- 景気対策の真水部分
与党、自民党の「緊急景気対策」が公表された。対策規模は16兆円と言うことであるが、中味はまだはっきりしない。景気対策も何回となく検討され、ようやく対策自体もだんだん現実的となってきている。たしかにこの対策で、今回の不況を脱するのに十分であるか疑問であるが、今後、様子を見ながらさらに追加の対策を講じることを前提にすれば、この対策はそれなりに意味があると考える。 今回の景気対策でも「真水部分」がどれだけあるかが問題になっている。政府の景気対策の総額は実際の財政支出分に、政策で誘発される民間の投資額をプラスしたものである。後者の具体的な例は、政府機関による融資や補助金により引き起こされる民間需要である。政府の財政支出は、公共投資や減税など確実なものであるが、政策で誘発される民間の投資や消費の数値は不確実な予想にすぎない。そして政府は、対策額を大きく見せるため、この効果を大きく予想していると考えるのが自然であろう。そこで「真水部分」がどれだけあるかが問題となってくる。ところがこの「真水部分」の捉え方についても人によって違いがあると言うことである。一応、一般的な政府の見解は、景気対策の財政支出額から公共事業費のうちの「土地購入代金」を差し引いたものらしい。 なぜ「土地購入代金」を差し引くかの理由は、土地代金は地主のふところに入ってしまい、経済の循環から外れてしまうからと言うことらしい。筆者はこれに対して釈然としないが、政府の見方としては一貫性がある。このことは10/6(第36号)「公共事業とマスコミを考える」で述べた故福田元総理の考え方が今だに踏襲されている証拠である。こうなればどうしも公共投資は「箱物」を造るとか、人の住んでいない所に道路や橋を建設することになる。つまり土地を購入しても、誘発投資を生むような社会資本の整備を行なうといった方向には向かわないのである。たしかに「景気対策」としての即効性に重点を置けば故福田元総理の考え方が正しいと考えられるが、民間の投資の重要性を考えると、土地買収などで手間ひまがかかっても交通インフラなどへの公共投資を増やすべきである。また毎年計上する公共投資を誘発投資への効果を加味して計画的に行なってこれば、これほど内需が不足する事態は避けられたとも考える。整備新幹線や都市交通のインフラへの公共投資を財政再建が大事と日頃削っておきながら、不景気になるとあわてて多額の公共投資を行なおうとするから無駄と非難される公共工事を行なわざるを得なくなるのである。ところでこの種の公共事業、つまり土地の買収を伴う公共工事がスムーズに行なわれるには、事前に必要な法律の整備も行なわれるべきと考える。具体的には「農地の転用」、「漁業権」や「大深度地下の利用」などに関するものである。これらはある意味では「私権の制限」に繋がるものであるが、日本における社会資本の充実には必要な法改正である。たしかに「農地の転用」については一歩進んだ改正が行なわれるが、他についても整備を進めるべきである。 政府が土地の購入することについては色々と障害がある。またこれまで政府は、財政再建路線の上でむしろ「国鉄所有の土地」や「政府保有の株式」を売却し、債務残高を減らそうとしてきたのである。これまで政府は、政府所有の資産を民間に売却し、民間から資金を吸い上げて来た。つまり政府は財政再建の名のもとに、一貫して景気に悪いことを継続してきたのである。近年景気対策の意味もあり公共事業体が土地の先行取得を行なってきた。しかし、これは地方自治体によるものであり、国ではない。今日、景気対策として公的資金による担保土地の買収が話題になっているが、これは政府としては難しい決断となろう。このことは政府が今まで行なってきた政策の180度の転換となるからである。 話を景気対策の「真水部分」に戻す。景気対策としての効果を考える上で、「真水部分」の金額は大切であるが、その内訳も重要である。筆者は、これまで述べてきたように同じ金額なら「公共投資」の方が「所得税減税」よりずっと効果が大きいと考える。両者の効果の大きさについては1/19(第49号)「「小さな政府」を考えるーーその2」で述べた経済企画庁の試算があり、筆者もこの数値に納得している。これによれば初年度では「公共投資」の方が「所得税減税」の倍以上の効果がある。今だに「所得税減税」の方が効果があると主張している人々は、是非この経済企画庁の試算は間違っていると反論すべきである。筆者のような立場から考えると、「真水部分」に減税が含まれるなら、その対策の効果も小さいものとなる。特に「減税」と言っても、一番効果が小さいのは所得税率の改正であり、二番目が減税額が一律の「特別減税」である。減税の中で一番効果が考えられるのは「消費税の減税」であるが、不思議なことに「消費税の減税」はほとんど話題にもなっていない。これは減税論者がいかにいい加減かを示している。また法人税減税はその効果を予測すること自体が難しいが、ほとんど景気対策としての効果は期待できないと筆者は考えている。2月に行なわれた「特別減税」も効果がなく、理論的にも効果が小さい「所得税減税」が世間では景気対策の切り札のように考えられている。筆者にはこのような世論の動きがどうしても「気持ちが悪く」感じられるのである。いずれにしても今後の減税論議には注目して行きたい。
- 経済運営の難しい点
現在、政府による経済運営が難しくなっている。まず景気対策である。「財政改革法」の存在を別にしても、景気対策を困難にしている要素がある。それは地方自治体の出方である。今回の自民党の16兆円の景気対策も国だけの対策である。従来、景気対策を国が具体化させた時には、地方もこれに呼応して、公共事業などの景気刺激策を追加したものである。つまり、不景気に対して国、地方を挙げて対応を行なってきた。これが景気対策の効果を高めたのである。ところが今回の不況では、政府がようやく対策に本腰を入れ始めて来たのに対して、地方の対応が実に鈍い。この大きな原因は、地方が財政改革路線を今だ崩していないことと、景気対策としての公共投資への世間の風当りが強いことであろう。財政改革路線の見直しついては、国の方は早晩なされる見通しであるが、一方地方は当面難しい。公共投資へのアゲンストの風もより地方で強いようである。地方が本格的に方向転換するには、周辺に失業や倒産が劇的に増え、世論の流れが変わるまで無理かもしれない。 電力会社などの準国策会社の設備投資の動向も重要である。特に電力会社の設備投資額は、民間の中にあってすばぬけて大きい。以前は、これらの会社も国の景気対策に呼応して設備投資額を大きく増やしていた。そしてこれが実質的に公共投資の追加と同じ経済効果を持っていた。ところが電力会社も最近は通産省の「電力料金の引き下げ要請」を受け、そのため設備投資を抑えて来た。今回の国の不況対策に呼応してどれだけ設備投資を増やすか疑問である。NTTやJR各社の設備投資の動向も同様である。 16兆円の対策が公表されても、市場の反応はかんばしくない。特に株式市場は下落を続けている。この原因を「対策に減税がはっきり示されていない」と、今だにトンチンカンな解説がなされているが、筆者は、今回の深刻な状況では対策がまだ小さいことと、景気対策は国だけが突出しており、国全体でこれを行なうと言う雰囲気がまだできていないからと考えている。しかし、この流れを急激に変えることは現状において難しい。その条件が整っていないからであり、これについては本文の最後に再度述べる。 公共投資に関連し、難しいことが別にある。これは景気対策として公共投資を急増させた場合、事業の施工能力にネックが生じる可能性があることである。土木会社や建設会社には当然余裕があるが、発注側の設計能力がそれについていくかと言うことである。施工能力のネックにより公共投資予算の消化が遅れるなら、景気回復にも悪影響があると言うことである。 もう一つ政府による経済運営を難しくしているのは「金融の問題」である。今の日本の金融市場は異常な状態にある。史上空前の低金利でありながら、企業や銀行が資金調達に苦しんでいるのである。これについては別の機会にまた述べるが、この状態が政府日銀の金融政策を困難にしているのである。現在為替は、膨大な経常収支の黒字にかかわらず、「円安」基調で推移している。政府日銀が「円安」を阻止しようとすれば、市場から円資金を吸い上げること、つまり債券を市場に売る「売りオペ」を行なうことになる。しかし、これを行なえば民間の資金調達が難しくなり、信用不安が増すことになる。したがって政府日銀は「円高」への誘導を安易に行なえないのである。幸いにも米国から経常収支の是正を為替調整で行なおうと言う話が出ていないが、経常収支の黒字が続けば、これも現実となる可能性がある。政府日銀としてはそのような事態を避けるためにも、為替の安定を維持することが肝腎である。しかし、政府日銀が市場の介入でこれを行なえば、企業倒産を増やし、不況をさらに深刻なものにする恐れがあるのである。 今、為替市場は日本の景気の推移を見て動いている。景気が良くなると見ると「円高」になり、悪くなると見ると「円安」になる傾向にある。これが経済理論にかなうかどうか疑問であるが、所詮市場を支配する「空気」と言う物はそんなものである。筆者には景気が良くなれば、物価が上昇し、「円」の価値が下落するからむしろ景気の回復は逆に「円安」の要因となるとも考えられるのである。これについては2/24(第4号)「為替レートの動向を考える(その1)」で述べたように、市場を支配する論理は特別である。具体的には一番声の大きい者の「論理」で動くのである。市場に参加している者は、その取引で利益を得ることが目的である。つまりこのような人々は理論的に為替のあるべき水準を考える必要はない。したがってこのような市場参加者がよくマスコミを通じ政府の経済政策にコメントを行なっているが、これらの意見で経済政策が左右されることはとんでもないことである。 現在、幸いにも為替市場は「景気が良くなること」が「円高」の材料となっている。政府日銀は市場介入で為替のコントロールをすることが難しくなっているが、景気対策をどんどん実行することで、実質的にこれを行なうことが可能なのである。そしてこれは今の国策にも合致している。 いよいよ今週号の結論である。日本政府の採るべき一番先に行なうべき景気対策は「人心の一新」である。今の内閣は、これまで「財政の再建路線」を強力に押し進めてきたのである。これから行なう景気対策はこれと180度方向が違うのである。その政策を同じ総理がやることに無理がある。地方自治体も国の政策に追随して「財政の再建路線」を行なって来たのである。国家の全体は橋本総理のように器用に方向転換ができない。「君子豹変す」と言う言葉があり、これは決して悪いことではない。しかし、これは事前にはわからない事態が発生したり、外部の状況が大きく変化した場合のことである。ところが今回の不況は、かなりの部分橋本政権の政策で引き起こされ、さらにそれがかなり予想されたものである。これから実行される景気対策の効果も国民全体のマインドに大きく影響される。政策トップの人事が変わらないのに国民のマインドを変えることは無理であり、これは株式市場の動きを見ていてもこれが理解できる。ただ後継者がいないと言う意見がある。たしかに難しいと感じられるが、人がいないわけではない。筆者が心当たりがあるとすれば、主流派からは早くから「財政改革路線」に疑問を呈していた野中幹事長代理であり、反主流派からは積極財政の亀井前建設相あたりである。この二人を中心に新しい内閣を造るべきと筆者は考える。
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