経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/9/28(586号)
モラトリアムの話

  • 銀座のデモ隊
    政策について小泉首相が、信じられないくらい不勉強であったことを先週号で述べた。国会で金融問題を訪ねられた時、小泉首相は「私は浅学非才なので、担当に答弁させます」と逃げていた。「浅学非才」と首相は謙遜しているのではないかと誤解した人もいたかもしれない。しかしどうも小泉首相は、本当に金融については何も知らなかったようだ。

    得意と思われていた郵政改革についても、ほとんどは取巻き連中が決めたようである。小泉首相本人はただ「官から民へ」と空疎なキャッチフレーズを唱えていただけである。これに対して亀井静香氏はあらゆる分野の政策に通じている。また日頃の勉強量も半端ではない。

    ある文芸評論家の経済に関する論文がテーミスという雑誌に載ったことがある。亀井さんはこのような論文もちゃんと読んでいる。亀井さんはテーミスの編集長に「この論文は良かった」と電話で話をしている。この文芸評論家が筆者の知人であり、彼から直接聞いた話なので本当のことであろう。その亀井金融担当大臣が「モラトリアル」をやると言って世間を騒がしている。


    02年の秋頃、金融機関の不良債権処理が社会問題になっていた。政府・金融庁は金融機関に不良債権の処理を急がせていた。02年と言えば都心の地価が最低レベルまで下がっていた時である。01年に成立した小泉政権は緊縮型の財政政策を採りながら、不良債権処理を進めるといっためちゃくちゃなことをやっていた。不良債権の処理を強力に押しすすめたため、不動産は投売り状態となり、さらに地価は下落していた。

    これで窮地に立ったのが、銀行借入で自社ビルを建てたオーナ達であった。日本橋界隈にそのような店鋪を兼ねたオフィスビルが多かった。危機を招いた原因の一つは倒産した大企業の不良債権処理や企業の借入金圧縮のため、大量の土地が売り出されたことである。そこに高層オフィスビルがどんどん建てられた。このため東京は極端なオフィスビルの供給過剰に陥ったのだ。この結果、日本橋あたりのビルのテナントは、条件が良くなった他のオフィスビルにどんどん引越した。引越さないまでも賃料の引下げを要求してきた。

    日本橋のビルオーナは、地道な商売の利益とテナント収入を長期借入金の返済に充てていた。ところが賃料収入がかなり減少し、銀行借入金の返済に窮した。中にはRCC(整理回収機構)に自社ビルを売飛ばされ、一家離散となった人達もいた。


    銀行借入金の返済に支障をきたしたビルオーナ達は、問題が自分だけではない事を知り一緒に行動することにし、窮状を訴え銀座でデモを行った。筆者はこれを東京新聞の記事で知り、経済コラムマガジンで取上げた。たまたまデモ隊の中心人物の一人であるAさんが本誌の読者でありさっそく連絡がきた。

    Aさんの話では、テナント収入が減ったため、長期借入金の返済期限の延長、いわゆるリスケ(リスケジュール)を銀行に申入れたところ、銀行から借入金の一括返済を迫られたケースがあるという。金利減免とか借入金の返済を止めるという話ではなく、毎月の返済額を少し減らしてくれと言っただけである。

    ところが金融庁の指導は「リスケ対象企業は要注意先から要管理先になり、債権を不良債権に区分変えし貸倒引当金を大幅に積増しなさい」ということになっていた。銀行は貸倒引当金の積増しが難しいので、一括返済を求めてきたのである。


  • 「国民運動を起こして下さい」
    Aさん達は自民党や民主党の有力な政治家に窮状を訴えることにした。国会議員は快く会ってよく話を聞いてくれた。しかし政治家にいくら話をしても、一向に解決に繋がらないのである。ある政治家には三回も面談した。しかし不良債権処理の実態が理解できていないようで、最後には「でも不良債権の処理は進めないといけないからな〜」という具合で、Aさん達はがっかりして帰ってくるしかなかった。

    自民党の経済通と言われている国会議員にも相談した。この政治家は、政府・金融庁が不況で地価が底辺を這っている時に、不良債権の処理を急ぐことのばかばかしさを理解していた。しかし小泉・竹中ラインの独裁的な政権運営には口を挟めないようであった。現実の経済を解っているこの国会議員は、Aさん達に「我々のできる事は限られている。窮状を世間に分らせるよう国民運動を起こして下さい。」としか言えないのである。


    この代議士はましな方である。Aさん達は02年の秋から03年の春にかけ、半年の間、かなりの数の政治家を訪れ実情を説明した。しかし全く埒があかなかった。

    色々な政治家に会ったが、結局、亀井静香氏しかいないという結論になった。亀井さんに会うためのアポイントは03年の春にとれた。しかし氏も多忙を極めていて(たしかイラクへの自衛隊派遣が問題になっていた頃)、一回目の面会はキャンセルになった。Aさん達が亀井氏に会えたのは03年のゴールデンウィーク明けであった。りそな銀行の処理が問題になっていた頃である。


    Aさん達はこれまでのように実情を説明した。すると亀井氏は即座に「それは金融庁の検査マニュアルとその運用が問題なのだ」と指摘した。亀井さんは完全に問題の核心を理解していたのである。Aさん達は半年の間、数多くの政治家に会ってきたが、初めて思いが通じたのである。

    金融庁の検査マニュアルは、土地投機に走った、いわゆるバブル紳士の企業を念頭に作った。それを店鋪を自社ビルに立替えた個人営業企業にも適用しようとするから問題になったのである。全く返すあてもない不動産投機会社と、地道な商売をやっている人々への債権を同等に扱っていたのである。


    最後に亀井静香氏がAさん達に「よし分かった!」と言ってお開きになった。これでAさん達の半年に渡る政治家巡りも終わった。後に金融庁の検査マニュアルの運用が改善されたと聞く。ただこれに亀井さんがどれだけ関与したかは不明である。

    またAさん達の中には、リスケだけでは十分ではなく、数年の返済猶予(モラトリアム)を強く希望する人が多かった。景気も悪く商売も最悪の頃であり、銀行借入金の返済額の減額だけでは間に合わないのである。おそらく亀井氏との面談の中でモラトリアムの話も出たはずである。ただAさん達もこれが難しいことは分っていた。今回、亀井さんが「モラトリアム」と言い出したことを、単なる「思いつき」という風なマスコミの解説がある。しかし少なくともAさん達と会った6年以上前から、亀井さんは「モラトリアム」を真剣に考えていた可能性が強い。


    モラトリアムについて筆者にも考えがあるが、それは来週号で述べる。ただポイントだけを挙げておく。一つ目はモラトリアムの対象範囲である。例えば住宅ローンをどうするかである。ちょっと中小・零細企業のモラトリアムの話ばかりが先行しすぎである。二つ目は法律を改正せずに実行できるものがある。具体的には金融庁の検査マニュアルの改正と運用のさらなる改善である。三つ目は、政府は口だけ出すのか、それとも金(財政)も出すのかということである。

    マスコミでは亀井さんの「モラトリアム」発言を唐突と決めつけている。しかし亀井氏の情報力は政界で随一と筆者は思っている(賛同する政治家は多い)。アンポンタンなマスコミ人と違い、氏は何かを掴んでいるのである。


    筆者は、このところ株価は上昇してきたが、10月頃からまた経済が下降する可能性があると見ている。財政支出増大と中国などの新興国向けの輸出が順調で日本経済も上向いていたが、中国の景気回復が怪しくなっている。バルチック海運指数が6月3日にピークをつけ、一転それ以降下げ続けている。今日、指数は6月のピーク時の半分になった。これは中国の原材料の輸入がかなり減少していることを示している。バルチック海運指数の動きが実体経済に反映するのは三ヶ月後であり、どうも直近の中国経済が足踏み状態になっている可能性がある。

    とうとう為替も90円を割込んだ。ところが藤井財務相は為替介入を行わない方針である。これでは円が投機の対象になる。また選挙前に自民党でさえ第二次補正予算を検討し始めていたくらいである。しかし民主党連立政権は、八ッ場ダムなどの混乱でとても次の景気対策どころではない。このままでは年末・年始あたりの日本経済がどうなるか不安である。亀井さんはこのあたりを分っているのではないかと思われる。



来週は今週の続きである。



09/9/21(第585号)「自民党のカルチャーの変化」
09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
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07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
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07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
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07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
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