経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/10/19(589号)
返済猶予法は不合理?

  • 市場は十分歪んでいる
    返済猶予(モラトリアム)法案、つまり「貸し渋り・貸しはがし対策法案」(仮称)に対する迫力のない批難が続いている。批難の代表的なものが「政府の介入が市場を歪める」である。現実の経済を知らない構造改革派である観念論者達の言葉である。

    今回検討されている救済策が金融市場に悪影響を与え、効率的な資金配分が阻害されるというのである。単純で誰でも解る幼稚な古典派経済学、新古典派経済学の信奉者らしい発言である。しかし心配しなくとも既に市場は十分歪んでいる。


    完全競争、あるいはそれに近い市場はほとなどない。完全競争に近い市場は、発展途上国の農業や日本国内ならフリータ市場ぐらいなものである。原油市場にはOPECというカルテル機構があり、さらに原油先物市場では価格操作まがいの投機資金の流れがある。原油価格は全く実需とは関係のない動きをしている。

    世界の鉄鉱石は3社で独占され、買う方も中国のように政府が前面に出てくることもある。穀物市場には穀物メジャーがいて、さらに先進国では農産物に政府の補助金があるのが当り前になっている。グローバル競争全体においても、各国の参入障壁に加え、中国のような不当な為替操作を行っている国がある。「政府の介入が市場を歪める」なんて、今頃、何を言っているのかと思う。


    返済猶予債権には貸倒リスクが伴い、これを何らかの形で政府が保証することになる。そしてこの「財政負担」を問題にする人々がいる。しかしバブル崩壊後、政府はずっとこの種の負担をしてきたのである。住専しかり、また長銀などにかなりの政府資金を直接的に投入してきた。

    さらに銀行などの金融機関は巨額な貸倒金を償却してきた。この金額はゆうに100兆円を越えるであろう。一見、これらは銀行などの金融機関だけの負担のように見える。しかしこれによって税収が激減したのである。実行税率が40%とすれば、既に40兆円を越える金額を政府と地方が間接的に負担したことになる。


    直近では日航が銀行に2,500億円の債権放棄を要求している。もしこれが実現すれば、同様に1,000億円程度の税収が減ることになる。つまり中小・零細企業の返済猶予に伴う財政負担だけを問題にする人々は経済の実態を知らないのである。

    小渕政権、麻生政権のもとで、中小企業に対して既に政府保証による新規貸出が実行されている。住宅ローンの個人を除けば、今回の返済猶予(モラトリアム)法案の主な対象は、これより小規模で資金力も劣る企業が中心になると考える。これらの企業にはこれまで光が当ってこなかった。

    日本の雇用の70%は中小・零細企業が担っている。今回の返済猶予法案の対象企業は、このかなりの部分を占めている。政府は雇用安定助成金などによって雇用の維持を支えようとしている。しかし雇用の受け皿となる中小・零細企業が、資金繰りに窮してどんどん潰れるのなら、一体何をやっているかということになる。またこのクラスの企業の経営者には借入金に伴う個人保証というもう一つの問題がある。


  • 借りたものは返すのが当たり前?
    バブル経済崩壊後、政府は何回も景気対策を行ってきた。公共事業や所得税・法人税の減税に加え、設備投資や住宅建設の促進などである。特に税制上の優遇策の実施によって、政府が景気対策として設備投資や住宅購入を推進してきたことは間違いない。今回の返済猶予法案の対象になる企業や個人は、国策に沿って長期借入金を借りて設備投資を行ったり、住宅ローンを組んで住宅を購入した企業や人々である。

    通常の経済状態が続いていたなら、借金をして設備投資を行ったり住宅ローンを組んで住宅を購入しても、借入金返済に問題は起らなかったと考える。ところが日本経済は一向にデフレから脱却しなかった。これは日本政府の経済対策が完全に間違っていたことが大きく影響している。


    結果的に日本の名目GDPはほぼ500兆円で20年間も推移している。このような酷い経済状態が続く国は、先進国の中では日本だけである。そしてこの経済状態が続くことによって一番打撃を受けたのが、国策に沿い借金をして設備投資をした企業と住宅を購入した人々である。

    政府は低いながら日本経済は実質GDPでは成長してきたと胸を張っている。しかし借金は名目で返すものであり、物価が下落したからといって減額されるものではない。また日本の金利は低いが物価も下落しているのだから、実質金利はかなり高い水準で推移してきた。


    今回の返済猶予政策に対して、同じ中小企業の経営者から「借りたものは返すのが当たり前」とか「返済猶予はモラルハザードを生む」といったもっともらしい批難がある。このような批難をしている人々はたぶん気持が良いであろう。しかし返済猶予を求める人々も「返せるものなら返したい」と当然思っている。ところがそれを許さない経済状態がずっと続いているのである。

    このような経済が続くことが分かっていたなら、設備投資や住宅購入を止めて、国債でも買っていた方が良かったのである。つまり国策に沿って借金をして設備投資をし住宅を購入した人々がばかを見たことになる。しかしこれらの人々の投資によって、日本の名目GDPの500兆円がなんとか維持されてきたと言えるのである。


    もしこれらの人々が投資をせずに国債を買っていたなら、日本の名目GDPはもっと大きく縮小していたはずだ。そうならば「借りたものは返すのが当たり前」と批難している人々の会社も倒産していた可能性がある。本来、批難すべき対象は、デフレ経済が続く日本において、デフレを加速する「財政再建」や「構造改革」、さらに「不良債権処理」といったばかげた政策を押し進めてきた日本の政府である。

    このように見てくると、財政負担によって借入金の返済を猶予することは決して不合理ではない。ただそのような政策が尋常ではないこともたしかである。もちろん筆者は、日本が早くデフレ経済から脱却しなければならないと考える。しかし今日の民主党の連立政権の動きを見ている限り、これはかなり困難である。亀井金融担当大臣も3年間の猶予期間の延長も有りうることをほのめかし始めている。



借入金の返済猶予については今週で一旦終了し、法案審議が進んだ段階でまた取上げる。来週は民主党の連立政権の経済政策について述べる。



09/10/12(第588号)「返済猶予法の原案」
09/10/5(第587号)「モラトリアムのポイント」
09/9/28(第586号)「モラトリアムの話」
09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
07/10/15(第500号)「プライマリーバランスの話」
07/10/8(第499号)「不況下の物価上昇」
07/10/1(第498号)「新総理総裁の誕生」
07/9/24(第497号)「GDP統計の読み方」
07/9/17(第496号)「安倍首相の辞任劇」
07/9/10(第495号)「経済数字の実感との乖離」
07/9/3(第494号)「内閣改造に対する感想」
07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
07/7/31(第492号)「07年参議院選挙の結果」
07/7/23(第491号)「参議員選の注目点」
07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
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07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
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07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
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