経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/5/31(617号)
議論の前提条件

  • インフレこそが問題?
    実りのある議論をするために一番重要な事は、互いに議論の前提にしている条件、つまり議論の前提条件を明らかにすることである。これを行わないから同じ議論を永遠に続けることになる。前提条件を隠しながら議論をするなら、百万年間議論しても結論に達しない。

    例えば日本における安全保障議論である。自衛隊・日米安保や憲法第九条について長らく議論されてきたが、いつも議論が空転していた。日本は軍事的脅威にさらされていると考える者と、日本に攻めて来る国はないと思い込んでいる人々が議論していたのである。ところが互いの前提条件を摺り合わせないので、いつまでも結論が出ないことになる。

    経済論議でも重要なことは、互いの前提条件である。もし互いの前提条件が明らかなら、どちらの前提条件が正しいのかを検証すれば済む。逆に前提条件を最初に検証しておれば、ほとんど議論しなくとも、どちらが正しいのか簡単に結論がでるはずである。


    筆者の立場と前提条件ははっきりしている。デフレ経済、つまり需要不足の状態からの脱却が必要と考える。この場合の需要とは、日本国内の需要である(貿易・サービス収支が黒字に転じたのであるから外需に問題はない)。需要不足は、所得の減少と失業を生み、人々を経済的困窮に追い詰める。例えばデフレ経済が定着した頃(90年代後半の橋本行革政権以降、大きなデフレギャップが定着)から、日本では経済上の理由で自殺する者は増えている。また一人の自殺者の背景には、その何倍もの予備軍がいると見られる。実際、02/10/7(第269号)「銀座のデモ隊」で紹介したように、一人の自殺者の背景には、自殺を試みたが失敗した者が7倍はいるという話がある。このようにデフレ経済は、大勢の日本人を不幸に落としめている。


    ところが野口悠紀雄教授のような構造改革派は、デフレは問題ではなくインフレこそが最悪な問題と考える。むしろデフレは好ましいとさえ言っているのである。文芸春秋3月号に掲載された教授の「ついに国債破綻が始まった」という文章からその部分を抜き出す。

    「日本経済の問題は、デフレと円高であるという人が多い。しかし、本当に恐ろしいのは、インフレと円安である。デフレと円高は、状況変化に対応してビジネスモデルを変更できない企業にとっては大問題だが、消費者にとっては困ったことではない。もし給与の名目額が変わらなければ、物価が下がれば実質的な所得は増えるのだから、望ましいことだ。年金や定期預金で退職後の生活を送る人の立場から見れば、デフレは明らかに望ましい。」


    野口教授の文章は9ページであるが、デフレに触れているのは上記の部分だけである。それに対してインフレの問題点については長々と述べている。文中で述べているように、明らかに教授はデフレは問題ではなく、インフレこそが問題という前提で文章を書いている。

    したがって「日本経済の体質は変わっており、筆者達が簡単にはインフレにならない」と説いても、教授は聞く耳を持っていないと思われる。仮に「景気がピークに達した80年代バブル期においても、消費者物価はたった3%しか上昇しなかった」という事実を突き付けても、教授は完全に無視するであろう。


    デフレは問題がなく、インフレこそ問題と言っている人々と議論をしても実りのある結果は得られない。ただ教授の文章を読んで、構造改革派の経済学者が何を前提に政策を主張しているのか手に取るように解る。また筆者は、政治家や官僚の中にも、構造改革派的な心情の者がまだかなりいると思っている。


  • 構造改革派の常套句
    以前から述べているように、筆者はインフレとデフレという言葉を使う場合気を付けている。インフレは、元々、通貨膨張を意味したと考える。通貨膨張の結果、需要が増え、物価上昇が起りやすいということになる。デフレはその反対である。しかし需給と関係なく、物価は上下する場合もある。

    価格は市場の競争状態や輸入物価の動向でも上下する。それらをインフレやデフレと呼ばないことが適切である。筆者は、インフレとデフレを需給ギャップの大きさで捉えている。需給ギャップが大きい状態がデフレである。ところが世の中はかなりいい加減で、物価下落が2年続いたらデフレと呼ぶという話がある(OECDの基準)。また物価上昇率のことをインフレ率と言うような、誤った表現が横行している。

    日本のデフレは98年から始まったと、奇妙な事を言うエコノミストがいる。しかし97年は消費税が増税されていて、その分物価が上昇しているのである。つまり物価の長期下落は、それ以前からずっと続いている。また物価の上げ下げだけでインフレやデフレと判断するなら、消費税を大幅に上げればデフレは克服されると言ったばかげた話になる。


    野口教授の「インフレ」という言葉は、需要増加と物価上昇が一体になった概念である。したがって需要創出政策を行えば、即、物価が上昇すると決めつける。しかし筆者は、日本のような巨大な需給ギャップが存在する国では、需要が増えても簡単には物価は上昇しないと考える。また今日の日本では、需要が増えることによって価格がむしろ下落する物(IT製品や通信など)への消費の割合が増えている。

    構造改革派は需要創出政策をインフレ政策と呼ぶ。政策を実行すれば直に物価が上昇するといった間違ったイメージを人々に与えたいからと筆者は思っている。これは人々を惑わす構造改革派の常套句である。


    構造改革派の経済理論は古典派経済学が基になっている。古典派経済では「作った物は全て消費される」という「セイの法則」が成立つ世界である。つまり生産物に余剰が生じても、価格が変動して売残りはなくなることになっている。

    また生産設備の遊休や失業も、価格が変動(賃金の切下げなど)して解消することになっている。つまり仮に需給ギャップが生じても、それはたちまち消えることになっている。野口教授などの構造改革派にとっては、元々、デフレなんて有り得ない現象なのである。


    古典派経済学では、生産要素(生産設備、労働)がギリギリの状態で生産活動が行われていることになっている。むしろ古典派経済学の関心は、いかに限られた生産要素を最適な分野に振り向け、生産物を最大にするかである。そしてこれを実現させるのが、規制撤廃や競争である。一方、効率的な生産要素の分配を阻害するのが政府である。したがって彼等は最小の政府が理想と考える。

    生産要素がギリギリの状況で生産活動が行われていると思い込んでいるから、野口教授達はほんの少しの需要創出でもインフレ(物価上昇)が起ると騒ぐのである。また「日本の需給ギャップ(デフレギャップ)は、30兆円だ、40兆円だ」というばかげた話がなされている。02/12/2(第276号)「日本のデフレギャップの怪」で述べたように、政府の公表している需給ギャップ(デフレギャップ)は、現実の経済ではほとんど意味がない(増加・減少と言った動きだけはなんとか使えるが)。日本の生産能力は青空天井と考えて良い。つまり需要さえあれば、どれだけでも日本経済は成長する。



来週は、ギリシャの財政問題に端を発した経済の混乱を取上げる。



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