- 減税の経済効果
2月には2兆円の「特別減税」の大半が実施されたが、事前に本誌が繰り返し予想したように、景気対策としての効果はなかったようである。しかし、マスコミの論調や世論調査でも今だに「景気対策には所得税減税を」と言う主張が繰り返されている。筆者はあきれているが、これが現実である。ところでマスコミに登場するエコノミストは、今回の「特別減税」が効果がなかった理由として「減税の規模が小さかったことと恒久減税でなかった」ことを挙げている。つまりもっと減税額を大きくし、恒久化すれば、景気はもっと大きく上向いたと言う主張である。今週号ではこれがいかに間違っているかを説明したい。 最初に減税の額が大きかった場合に、本当に景気を押し上げるほどの消費が期待できるかを検討する。その前にまず、所得のうち消費に回る割合である消費性向について考える。通常、消費性向と言われているものは、平均消費性向である。つまり100万円の所得に対して85万円消費するなら消費性向は0.85となる。それに対し100万円の所得を得ていた者が、さらに1万円の追加所得を得た場合の消費行動が問題となる。この追加的な1万円の所得に対する消費に回る割合が限界消費性向である。この1万円についても8千5百円消費をすれば、限界消費性向も0.85となり、平均消費性向に一致することになる。「特別減税」が効果がなかったことに対して「減税規模を大きくすれば効果がある」と主張する人々は、1万円の減税を2万円に増やせば消費が増えると言っているのである。もちろん減税額を1万円から2万円に増やせば消費が増えるのは当り前である。問題は減税額を増やした場合、限界消費性向も大きくなるかと言うことである。つまり8千5百円の消費が倍額の1万7千円より大きくなるかと言うことである。筆者は、この限界消費性向の数値はほとんど変わらないか、むしろ下がると見ているが、かりに上がったとしても額的にはたいしたことはないと考える。まして減税額が大きくすれば、国民がお祭り気分となってどんどん消費を増やし、平均消費性向までも大きくなるとはとても考えられない。特別減税の2兆円の効果はまだ全て出ていないが、最終的には経済企画庁の試算1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」にある初年度の経済効果0.92兆円も無理と考えている。かりに減税額を倍の4兆円にしても経済効果は2兆円を超えることはないであろう。 一方の「恒久減税」の方の話は複雑である。「恒久減税」については税率そのものを変える、つまり累進課税のカーブを緩やかにする税率改正と、減税額を一律に行なう現行の「特別減税」の継続があるが、現在これらはあまり区別して語られていない。ところで筆者は、この二つの減税の行ない方では、「特別減税」の継続の方が若干効果が大きいと考えている。それは税率の改正の場合、消費性向が小さい高額所得層への減税の割合が大きくなり、それだけ経済効果が小さくなるからである。 これに関連して、最近わけのわからないコラムを読んだ。日経新聞4月8日付け夕刊の編集委員の署名コラムである。それによれば「低所得層の消費は前年から低下している。一方バブル崩壊後も消費を増やしてきた高所得層の消費が昨年末からマイナスに転じ、これが最近の消費不況の原因である。これには税率改正による恒久減税で元気のいい高所得層の消費を促すことが必要である。米英も高所得層の減税を行なって経済が活性化した。」と言うことである。「テーマは金持ち優遇批判を超えて」と言うことであるが、こんな粗雑な論理展開の文章も珍しい。バブル崩壊後も高所得層の消費が増えたと言うが、これは額なのか消費性向なのかはっきりしない。高所得層の消費性向は国民全体の平均消費性向より小さいことは常識である。この層への減税を厚くすれば、高所得層の消費性向が国民全体の平均消費性向より小さくなるくらい消費を拡大するならわかるが、その可能性は全くない。低所得層の消費が前年から低下しているのは、既にこの層の所得の停滞や減少が起こっており、所得に対する消費の割合が限度近くまで来ていることが考えられる。つまり国全体の消費を増やすには低所得層の所得を増やすことが大切と考えられるのである。筆者は「金持ち優遇批判」の善し悪しを論じているのではなく、純粋に経済の理屈から減税政策を論じているのである。 現在米英の経済が好調であるが、その原因は色々考えられるが、これが高所得層への減税だけで実現したとはとても考えられない。特に英国については、外国からの投資が増えたことと為替レートが極めて下がり、製造業に競争力がついたためと考えている。一方、日本で今、高所得層の所得が減税によって増えても、投資が増える可能性は低い。日本は長い間の高貯蓄に対応する高投資で、民間は過剰な設備投資を持っている。このため資本の収益率、つまりROEが世界的に見ても極めて低い。また経済が低成長に移ったのに平均消費性向がそれに応じて大きくならなかったため、過剰貯蓄が発生しているのである。これまで過剰貯蓄に対応し消費需要が不足してきたが、その不足分を輸出と財政の赤字に求めてきたのである。ところが財政再建の掛け声で財政の赤字を縮小しようとしたため、このバランスが崩れ今回の不況に陥ったのである。現在の筆者の不況に対する処方箋は「減税ではなく増税を行ない、それをそっくり財政支出する」ことである。しかしそれではあまりだと言う声が出てきそうで、この政策の実現性は乏しい。したがって「国債を発行し、財政支出を増やす」と言う対策あたりが妥当と考える。そしてこれからはずれる景気対策ほど、効果が小さく費用もかかると考える。
- 恒常所得仮説の妥当性
減税を恒久化すれば、消費性向が大きくなると言う理論がまかり通っている。この場合の消費性向とは平均消費性向のことか限界消費性向のことか判然としないが、これによって世の中の景気がものすごく良くなると言うのであるなら平均消費性向も上昇する必要があろう。平均消費性向はその国の事情や経済環境で決まるものであり、あまり短期的には変動しないものであるが、減税を恒久化すればこれも変わると言う話なら大変なことである。どうもこの話の論拠となっているのは「恒常所得仮説」らしい。これは米国の経済学者フリードマンが提唱した40年以上も前の仮説である。当時、景気予測をするに当って、所得から消費に回される割合、つまり消費性向の安定性について色々議論がなされた。「恒常所得仮説」も当時提唱された数多くの仮説のうちの一つである。これを簡単に説明する。フリードマンは、まず所得があまり変化しない恒常所得と変化に富む変動所得で構成されており、消費も恒常消費と変動消費で構成されていると指摘している。そして恒常所得と恒常消費の関係、つまり恒常的な消費性向は消費者の選好が変化しない限り、安定的である。しかし、所得全体の中で恒常所得の比重が変われば、全体の平均消費性向は変化すると説明している。彼の説によれば、恒常所得の比重が大きくなるほど平均消費性向は大きくなると言うことである。つまり人は安定収入の比重が増すほど、安心して消費に回す比率を大きくすると言うことになる。この説を減税にあてはめると、一回限りの減税ではなく継続して減税することにより、恒常所得を大きくすれば平均消費性向もおおきくなり、景気対策としての効果も大きくなると言うことである。 この仮説自体に対して色々反論も考えられる。この説によれば、収入の安定しない「日雇労務者」や「フリータ」の消費性向は小さく、貯蓄性向が大きくなければならない。もっともこれに対しては、所得水準が低いことによって消費性向が大きくなると言う反論があろう。しかし、同じ所得水準の給与生活者の民間企業のサラリーマンと公務員の場合はどうであろうか。「恒常所得仮説」が成り立つなら、より収入が安定した公務員の方が消費性向が大きくなるはずであるが、これは本当であろうか。また地域的に大きい貯蓄性向の所がある。例えば、北陸地方の貯蓄性向は大きい。それならこの地域の人々の収入が他の地域に比べ不安定と断言できると言うのであろうか。このように「恒常所得仮説」そのものに対しても色々と反論や疑問がある。 筆者は、「恒常所得仮説」そのものについては条件が揃えば現実にありえる仮説と考える。ただ問題は、現実の経済でのこの効果の大きさである。つまり、実生活において収入が安定すれば、消費支出を増やそうと言う心理が働くことは否定できないが、実際の消費行動には他の要素も影響し、むしろそちらの方の影響の方が大きいことも十分考えられる。筆者も、減税を恒久化すれば、その経済効果が何倍にもなると言う、あるシンクタンクの試算を新聞で読んだことがあるが、これはなにかの間違いと考えている。94年に円高不況に対して5兆円の減税を行なった。さらにその内2兆円を「特別減税」として3年間継続した。しかし、この「特別減税」継続で日本の消費性向が影響を受けたと言う話は聞かない。筆者は、消費性向はもっと多くの複雑な要素に影響をより大きく受けていると考えている。これについては来週号で述べたい。 しかし、この「恒常所得仮説」に論拠を置くと思われる「減税を恒久化すれば大きな経済効果が期待される」と言う間違った概念が世間を支配しているのである。この世間の「空気」に押され、政府は恒久的な減税、つまり効果の小さい景気対策をまた行なおうとしているのである。またこれは事実ではないのであるが、仮に減税を恒久化することによって経済効果が何倍になっても、実際には減税は同額の「公共投資」より経済効果は小さいのである。 世の中には「教科書」に載っていることは何でも正しいと信じる人々がいる。いわゆる受験秀才である。受験生にとって「教科書」や「参考書」に載っている事柄は絶対的に正しいのである。それを疑うこと自体、受験競争に負ける要因となる。エコノミストにもその手の受験秀才がいるのである。「恒常所得仮説」など、教科書に載っている理論で全ての現実の経済を説明しようとするのである。筆者は、「小さい政府論」などもこの同類と考えている。このようなエコノミストが発信原となり、「減税を恒久化することが景気対策の決め手」と言う誤った考えが世間に充満している。筆者が問題と考えるのは、「減税の方が効果があるのだから、公共投資を削って恒久減税を行なえ」と言う声に押されて、公共投資を減額することである。あくまでも「減税」は別枠と考え、景気浮揚に必要な公共投資は別途確保することが必要と考える。公共投資の乗数効果は最近小さくなっていると言われているが、それは事実であろう。しかし、減税の乗数効果も小さくなっている可能性が強く、2月の「特別減税」の効果を見る限り、ほとんどゼロに近いとも考えられるのである。 日本の貯蓄性向は、失業者が溢れるヨーロッパ各国やいつもリストラを行なっているような雇用の不安がつきまとう米国より大きい。つまり所得がより安定している日本の方が貯蓄性向が大きく、つまり消費性向が小さい。これは「恒常所得仮説」の結論と全く反対の現象である。このように「恒常所得仮説」自体は極めて説得力が乏しい考え方である。繰り返すが、「消費」水準決定についてはもっと複雑な要素がからんでいると考えるべきであろう。
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