経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/2/8(602号)
第二回目キャンペーン

  • 「マスコミの暴走」
    橋本政権は、96年の暮に97年度からの消費税増税と緊縮財政を方針として決定した。これには財政当局と日経新聞などのマスコミが煽動した財政危機キャンペーンが大きく影響している。筆者はこれを財政危機の第二回目キャンペーンと認識している。先週号で述べたように、当時、国と地方の長期債務残高が500兆円を越えそうになっていた。

    キャンペーンの一つとして日経新聞は97年の元旦から「2020年からの警鐘」という気持の悪い特集を始めた。財政を再建しなければ、将来、日本経済は奈落の底に落ちるとこの特集は読者を脅していた。このような暴走と言えるマスコミのキャンペーンの影響は極めて大きかった。バブル崩壊の影響が残り資産価格が下落を続けているのに、財界人へのアンケート調査では、断トツのトップで「財政再建」が政府が緊急に取組むべき政策とされたくらいであった。


    橋本政権の緊縮財政への転換は常軌を逸したものであった。これによって日本経済は失墜した。なんとかやり繰りしていた金融機関の不良債権問題が表面化し、大手金融機関の破綻が続いた。これまで貸出しに精を出していた金融機関は、逆に貸出し圧縮に走り、企業は土地や株などの資産の投売りを始めた。このことが資産価格を一段と下げ、金融機関の不良債権問題の解決をさらに困難するといった悪循環に陥らせた。つまり財政危機の第二回目キャンペーンに沿った経済政策は、経済活動を冷やすことによって不良債権問題を一層深刻化させた。

    どうもマスコミを使って財政再建ムードを作ろうとした財政当局の一部の者も、これが間違いだったと気付いたふしがある。本誌は05/2/28(第379号)「マスコミの暴走」で文芸春秋の1998年7月号に掲載された山家悠紀夫氏(当時、第一勧銀総合研究所取締役専務理事)の「『日本の財政赤字は危機的』は大ウソ」とい文章を引用した。ここで「ある大蔵省OBが非公式の席で現在の惨状を『今回は薬が効きすぎた』と述べた」という話を紹介した。「大蔵省が財政再建推進のために財政赤字を強調したが、意外にもマスコミの積極的な賛同を得ることになり、国民にあまりにも直戴に浸透してしまった」ということらしい。


    筆者はこの話を本当の事と思っている。しかし全く反省していないのが日本のマスコミである。小渕政権の後半あたりからまた財政再建キャンペーンを再開している。また財政再建を熱心に唱える一部の財務省官僚は、小渕内閣の宮沢財務大臣を取り囲んで、積極財政の修正を迫っている。このような流れが小泉政権誕生につながったと筆者は考える。

    しかしデフレ経済が続く日本のような国での財政再建政策は、経済活動を一層冷やすことになる。したがってこれによってマスコミの経営環境も段々悪くなる。まさにマスコミは、国民経済を道連れに、自分で自分の首を絞めているようなものである。


  • 日経のとんだ馬脚
    筆者が関心があるのは、第二回目キャンペーンが行われた頃の日本の財政が本当に悪かったかということである(先週号で述べたように、少なくとも第一回目キャンペーンの時には日本の財政には問題はなかった)。ところで昨年末あたりから、日経新聞がまた財政再建キャンペーンみたいなことを始めた。しかし今回のキャンペーンは従来とトーンが変わっている。

    これまでは単純に国や地方の借金が増えているという事実に基づくものであった。「こんなに政府が債務を増やすのは間違っている」とか「これではとても将来借金を返せなくなる」と人々を脅す論調であった。これに便乗して「借金時計」を公開して、人々を脅かすことに加担する者も出てきた。

    またもう少し科学的に、政府の債務残高のGDP比率が先進国の中で突出して大きいことを指摘することもあった。さらに借金を全部返済することは無理でも、基礎的財政収支(プライマリーバランス)をゼロにするといった財政再建の目標のハードルを下げる主張もなされてきた。しかしこれだけ経済状況が悪化しては、人々の関心も財政再建から離れてしまった。


    まず昨年末12月30日の日経のトップに「国の借金、家計の貯蓄頼み限界」と打出した。要旨は「日本の政府の債務は大きいが、これまで家計の貯蓄も巨額であったからなんとか国債も消化されてきた」「ただ家計の貯蓄にも限度があり、今のような大きな財政赤字が続けば、2020年頃には国内の貯蓄で財政赤字を賄えなくなる」というものである。しかし日経は、これまで潤沢な家計の貯蓄を、財政問題の関連で大々的に取上げたことはなかったはずである。

    続けて1月22日の日経は「資産を差引いた純債務のGDP比、先進国で最悪水準」と指摘している。この記事は先々週号10/1/25(第600号)「日本の財政構造」で取上げたものである。まさにこのような純債務のGDP比率(これまで日経は純債務ではなく総債務のGDP比率しか問題にしていなかった)による国際比較は筆者が長年主張してきたことである。


    財政状況を示す物差しを変えて来た日経新聞の意図は容易に分る。これまで日経は財政危機を訴えてきたが、一向に金利が上昇しないという事実を突き付けられたのである。まさに「オオカミ少年」という批難を受けても良い状態であった。そこでその弁明ために財政危機の基準を変えた。他の指標でも日本の財政状況は悪くなっており、今すぐに財政再建に取組まなければお先が真っ暗と言い出したのである。

    これらの記事を見て、筆者は日経新聞も急に科学的になったものだと感心した。たしかに財政問題にはこのような科学的なアプローチが必要なのである。しかしこのような慣れないことをやるから日経はとんだ馬脚を現わしたのである。


    これらの記事のどちらにも時系列のグラフが付いていた。日経が読者の関心を右側の将来に向けようとしていることは明らかである。しかし筆者などはむしろ左側の過去の方に注目する。

    まず12月30日の記事のグラフでは85年から95年の10年間で家計純資産と政府純負債の差額が200兆円から600兆円まで増えていることを示していた。まさにバブル期に勝ち組の貯蓄が急増したが、財政支出をけちったためこの数字がとほうもなく大きくなったことを示している。これでは日本経済が深刻なデフレに陥るのは当り前である(その前から日本経済はデフレ基調であった)。ちなみに今日のこの数字は400兆円程度である。

    1月22日の記事のグラフでは何と95年、96年当時の日本の純債務残高のGDP比率が先進各国の中で最低であることを示している。これは04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で示した日本の純債務の名目GDP比率の数字(OECDの基準)と完全に合致する。ちなみに97年当時、この数字は米国50.5%、ドイツ45.9%、英国44.2%であり、日本は27.8%であった。つまり第二回目キャンペーンが行われた頃の日本の財政は突出して健全だったのである。



来週は今週号の続き。



10/2/1(第601号)「第一回目キャンペーン」
10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
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