経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




10/5/24(616号)
現実離れの構造改革派

  • 1,000円以上の超超円安
    先週に引続き、早稲田大学大学院の野口悠紀雄教授の文芸春秋3月号に掲載された「ついに国債破綻が始まった」という文章(論文)を取上げる。構造改革派の経済学者の意見であるから、当然、批判的に捉えることになる。ただ批判の幹の部分は来週に回し、まず本筋とやや外れたところから始める。もっとも野口教授はここを本筋と思っているいるかもしれないが。

    教授の文章を一読して一番違和感を持ったのは、日本国内で国債が消化しきれなくなった場合の顛末である。教授は、日本は円建ではなく外貨建(通常米ドル建と考えられる)の国債を発行することを想定している。まずどうして円建では発行できないのか何の説明もない。この外貨建の日本国債が買い叩かれ、円安になるというシナリオである。


    またこの円安によってハイパーインフレが起ると想定している。円安だけでハイパーインフレになるのだから、200円や300円程度の円安という訳には行かない。おそらく1,000円以上の超超円安にでもならなければ、教授の言うような物価上昇は現実のものとならないと考える。

    日銀の国債引受けや政府紙幣発行の場合のハイパーインフレもその程度を想定していると思われる。教授は日本の終戦直後の物価が60倍になったインフレの話を何回も引合に出している。例えば1000万円の定期預金が16万円の価値になると言っている。とにかく教授は、歳出を切らなければ日本の将来は円安とハイパーインフレで真っ暗だと断言している。


    しかしもし物価が60倍になるような円安となれば、前述したようにちょっとやそっとの円安ではない。ところで日本は1兆ドル以上の外貨準備を持っている。したがって仮に1,000円程度の円安となれば、日本の外貨準備に900兆円の含み益が発生することになる。しかし教授はそのようなことを完全に無視している。これだけの利益が出れば、日本の累積債務問題はきれいに解決する。財政当局も大喜びであろう。

    日本の巨額の外貨準備は、度重なる為替介入の結果である。平均の取得レートは115円程度である。現在の90円程度の為替レートで、25兆円ほどの評価損が出ている。話はちょっとそれるが、どうも政権を取る前の民主党は、為替変動の引当金が大きかったので、埋蔵金がもっとあると見ていたふしがある。ところが実際には、日本の外貨準備には引当金程度の評価損が出ていたのである。

    1,000円の超超円安は大袈裟と言うかもしれないが、200円や300円の超円安では60倍の物価上昇が起るはずがない。しかし円安がたとえ200円にしかならなくとも、財政当局は、当然、米国債などの外貨建資産を売り、売却代金を円転するはずである。これまでの逆の為替介入になり、円安は阻止される。またこの売却代金を国債の償還に充てれば、国の債務もそれだけ減少する。このように野口教授が想定する超超円安によるハイパーインフレは、ちょっと有りえないことである。


  • 新古典派系の経済学者の典型
    野口悠紀雄教授の想定はあまりにも現実離れしている。もし日本の公的債務が増え国内の貯蓄を食いつぶし、それでも国債を増発するとなれば、まず長期金利が上昇すると思われる。日本の場合、金利の上昇は円高を招くと考えるのが普通である。超円安によるハイパーインフレと正反対の事が起るのである。

    またその段階では、政府や日銀の政策が重要になる。考えられるシナリオはいくつもある。まず日銀がさらに国債を追加購入するということがある。そして筆者達が唱える政府紙幣の発行がある。また筆者が本誌で主張している公的年金の積立金の取崩しもある。もちろん増税や野口教授が主張する歳出のカットも考えられる。

    日本のデフレ経済を考えると、筆者は増税と歳出のカットはなるべく避けるべき選択肢と考える。今日の雰囲気では、実際の政策は、これらを組み合わせた中途半端なもの(ただし政府紙幣発行は理想的であるが実現性は低い)がずっと続くと思われる。しかし教授が想定するように、いきなり外貨建の国債を大量に発行し、世界中から大金を集めなければならないという事態はとうてい考えられない。


    ついでに日銀の国債引受けや政府紙幣発行の場合の経済について述べる。野口教授はこの場合も、超円安によるハイパーインフレになると決めつけている。たしかにこれらの政策は日本の通貨を増やすわけであり、単純には円安要因であり、物価上昇要因である。

    しかし筆者は、これまでも日銀の国債引受けや政府紙幣発行が単純には円安要因にはならないと述べてきた。むしろ一時的には円高要因になり得ると説明してきたのだ。日銀の国債引受けや政府紙幣発行により、これを原資に政府支出が増えると考えるのが普通である。これは所得発生を伴うマネーサプライの増加を意味し、日本国内の有効需要は確実に増える。

    つまり日銀の国債引受けや政府紙幣発行によって日本が好景気になるのである。そうなれば外国から投資資金が日本に流れてきたり、毎月1兆円を超える日本からの資本流出も止まる可能性が強い。したがってこの政策によって、円はむしろ高くなる可能性があると筆者は見ている。


    さらに日本政府や日銀もばかではないのだから、ハイパーインフレ(仮に物価上昇があることを認めても)が起るような大量の国債引受けや政府紙幣発行を盲目的に進めるはずがない。物価上昇が問題になるという事態になれば、ここで始めてインフレターゲット政策を導入することを考えても良い。

    仮に3〜4%程度までの物価上昇なら国民の賛同が得られるのなら、その範囲で日銀の国債引受けや政府紙幣発行を行えば良いのである。何回も繰返すが、日本経済は物価が上昇しにくい体質に変わっている。3〜4%程度の物価上率が起るほどなら、名目GDPは相当伸びているはずである。したがって税収も増えるはずで、財政も良くなっていると考えられる。


    ここのところギリシャの財政問題をきっかけに、ユーロと英ポンドが安くなり、米ドルと円が高くなった。ところが先週の木曜日あたりから、米ドル高が一服している。つまり円の独歩高の様相が出てきた。またこれまで安全資産であると、一方的に買われてきた金が売られ始めた。どうも米国の経済の先行きも決して明るくないと市場が感じ始めていると思われる。

    マスコミなどはちょっと誤解している。主要なEU諸国は、国債の暴落は困るが(ドイツだけは国債が買われている)、内心ではユーロ安を喜んでいるということである。今日のユーロ安は、これまでの実力以上のユーロ高の是正と見ることもできる。したがってなかなか為替安定を目指す合意は難しいと考える。ユーロ安で困るのは中国であり日本である。


    このように現実の市場や経済は複雑である。野口教授やIMFが、10年後に「財政破綻」すると言っている日本に資金が流れてきているのである。そして今日日本国債が世界で一番安全な資産と見なされている。日本の長期金利はまた1.2%台まで低下している。

    構造改革派の特徴は、現実の経済を見ないことである。一部の自分に都合の良いところだけを切り取ってきて、論理を進めるのを得意としている。むしろ現実の経済を知らないことを誇りに思っているふしがある。08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」で述べたような、野口教授を科学者として「象牙の塔」にこもって研究しているべき新古典派系の経済学者の典型と筆者は捉えている。



来週は、構造改革派が、インフレ(物価上昇)だけを問題にし、むしろデフレは好ましいと考えていることを取上げる。



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