経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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10/1/25(600号)
日本の財政構造

  • 純債務残高の名目GDP比率
    人々は日本の財政が危機と簡単に決めつけている。専門家と呼ばれる人々も同じ発言を繰返している。しかし筆者に言わせれば、この根拠が極めて薄弱である。これまで根拠にされているのは主に以下の二つである。

    一つは単純に政府の債務残高が大きいということである。もう一つはちょっと科学的で、名目GDPに比べ日本政府の債務残高が大きいということである。最近ではこの比率が188%(07年IMF算出)にも達しているとマスコミは警告している。先進各国の比率が100%前後なのに対して、日本の比率が突出して大きいことを問題にしているのである。


    しかし本誌は、ずっと04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」などで指摘してきたように、国の債務を問題にするなら単純な債務残高の合計ではなく、純債務残高を用いることを主張してきた。純債務残高は総債務残高から政府が持っている金融資産などを差引いたものである。特にOECDの基準では、純債務残高を金融資産に加え社会保障の基金も差引いて算出している。GDP比率もこの純債務残高で算出すべきであり、国際比較にもこれを用いるべきである。

    これは当然の話である。借金があっても、一方に預金などの金融資産があれば、本当の財政状態を見るには借金から金融資産を差引くのが当たり前のことである。ところが日本における財政論議は、ほとんどの場合、純債務残高ではなく総債務残高で行われてきた。なぜか日本のマスコミなどは常に大衆を騙そうとしているみたいである。

    筆者が純債務残高にこだわる理由は、先進国の中で日本の金融資産と社会保障の基金(以下、両者の合計を金融資産等と表現する)が突出して大きいからである。この膨大な金融資産等を総債務残高から差引いて債務残高のGDP比率を算出すれば、数値は先進各国にぐっと近付く。しかし財政再建狂信者と、人々を脅かすことを商売の種にしているマスコミはこれまでなかなかこの数字を使おうとしなかった。


    ここまでの話を具体的な数字で示す。日本政府の総債務残高には864兆円(09年11月財務省公表)という数字が今日よく使われている。一方、日本政府の持っている代表的な金融資産は外貨準備である。09年12月末の外貨準備高は、10,494億ドルであるから1ドル91円で計算すると95兆円になる。

    社会保障の基金の代表は、公的年金の積立金である。08年3月末の公的年金の積立金は188兆円である(よく120兆円という数字が使われるがこれは厚生年金だけ)。したがって総債務残高864兆円から両者(金融資産等)の合計を差引くと585兆円になる。これを08年度の名目GDP493兆円で割返すと119%となり他の先進各国にかなり近付く。


    しかし119%という数字は外貨準備と公的年金の積立金だけを差引いて算出したものである。他にも政府の金融資産や社会保障の基金があり、これらも差引いて純債務残高は算出される。ちなみに日経新聞の1月22日付の記事では、日本の純債務残高の名目GDP比率を104.6%としている。

    この記事によれば、他の先進各国の純債務残高の名目GDP比率は65%程度(米・英・独・仏)である。ただイタリアが少し悪くほぼ日本と同程度である。しかしその程度なのにどうして日本だけが政府の債務残高を過去30年の間、大問題にされてきたのか不思議なくらいである。なにか新型インフルエンザでカラ騒ぎをしている国が、日本だけという話に通じている。


  • オオカミ少年の言葉
    問題にすべき日本の債務残高の名目GDP比率が、188%ではなく104.6%であることを前段で説明した。しかし日本の財政状況をさらに正確に見るにはこれだけでは十分ではない。それほど日本の財務構造が特殊なのである。

    それは中央銀行である日銀が日本国債を大量に保有しているからである。本誌で何回も説明したように、日銀が保有する日本国債の69兆円(09年12月30日付日経新聞)は実質的に国の借金にならない。ちなみに中央銀行が自国の国債を大量に保有しているのは日本と米国くらいである(発行額の15〜16%)。ドイツとフランスはほとんどゼロであり、英国が5.5%(英国は昨年、中央銀行による国債の買取りを久々に再開したためこの数字は少し大きくなっていると思われる)程度である。


    日銀が日本国債を買えば、日本政府が日銀に国債の利息を払うことになる。しかし日銀の収益は最終的に国庫、つまり国に納付される。要するに国が日銀に支払った利息は国に戻ってくるのである(準備金を除いて)。

    連結決算で見れば、国が親会社とすれば日銀は子会社である。日銀の保有する国債は、親会社(国)の子会社(日銀)に対する債務であり、子会社(日銀)から見れば親会社(国)に対する債権になる。両者の決算を連結する場合、両者の債権・債務は相殺される。また日銀が持っている準備金も国のものである(まさに認可法人である日銀が持っている埋蔵金である)。


    つまり日銀が保有する国債は、実質的に国の債務にならない。日銀の国債保有額69兆円を名目GDPの493兆円で割り返すと14.0%になる。つまり日銀の保有する国債を除いた、実質的な純債務残高の名目GDP比率は90.6%(104.6%−14.0%)となり欧米諸国と遜色ないものになる。

    たしかに日本には巨額の金融資産や社会保障の基金があり、さらに日銀が大量に国債を購入していると言った特殊な事情があり、財政の状況が分かりにくいのは事実である。しかしこのように段取りを追って説明すれば、少なくとも最近までは日本の財政は問題はなかったことをご理解できるであろう。また金利が世界一低い水準で推移していることを見れば、日本の財政だけが問題にされるのはおかしな話である。


    筆者は、当初は色々な思惑があって(消費税の導入など)、財政当局が日本のマスコミを唆し(そそのかし)、日本の財政が悪いことを喧伝させたと見ている。これをきっかけにとにかく大衆を脅かすことで注目を浴びたい日本のマスコミは、何も考えず30年近く間違った情報を流し続けて今日に到ったのである。

    ところが日本のマスコミは暴走を始めており、今さら日本の財政に問題はなかったのだとは言えなくなっている。マスコミを利用して軍国主義を煽った軍部が、マスコミに煽動された国民を抑えきれなくなり、戦争に突入せざるを得なくなった日本の戦前の状況と似て来た。このようにマスコミを利用することはリスクも高いのである。この結果、長年に渡る間違った情報(日本の財政が悪い)に基づく誤った経済政策のため、むしろ日本経済本体の方がガタガタになった。


    筆者は、日本の名目GDPが伸びないというより減少していることを危惧する。雇用者所得だけでなく税収も大きく減少するステージに入ったのである。これでは財政を用いた経済政策がますます難しくなる。

    「日本の財政が危機」というオオカミ少年の言葉が繰返され、これが本当の日本経済の危機を招き、さらにこのことによって本物の財政危機を招く可能性が出てきたのである。しかしこのような困難な状況を打破する処方箋は残っていると筆者は考える。それには今週述べた日本の財政の特殊な構造を理解することが必要であろう。



来週は、今週取上げた日本の財政構造を踏まえ日本の財政が危機という話がいかにいい加減であったかを説明する。



10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」
10/1/11(第598号)「10年今年の景気」
09/12/21(第597号)「今年を振返って」
09/12/7(第596号)「事業仕分けの顛末」
09/11/30(第595号)「ヘッジファンドの広報担当」
09/11/23(第594号)「素朴な疑問」
09/11/16(第593号)「民主党と官僚」
09/11/9(第592号)「首都圏のハブ空港」
09/11/2(第591号)「日本郵政の新社長」
09/10/26(第590号)「八ッ場ダムの建設中止」
09/10/19(第589号)「返済猶予法は不合理?」
09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
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09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
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08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
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