経済対策は異なってくる。日本のように慢性的な需要不足の国では財政収支が赤字になっても財政出動を行なうことが必要と考える。筆者は、景気対策として「公共投資」が最良と考えるが、今だに世間には「公共投資には景気対策としての効果はない」と主張する人々が実に多い。これらの人々の主張する景気対策は「公共投資」を減らし、「減税」と「規制緩和」を行なうことである。そこでここからは、日本経済が「消費の限界」に達していると考え、これらの対策が日本ではいかに効果がないかを説明したい。 日本では「所得税減税」の景気対策としての効果は極めて小さいが、これについては何回も述べているので、これ以上の説明は省略する。しかし、「所得税減税」が景気対策として効果のある国もある。消費性向が大きく、かつ需要が供給力を上回っているような国である。もっともこのような国で景気対策が必要な事態はあまり考えられない。またこのような国で「所得税減税」を行なえば、物価の上昇が起こることが予想される。 次は「法人税減税」である。「法人税減税」の減税を行なえば、企業の投資が活発になり、景気対策としてベストと主張している。かりにこれが本当としても、「法人税減税」が行なわれ、効果が現われるのは来年以降である。したがって、筆者は、現在景気対策は緊急性を要しているのであり、この状況下で「法人税減税」を主張している人々の経済常識をまず疑っている。そして国内の景気がこれだけ冷え込んでいるのに、法人税が下がると言う理由だけでこれ以上投資を増やそうとする企業がどれだけあるか疑問である。前述したように、反対にそれでなくても日本の設備投資は高い水準をこれまでも維持してきたのである。特に製造業の多くは世界でも最新の設備を保持している。そしてこれが日本企業の国際競争力を維持している源であり、これらが大きな貿易黒字を生み出しているのである。投資家のマインドはあるが、むしろないのはビジネスチャンスである。ビジネスチャンスが少ないから、それらしき物が出現すると誰も彼もがそこに進出して来る。「携帯電話」が出ると瞬く間に業者が乱立し、「コンビニ」が現われるとわずかの間に日本中がコンビニに埋め尽くされそうな勢いになる。つまり法人税が下がらなくても、投資機会さえあれば資本投下がなされるのである。ただ日本の貯蓄額が大きすぎるため、それらの投資額が貯蓄額に追い付かないだけである。そしてこのギャップを財政と輸出が埋められないと日本の景気は後退するのであり、これも消費の限界が係わっている。さらに日本の法人税の実効税率は他の先進諸国より多少大きいが、これがむしろ設備投資を活発化させる要因ともなっている。つまり税金に持って行かれるくらいなら、投資を今のうちにやっておこうと言うインセンティブが働くのである。つまり税率が下がってもこの効果とある程度相殺されるのである。 次は「規制緩和」である。「規制緩和」の経済効果については本誌で何度も取り上げたことがあるが、筆者は「規制緩和」は需要を増大させることもあるが減少させることもあると考えており、その効果のプラスマイナスの合計はいずれにしてもあまり大きくないと考えている。筆者は不要な規制の撤廃や緩和に賛成であるが、その経済効果は基本的には中立と考えている。「規制緩和」が需要を増大させると言う「試算」は何度か見たことがあるが、それらはどれもプラスの効果だけをしっかりカウントしたものである。マイナスの効果の方はわかりにくいものは「ないもの」として「無視」されているのである。例えば「携帯電話」を「規制緩和」の成果としており、その経済効果を見積もっている。たしかに「携帯電話」の出現で通信費が増える経済効果を認めることができる。しかし、人々がその通信費を払うため他の消費を減らしていたとしたら、「携帯電話」の経済効果のプラスマイナスの合計はゼロに近くなってしまうのである。実際、音楽CDなどの売上の減少などが「携帯電話の通話料」のあおりを喰っていると考えられ、また筆者は最近のアパレルの売上不振もこの「携帯電話の通話料」の影響を受けていると考えている。 さらに「携帯電話」については、そもそも「規制緩和」の成果と考えること自体が間違っていると思われる。たしかに「携帯電話」の普及には電波行政の「規制緩和」が端緒となっているが、筆者は「携帯電話」の普及が進んだのは、通信技術、特に半導体や電池の技術的進歩によると考える。「携帯電話」が「規制緩和」の成果と考えるなら、世の中のほとんどのものの普及も「規制緩和」の成果になってしまう。日本だけが「携帯電話」に制限があり、「携帯電話」が普及していなかったのなら納得するが、「携帯電話」の爆発的な普及はほぼ世界同時進行であった。つまり筆者は、「携帯電話」の普及は技術的イノベーションの成果であり、「規制緩和」の成果としての要素は極めて小さいと考える。これを「規制緩和」の成果とすることは、「規制緩和」の経済効果を過大に評価すると言う間違いの元になる。 「景気対策として一層の規制緩和が必要」と言うセリフをよく耳にするが、その具体的項目を聞いたことがない。実際、「消費の限界」を感じるこの頃、貯金を降ろしても購入したい商品やサービスが、はたしてどのような「規制緩和」で生まれるかである。筆者には残念ながらアイディアがない。まさか「カジノ」「麻薬」「援助交際」を解禁しろと言うのではないであろう。たしかにこれらには経済効果が認められるのである。結論としては、「規制緩和」は財政支出を伴わない安上がりの景気対策と言う認識があるが、少なくとも日本では景気対策としての適用は無理である。
- 「消費の限界」を超える対策
ここまで「消費の限界」の存在について述べてきたが、これを越えて消費を拡大する方法が全くないわけではない。一つは大きな技術的なイノベーションである。しかし、これを政策として実行することは困難である。ただ、画期的な技術が生まれ、この世に登場してくれば、大きな需要を喚起する可能性があると言うことである。 もう一つは「住宅」である。「住宅」に対しては税制や容積率の緩和などで施策が講じられているが、ここまで冷え込んだ住宅建設を刺激することは困難である。筆者の考えはズバリ土地問題の解決であり、その決め手は、本誌でも何度か触れた「大都市圏での大深度高速地下鉄の建設」であり、これによる優良な住宅土地の大量の供給である。今日、住宅建設にブレーキがかかった理由がいくつかあるが、住宅の適地が通勤の可能な圏内になくなったことも指摘できる。仕方がないので「将来資産価値が怪しいマンション」がかろうじて購入され続けていたのである。日本の場合にはまだ住宅に対する潜在的な需要はあると考えているが、土地問題が解決されない限り先週号で述べたような消費の限界にぶつかってしまうのである。 今回の景気対策では従来型の公共投資がかなり大きな比重を占めており、これが「効果がない」と非難されている。もっともこの非難は誤りであり、従来型の公共投資でも「減税」の何倍もの効果はある。しかし、筆者はもっと効果的な公共投資として「大都市圏での大深度高速地下鉄の建設」を提案したい。これは色々な誘発投資が期待できるだけでなく、住宅のスペースが大きくすることによって「消費の限界」をもう少し広げることもできるのである。「大深度地下鉄」については、10年ほど前に話題となったが、いつの間にかたち切れとなった。その真相については不明であるが、筆者には一つの推理あり、それについては後日また述べたい。それにしても10年前から「大深度地下鉄」の建設を始めていたら、現在の経済状況も少なからず変わっていたと考えられる。まことに残念なことである。
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