経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/3/1(605号)
政治ができる事

  • 国債の日銀購入は限度
    日本経済が、長期低迷から脱却するには、一層の積極財政を継続して行えば良いと本誌はずっと主張してきた。これに対する反論は、先週号で取上げた「インフレ(物価上昇)」と「金利の上昇」への危惧である。しかし「インフレ(物価上昇)」は起りえないことを説明した。むしろ日本にとっては緩やかな物価上昇が好ましいくらいである。


    一国の経済運営として、実態にそぐわない金利の急騰は防ぐ必要がある。短期金利の変動については、日銀が責任を負っている。しかし長期金利については、責任の所在があいまいである。責任の取り方がはっきりしないまま、なし崩し的に日銀は国債の買い切りオペ額を増やしている。しかし日銀の内規により、この国債の日銀購入は限度の近くまできている。この状況において投機に対応できる態勢を整える必要があると筆者は考える。


    デフレ対策に非協力的と政治家は日銀を責めている。しかし政治家は日銀を責めるだけで、自分達は何もしようとはしない。02/11/11(第273号)「セイニア−リッジ政策の推進(その2)」で述べたように政治ができることは沢山ある。

    具体的には「国会の決議の範囲内での国債の日銀引受け(財政法第5条)」や「政府の貨幣(紙幣)発行特権の発動(発動とは行かなくとも準備くらいはできる)」である。たしかにいきなり政府紙幣の発行といっても難しいと筆者も思っている(もし発行できるのなら理想的)。また日銀による国債の直接引受けが困難なら、日銀にはっきりと国債購入限度の増額を要請すべきである。ただしその場合は、先週号で述べたように、財政によるデフレ脱却のビジョンを示すべきである。

    多くの政治家は「デフレは貨幣的要因であり、したがって日銀による一層の金融緩和が必要」と訳のわからないことを言っている。日本の金利が世界一低いのにまだこんなことを言っているのである。彼等は幼稚な貨幣数量説が日本でも適用できると誤解している。日本のデフレは、過剰貯蓄によるものであり、少なくとも貨幣要因によるものではない。


  • 何らかのセイニア−リッジ政策
    デフレからの脱却には、政治ができることがこれまであったのに、政治家は中途半端な景気対策でお茶を濁してきた。また不幸なことは、デフレ克服にとって大事な時期に、日本で「構造改革」という呪術(じゅじゅつ)がはやったことである。日本中が「構造改革で経済成長が実現する」というとんでもない大嘘に洗脳されてきた。

    構造改革で経済が成長するのは、供給力に比べ需要が圧倒的に大きい時に限られる。この場合、無駄に使われている生産資源(生産設備と労働)を需要のある方面に適切に振り向ける必要がある。これには規制の緩和などの構造改革が有効であろうという話である。


    バブル崩壊後の日本は、大きな過剰貯蓄によって、供給ではなく需要の不足にみまわれてきたのである(本誌の主張は1973年のオイルショック以降あたりから既に需要不足)。必要な政策は需要の創出である。「構造改革」なんて全く関係がない。

    この他にも「ベンチャー企業育成で経済成長を実現できる」など虚言・妄言がはびこった。ベンチャー企業は、経済が成長すれば自然と現れるものである。市場が大きくなれば、そこに隙間ができ新しい企業の参入が可能になる。また経済が成長すれば、リスクを取って企業を興そうという者が出てくるのである。

    今日のような需要不足のデフレ経済下では、大企業までが残された市場の小さな隙間を埋めようとしている。世界の中で、日本の企業の開業率が信じられないくらい低いのも当り前である。このような状況で「ベンチャー企業で日本経済に活力を」なんて何を言っているのかということである。出てくるのは株式公開後、後は野となれ山となれのインチキベンチャーだけである。


    今日、筆者が気になるのは高名な経済学者達の「移民を受入れて日本経済に活力を」という妄言である。最近の雑誌なんかでよく目にする論調である。日本の経済学者は、ベンチャー企業や移民の「活力」といった精神に問題の解決を委ねようと言うのである。

    これは戦前の日本の竹槍精神と同じであり、科学性の放棄である。これまでも経済学者はいい加減なことを言ってきたが、移民の話はこの延長線上にある。彼等は、デフレの本質を考えることがなく、思い付きでの発言が多すぎる。


    マスコミや政治家は、「構造改革」路線が頓挫し、次の悪者探しを始めている。ターゲットとなっているのが日銀である。たしかに過去において日銀出身のとんでもない日銀総裁がいたが、前の福井氏や今の白川総裁は常識的な金融政策を行っている。問題は政治である。


    筆者は、日本がデフレ経済から脱却するには、何らかの形でセイニア−リッジ政策を取入れる必要があると確信している。前述の通り、セイニア−リッジ政策としては、もちろん政府紙幣発行より日銀による国債の購入の方が現実的である。実際、日本がセイニア−リッジ政策を既に実行していることを、マスコミや政治家は説明すべきである(もっともこのことを理解していない可能性はあるが)。

    デフレ脱却には日銀の国債購入を大胆に増やす必要がある。政府はビジョンを示し、日銀に国債の買い入れ限度額の増額を要請すべきである。しかしもしこれを日銀が絶対的に拒否するようなら、政府は次の手段を考える必要がある。

    まずそれこそ政府紙幣の発行である。政府紙幣を発行し、これを日銀に入金し、財政支出の財源にする。もう一つは、長期国債を買い入れるための日銀とは別の発券銀行を創設することである。これはデフレ脱却までの時限的なものでも良い。通貨の発行機関が複数になるが(今でもお札は日銀、コインは政府が発行している)、複数の発券機関の例は他の国にあるはずである。ただこれらには法律の制定や改定といった面倒なことが必要になる。しかし永遠にデフレ経済が続き日本経済が衰退するよりずっとましである。



来週は、今週に予定していた経済活動と税収の関係を取り上げる。



10/2/22(第604号)「積極財政への雑音」
10/2/15(第603号)「経済と金融の間の緊張関係」
10/2/8(第602号)「第二回目キャンペーン」
10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
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08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
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