経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




10/1/18(599号)
財政非常事態宣言

  • 虚言・妄言のルーツ
    世の中では「本当ではない事」、あるいは「真実ではない事」が、あたかも「常識」として通用している。どういうわけか特に日本にこのような例が昔から多い。筆者はこれらを虚言・妄言の類と呼んでいる。

    最近の例としては新型インフルエンザ騒動である。他の国に比べ、日本ではこのインフルエンザに対する対応が異常であった。街には多数のマスクを付けた人々が行き交っていた。世界中でこのような無気味な光景が見られるのは日本だけである。


    しかし新型インフルエンザが流行し始めた頃、ある専門家がテレビ番組に出演し、それほど心配する必要はないと言っていた。この話が論理的で説得力があったため、筆者は最初から何も心配していなかった。この良心的な専門家は「今回の新型インフルエンザの毒性は弱い。また日本では在来型のインフルエンザでも毎年1万人くらいは死んでいる。」と説明していた。もちろん死亡のほとんどはインフルエンザによる合併症による。

    後の様子を見ていると、この専門家の話は本当であった。新型インフルエンザは、感染力はなかなかのものであったが、在来型のインフルエンザに感染して毎年1万人程度が死んでいることを考えると、死者の数(ほとんど合併症による)は極めて少ない。今日、人々は新型インフルエンザにほとんど興味を示さなくなっている。


    しかし新型インフルエンザ発生当初はマスコミも大騒ぎをしていた。いい加減な評論家がテレビに登場し、一ヶ月くらい外出できなくなるおそれがあり、食料品を大量に買いだめしておくことを勧めていた。翌日、スーパーには「食料品の買い備えは当店で」という張紙が貼ってあったのには筆者も驚いた。

    前述の専門家だけでなく、ほとんどの医療関係者は、最初から今回の新型インフルエンザが大したことがない事を知っていたふしがある。しかしマスコミに登場すると、このような専門家の多くは新型インフルエンザの脅威を強調していた。このようになったは、日本のマスコミやメディアが、真実を伝えるより、人々を脅かすことに重点を置いた報道姿勢にあるからと筆者は見ている。


    新型インフルエンザの例に見られるように、日本のメディアは科学的に物事を追求しない。この結果、日本では虚言・妄言の類がはびこるようになった。また虚言・妄言の類が「常識」となっている日本においては、むしろこれらに異論を唱えるまともな論者はマスコミやメディアから排除される。

    日本では数々の虚言・妄言の類が流布しているが、その中で断トツで問題なのは「日本の財政が危機」という大嘘である。これによって日本の経済政策はずっと誤ったり大きく制限されてきた。名目GDPの減少を見ていると、このことによって日本経済の方が本当に危機的状況に陥ったと感じる。


    「日本の財政が危機」という虚言・妄言のルーツは、06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」で取上げた鈴木善幸政権の1982年「財政非常事態宣言」である。これ以降28年間、日本の財政運営はこの間違った路線の延長線上を進んでいる。筆者は、今日の日本経済の危機と没落を招いたきっかけは「土光臨調」とこの鈴木善幸首相の「財政非常事態宣言」と考えている。


  • 城内議員の質問主意書
    最近、この鈴木善幸政権の「財政非常事態宣言」の問題を取上げたのが、城内実衆議院議員(無所属)の質問主意書である。質問主意書は政府の見解を問うことを目的に議長に提出される。これは国会議員の権利であり、政府はこれに回答しなければならない。


    昨年12月2日に提出された城内議員の質問主意書は、経済モデルによる分析がないまま政府高官が予算規模に言及している問題を糾すものであった。質問事項は「経済モデルを使った新規国債発行額」「国債残高と日本国債の信認」「財政危機の認識」の三つである。経過は省略するが、筆者の手元に質問主意書作成に使った基礎資料のコピーがある。

    質問主意書の一つ目の要旨は、予算規模を決めるには、これによって経済活動のレベルに影響を与えるのだから、予算規模の違いによってどの程度経済指標に違いが出てくるのかを示す義務があるのではないかというものである。二つ目は国債の信認は、国債発行残高ではなく経済の状態ではないかというものである。

    そして三つ目は、明確な根拠を示さないままこれまで「財政非常事態」「財政危機」と言われてきたことに対する見解を問うものである。この質問主意書に対する政府の回答は、おざなりなものでありここでは省略する。筆者は全面的にこの質問主意書の内容に賛同する。特に三つ目の「財政危機の認識」に強い関心を持つ。


    鈴木首相の「財政非常事態宣言」が出た当時、日本の国債発行残高は96.5兆円と今日の10分の1程度であったと、城内議員の質問主意書は指摘している。当時、こんなに大量の国債を発行していたなら必ず金利が高騰すると言われていたものである。しかし質問主意書で言っているように、82年当時の8%から今日の1.2%と、反対に長期金利は下がる一方であった。

    城内議員は、根拠を示さないまま政府が「財政非常事態」「財政危機」と言った表現を使うことを強く批難しているのである。実際、国債残高が増え続けているのに、物価は下がり長期金利も下がり続けている。28年間も「財政危機」を唱え続けてきた日本政府はまさに「オオカミ少年」である。


    質問主意書の作成に使った基礎資料には、「財政非常事態宣言」当時の新聞記事のコピーが付いている。新聞記事は朝日新聞のものであるが、他の報道機関も似たことを言っていた。まず当時の経済状況を振返る。

    二回のオイルショック後の経済不況に対して日本は大型の財政出動を行った。また内需不振を受け、企業は輸出に活路を見い出していた。これらによって日本経済は回復していたが、財政赤字は累積していった。これには物価が上昇しなくなったことも影響している。大平・鈴木内閣は財政再建のための新型間接税(後の消費税)の導入を模索していた。ところが鈴木政権の最後の半年あたりに世界的な不況となり、最後の頼みの綱であった輸出が減少し、日本経済も不調になった。


    鈴木内閣は不況で税収不足なのに景気対策に迫られる窮地に立った。大蔵省は、鈴木政権の公約である1984年の赤字国債からの脱却を断念した。さっそく朝日新聞は「財政、サラ金地獄に」(1982年9月2日)とこの方針転換を批難した。このようなマスコミの雰囲気の中、9月16日に鈴木首相は記者会見で問題の「財政非常事態宣言」を行った。

    「財政非常事態宣言」の中で、財政再建のため「聖域を設けない歳出のカット」などを行うとした。しかしこれらに対してのマスコミの反応は「財政再建の展望が示されていない」と意外に厳しかった。増税を警戒するマスコミは、一段の歳出カットを求めていたのである。朝日の論壇には「望まれることは良識の星、土光臨調会長への支援」という意見まで現れた。


    「財政再建」の公約が破たんしたと、マスコミはこの後も鈴木首相を責め続けた。とうとう鈴木首相は10月12日に退陣を表明することになる。「財政非常事態宣言」を行って一ヶ月も経っていなかった。

    今日の10分の1程度の国債発行残高しかなかった28年前から、政府とマスコミは財政危機と騒いでいたのである。また大平・鈴木内閣は何の根拠もなく財政危機を警戒し財政の再建を訴えていた。そしてマスコミに登場する財政学者(御用学者)は「今の財政の赤字が続けば、そのうち金利は上昇し制御が困難なハイパーインフレに陥る」と人々を脅していた。しかしこれらは今日から見れば大笑いのセリフである。

    しかし28年経った今日でもマスコミの論調は当時とほとんど同じなのである。マスコミに洗脳されている国民の雰囲気も変わらない。例えば土光臨調に当るものは今日の「事業仕分け」であり、無駄を削れば財政が健全化すると国民・大衆は思い込まされている。



来週は、本当に日本の財政が危機的状況なのかを検証する。



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