経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/2/1(601号)
第一回目キャンペーン

  • 財政再建運動とその節目
    先週号で、少なくとも今まで、騒がれているほどには日本の財政に問題がなかったことを説明した。しかし筆者の観測では、これまでマスコミを通じ日本の財政が危機という大々的なキャンペーンが張られたことが2度ほどある。最初のキャンペーンは、先々週号で取上げた鈴木善幸首相の「財政非常事態宣言」が出された頃である。この時には公債の発行残高が100兆円に迫っていた時期であった。

    二度目は、本誌がスタートした96年から97年にかけたあたりで、第二次橋本政権時代である。橋本自民党は、行財政改革を掲げ先の衆議院選挙で大勝していた。ちょうどこの頃、国と地方の長期債務残高が500兆円を越えそうになっており、新たなキャンペーンが始まった。財政再建運動はこのような節目に会わせて行われてきた。

    無責任なマスコミのキャンペーンであるから、10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」の城内実衆議院議員の質問主意書にあるように、財政危機と騒いでいる割に根拠はとても薄弱である。例えば金利がジワジワと上昇してきたといったような客観的で科学的な事実は全くない。しかしこのようないい加減なキャンペーンであっても、大衆は動かされ、最終的に政治も動く。


    鈴木善幸政権時代前後に公債発行が増えた経緯は前述の10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」で述べた。そして大平・鈴木・中曽根政権時代の行財政改革(いわゆる増税なき財政再建運動)によって日本経済は間違った方向に動いた。

    ゼロシーリングなどで財政支出の伸びが抑えられた。例えば整備新幹線の工事も「三大バカ査定」の一つと罵られストップさせられた。しかし日本は既にデフレ経済に突入していた(後ほど触れるが、この事を指摘する者は少ないが重要である)のに、財政支出を抑えれば経済が外需依存に傾くのは当然のことであった。


    またタイミングが悪く、当時のレーガン政権の間違った高金利政策(FRB議長はボルガー)によってドル高・円安が続いた。したがって内需は緊縮財政で不振であったが、輸出がどんどん伸びたので日本経済もそこそこ成長した。これによって人々は財政再建と経済成長が両立するといった錯覚に陥ったのである。

    このような外需依存となった日本経済に冷や水を浴びせたのは、85年の「プラザ合意」による超円高であった。円相場は米ドルに対して220〜250円程度で長い間推移していたが、短期間のうちに150円台(最終的には120円台)まで急騰した。これによって日本は酷い円高不況に襲われたため、日本はこれを契機に方針だけは内需拡大に大転換することになった。

    しかし日本には財政再建にこだわる雰囲気が残っており、景気対策は財政支出ではなく金融緩和にウエートを置いたものになった。この金融の超緩和が続き土地ブームと株ブームが起った。いわゆるバブル経済である。ところがこのようなバブルがいつまでも続くはずがなく、最後にバブル経済は崩壊し、日本経済は今日でもこの後遺症で苦しんでいる。しかしバブル生成の元をたどれば、「財政非常事態宣言」などの非科学的な根拠による財政再建運動であった。


    ちなみに中国は、日本のこの失敗を知っているから、どれだけ非難を受けようと頑として人民元高を拒否している。一昨年まで人民元は少しずつ高くなっていたが、昨年からは米ドルに完全にペッグしている。


  • 公的年金の積立金の推移
    筆者の持論は、オイルショックの後(75年頃)から、日本経済はずっとデフレが続いているということである(これについては将来また取上げる)。つまり田中角栄首相の列島改造ブームによるバブル経済が崩壊した頃から、日本のデフレはスタートしたと考える。要因の一つとして大きな土地の売却代金が実物経済に回らず、金融機関に眠ったままになったからである。これについては04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」から04/10/18(第363号)「日本経済のデフレ体質の分析(その3)」の3週で述べた。

    ここでは日本経済をデフレ体質に陥らせた要因は主に二つあり、その一つが土地の売却代金と述べた。しかしもう一つの要因は年金の積立金と指摘したが、これについてはそれ以上ほとんど言及しなかった。


    そこで今回、公的年金の積立金の推移をここに示す(この表は今後何回か使う予定)。
    (積立額合計の推移 単位:兆円)
    年 度積立金合計
    7836
    95162
    96171
    97179
    98186
    99193
    00196
    01195
    02197
    03197
    04198
    05193
    06191
    07188

    この数字は厚生労働省のHPから拾ったものである。しかしHPには95年度以降の数字しか掲載されていない。78年度の36兆円という数字は年金に関する他のHPで見つけたものであり、多少信頼性に劣ることは承知している。しかし敢てこの数字を使わせてもらう。


    それにしても99年度までもの凄い勢いで公的年金の積立金残高は増えている。78年度から99年度の21年間に157兆円も増え、年平均の増加額は7.5兆円であった。民間の貯蓄に加え、政府はこのような巨額な貯蓄を溜めこんだのである(特別会計の大黒字)。

    しかもこれは公的年金の積立金だけであるが、これ以外に民間も私的年金を溜めこんできた。つまり日本では将来に備えて民間も政府も貯蓄してきたのである。これでは消費が増えず経済がデフレから脱却できないのは当り前である。また政府はこの不足する有効需要を補うための景気対策として、国債を大量に発行してきたのである。しかしこれだけ貯蓄が増えれば、金利が上昇することなく、大量の国債がきれいに消化されるのも当然である。


    最後に、82年の「財政非常事態宣言」が出された頃の財政状況を推定してみる。手元に82年当時の公的年金の積立金の金額がないため、増加額の様子からこれを推定するほかはない。筆者はこの数字を60兆円程度と推計した。また外貨準備高は、240億ドル程度であり当時の為替レート250円で換算すると6兆円となる。

    つまりOECDの基準による純債務を計算するための控除額は、筆者の推計ではあるが外貨準備と公的年金の積立金だけでも66兆円になる。たしかに国の債務総額は100兆円に迫る公債に加え色々な債務があった見られる。しかし純債務の残高となればたかが知れている。つまり財政危機なんて全くの作り話であったのである。ちなみに82年度のGDPは273兆円であった。


    財政当局も国債が大量に発行されても、それを消化するに余るある貯蓄が一方で発生していることを知っていたはずである。そしてこの巨額の貯蓄を土地投機に誘導したことによってバブルが発生したと言える。後知恵ではあるが、当時としては、地価の高騰を抑える施策と公的年金を増やさない政策を講じるべきであったと言える。



来週は、二回目の財政再建大キャンペーンを取上げ、さらにマスコミの財政危機の基準が変わってきていることについて述べる。

読者のエコノミストの方から、先週号で記した日銀の国債保有額は69兆円(日経新聞)ではなく、直近では73兆円に増えているという情報をいただいた。また国の債務の名目GDP比率を104.6%(これも日経新聞)としたが、この出所がOECD Economic Outlook No. 86の付属表ということである。筆者としては、このような情報は有難いものと思っている。



10/1/25(第600号)「日本の財政構造」
10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
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