経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




10/5/17(615号)
これも一歩前進か

  • 野口悠紀雄教授
    日本の財政が危機的であると訴える人々は多い。もちろん経済学者の中にも同様の考えの人々がいる。今週はその中で早稲田大学大学院の野口悠紀雄教授を取上げる。今年の文芸春秋3月号に野口教授は「ついに国債破綻が始まった」という文章を寄せている。


    最初にこの文章の概要を簡単に述べる。まず2010年度の予算が、税収が37兆円しかないのに対して、歳出が92兆円もあると指摘している。とんでもない予算と言いたいのである。差額は国債発行と10.6兆円の税外収入で埋められている。ただし税外収入の大半はいわゆる「埋蔵金」の取崩しである。

    民主党連立政権の今の財政運営が不変なら、これからも国債発行額の大幅な増加は避けられないと教授は予想する。一方「埋蔵金」には限度があり、今後、一段と新規国債の発行額が増えると見ている。ここまでの教授の話は事実である。


    次に野口教授は、これだけ大量の国債を発行しているにもかかわらず、長期金利が低く推移している理由を説明している。日本の財政を問題にする人々は多いが、日本の長期金利が世界で一番低く推移している。このように一向に長期金利が上昇しないことをもって、財政を問題にする野口教授らが「オオカミ少年」と攻撃されることを警戒しているのである。

    まず教授は個人の金融資産が巨額であったことを指摘している。また企業の資金需要が減少しているため、銀行が国債の購入を増やしている。実際、銀行の貸出額は90年代から15年くらいで120〜130兆円程度減少している。これによって余った銀行の資金が国債購入に回ったと教授は解説する。野口教授は、この二点を日本の長期金利が低位で推移している理由としている。


    ここで教授は、人口の高齢化によって日本の家計貯蓄率の低下し、個人金融資産が増えるスピードはかなり減速すると述べている。つまり国債の発行額の増加に、国内の貯蓄の増加が付いて行けなくなる。したがってそのうち国債は国内で消化し切れなくなると指摘している(一方、筆者はよほどの事がない限り、そのようにはならないと思っているが)。また教授は、IMFの2020年頃に国債が国内消化できなくなるという予測を紹介している。

    国内で国債が消化されない場合は、不足分が海外で消化されることになる。この場合、海外の投資家は国債が滞りなく返済されるか厳しく審査する。野口教授の見方は、今日の財政支出の内訳では、日本国債は買い叩かれるというのである。さらに教授はこれによって為替レートも大幅な円安になると予測している。


    将来の予想の部分(来週詳しく述べるが、日本国債の海外での消化の話)を除き、ここまでは筆者も野口教授の意見に異論はない。実際、使われている数字は各機関から公表されているものばかりである。筆者も10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」で似たことを述べた。

    筆者と野口悠紀雄教授の大きな違いは、今日のデフレ経済の見方と今後の処方箋である。また筆者は、長期金利の上昇が仮にあったとしても、緩慢なものと想定している。さらに日本の国債が海外の投資家に買い叩かれ、円も急激に円安になるという状況を筆者はちょっと想定しない(むしろ緩い円安は好ましいと考えている)。


  • インフレ税
    野口教授の結論は「歳出を切るしか方法はない」というものである。教授が増税を政治的に実施困難と見ているからである。「小さな政府」を信奉する構造改革派の経済学者として面目躍如と言ったところである。したがって教授にとっては歳出カットが重要であり、増税にはそれほどこだわっていないと筆者は見ている。

    ところで単にこのような教授の考えを紹介するだけなら、実につまらないことである。構造改革派の学者の典型的な虚言・妄言を紹介するに過ぎないからである。わざわざ当コラムで取上げるものではない。


    ところが教授は結論を出す前に、まず増税が無理な事情を述べ、その次に歳出カットとは別の処方箋を提示している。その部分は『増税と実質的には同じだが政治的に容易なのは「インフレ税」に頼ることだ。これは、日銀引受けの国債か政府紙幣を発行することで実現できる。』である。

    また教授は『外国から借りる場合でも円安が招来され、結局はインフレ税による財源調達がなされることになる。』と述べ、さらに『結局はインフレ税による財源調達がなされることになる。現実的な見通しとして言えば、このシナリオが実現してしまう可能性が強い。』と続けている。これらによって日本はとんでもないインフレになると教授は断言している。したがって「インフレ税」を避けるには「歳出を切るしか方法はない」というのである。


    ここで野口教授の言う「インフレ税」について述べる。教授は、日銀の国債引受け、そして政府紙幣発行や、国債の海外消化による円安によってハイパーインフレが起ると想定している。これによって国の借金が実質的に減少するというのである。たしかにこれによって経済は拡大し、法人税、所得税、消費税などの税収は大きく伸びる。

    まず説明を進めるにあたり、教授が想定している国債の海外消化に伴う円安による国内物価の上昇というシナリオについては省略する。世界で第二位の外貨準備を持つ日本であり、国債の消化を外国に頼るという事態がちょっと考えられないからである。したがって日銀の国債引受けと政府紙幣発行に絞って話を進める。


    筆者は、野口教授の「インフレ税」に当るものを5年前の05/6/6(第392号)「公的年金とマクロ経済」で取上げている。まず消費税は、これに上げることによって物価は確実に上昇し、その分国民の負担を確実に増やす。一方、日銀の国債引受けと政府紙幣発行の場合も、もし物価上昇が伴えばその分国民の負担は増えることになる。後者こそまさに野口教授の「インフレ税」に相当すると考える。ただ物価上昇による国民負担という点では両者は同じである。

    消費税を5%上げれば、おそらく3%程度物価が上昇するはずである。それならば物価が3%程度上昇する程度まで、日銀の国債引受けを増額したり政府紙幣発行しても国民負担は変わらないのである。しかし消費税の増税の場合、ほぼ確実に有効需要が減りさらに景気は悪化する。一方、日銀の国債引受けと政府紙幣発行の場合は、これを原資に政府支出がされた結果であり、確実に有効需要は増えている。つまり経済は上向いているはずである。つまり両者とも同じ3%程度の物価上昇の国民負担と言っても、マクロ経済に与える効果は真逆なのである。もちろん筆者の立場では、政策として後者が好ましいことははっきりしている。

    またこれまで何度も筆者は、日銀の国債引受けを増額したり政府紙幣発行して有効需要が増えても、簡単には物価が上昇しないことを説明してきた。日本には巨大なデフレギャップが存在していて、さらに日本経済が物価上昇しない体質に変わっているからである。例えばハイテク製品や通信費のように需要が増えれば、逆に価格が下落する物の消費割合が大きくなっている。そして日銀の国債引受けや政府紙幣発行が、実質的に国の借金にならないことも付加えておく必要がある。

    このように野口教授が否定的に捉えている「インフレ税(構造改革派は印象を悪くするためインフレという言葉をわざわざ使う)」こそが、むしろ筆者は大変好ましく、理想的な政策と見ている。そして筆者は、構造改革派の教授が否定的に捉えながらも、わざわざ国債の日銀引受けと政府紙幣発行に触れていることに注目している。場合によれば筆者達が長年主張してきたこれらの政策の実現性が高まっているのかもしれない。ひよっとしたらこれも「一歩前進」の徴候か。



来週は今週の続きである。



10/5/10(第614号)「一歩前進か」
10/4/26(第613号)「ガラパゴス症候群証」
10/4/19(第612号)「マクロによる検証」
10/4/12(第611号)「ミクロで捉えた日本経済」
10/4/5(第610号)「何事もタイミング」
10/3/29(第609号)「政策提言の想定問答」
10/3/22(第608号)「政策提言(後半)」
10/3/15(第607号)「政策提言(前半)」
10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」
10/3/1(第605号)「政治ができる事」
10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
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