経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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今週号は筆者の都合で早目にアップしました

09/9/21(585号)
自民党のカルチャーの変化

  • 総裁候補者の軽量化
    自民党のカルチャーが変わった。自民党の雰囲気が大きく変わったのは、第一次小泉政権が成立した頃からである。そして筆者は、以前から自民党への不満はあったが、この頃から自民党に対して強い違和感を持つようになった。筆者だけでなく、周りにはそういう人が沢山いる。

    まず小泉純一郎氏という人物が総理・総裁になれたこと自体が、自民党のカルチャーの変化といえる。これまで自民党の総裁に立候補するためには、要職を経験し、政治家のグループを率いていることが暗黙の条件であった。


    要職をポイント化することもあった。例えば幹事長や大蔵大臣は3点、ほかの党三役や官房長官は2点、大蔵大臣以外の大臣は1点といった具合である。総裁になるには、このポイントの合計が最低点をクリアしている必要があると言われていた。また当選回数も併せて考慮された(当選10回程度以上)。さらに閣僚経験だけでなく、党三役といった党務の経験が必須であった。

    「グループを率いている」とは、単純には派閥の領袖ということになる。たしかに梶山静六氏のように派閥の領袖ではない者もまれに総裁選に出たことがある。しかし氏には国会議員のシンパのグループが存在していた。梶山氏は派閥の領袖に準ずる政治家と見なされていたのである。つまり小泉首相は、当選回数を除きとてもこれらの総裁選に出る資格を持っていたとは言えない。それまでの例外は海部首相くらいなものである。


    時代とともに政党のカルチャーが変化するのは当然という意見もあるだろう。しかし変わり方によっては、従来の支持者が離れて行くことを覚悟しておく必要がある。自民党の総理・総裁になるためにこのような条件を付けるには理由があった。まず総理・総裁になる者は、要職を経験することによって識見を高めることが要求された。また政権を運営するために党内に強い基盤を持つ必要があったのである。

    たしかにそれまでにも党内基盤の弱い総理・総裁がいた。三木氏、中曽根氏、海部氏、橋本氏などである。中曽根氏については意外と思われるかもしれないが、氏の率いていた派閥はけっして大きくなかった。田中角栄元首相の支援で政権を維持していたのである。しかし小泉氏ほど党内に基盤を持たない首相はいなかった

    党内基盤の弱い首相には共通の行動様式がある。やたら「改革」を唱えるのである。政治改革、行財政改革、構造改革といった具合である。筆者は、彼等は党内の基盤が弱いことが原因で、世間の支持を求める必要に迫られていたと見ている。世間は「改革」という言葉に弱い。


    今回の自民党の総裁選に出馬すると目されているメンバーを見ても、誰一人として上記の条件をクリアーした者がいない。つまり誰が総裁になっても力のないリーダである。仮に国民的に多少人気があっても、自民党のリーダとして十分に働けないなら、自民党の総裁といっても単なる「飾り」である。

    国民は敏感なところがあるから、そのうち自民党の総裁が軽んじられていることが分るはずだ。そのような総裁の下では、党の再生はとても困難であろう。これまで自民党が次代のリーダを育てることを止めたことと(小泉政権が閣僚に民間人を多用したことなど)、また有力なリーダになるべき人材を遠ざけたり追出したりしたことのツケが回ってきたのである。それにしても自民党の総裁候補者は軽量化した。


  • 不当な「族議員」非難
    意外と思われるかもしれないが、かっての自民党の国会議員はよく勉強した。党の正式機関である部会はもちろん、夥しい数の議員連盟でも講師や官僚を招いて勉強会を開いている。自民党の国会議員は極めて忙しい生活を強いられている。時間がないので、このような勉強会などは朝食会などの形で行われるケースが多い。

    経緯は省略するが、筆者はある議員連盟から出された政策アンケートに回答を書いたことがある。ある国会議員の秘書から回り回ってきたものである。アンケートの質問内容は極めて真面目なものであった。ちなみにその議員連盟の代表世話役は小林興起氏(当時は自民党)であった。


    自民党の国会議員も党内で出世競争を行っている。政策の勉強に励むのもそのためである。そして特定の政策に通じた政治家は「族議員」と呼ばれる。

    ところがこの「族議員」の評判が悪い。「族議員」が政策を歪めるとか、政治家個人の利益を図るといったものである。たしかに汚職に繋がるような行動をし、司法当局のお世話になった「族議員」はいた。また自分の支持団体の利益だけを声高に叫んでいる「族議員」もいた。


    自分達を支援してくれる業界・団体のために有利な政策を実施するケースがある。マスコミはこれを「族議員」の圧力と批難する。しかし政治家が支援者の利益を考えるのは当然ともいえる。特に業界・団体の代表として国会議員になった者もいるのである。

    要は程度とバランスの問題である。たしかに政策が片寄り、一部の地域や一部の業界・団体の利益だけを考え、国益を損なう場合は問題である。しかし発言力のない人々や特定の業界が不当に不利益を被っている場合、これを是正しようと動く政治家を、一概に業界に癒着した「族議員」と切り捨てるのもおかしい。


    むしろ役所が作った政策や法律を、何のチェックもせず通す政治家の方が問題である。しかし議員自ら政策を立案したり、官僚機構が作った政策・法律に修正を加えるとなると、普段から相当勉強しておく必要がある。

    実際のところ「族議員」の方が役人より、政策に精通しているケースがけっこう多い。だいたい一人の国会議員が一つの分野に10年以上も関わっている場合は珍しくないのである。一方、官僚の方は人事異動でしょっちゅう担当が代わる。官僚機構の強みはデータを持っていることである。

    今日、官僚依存ではない政治主導の必要性が叫ばれている。しかし政治家が勉強せずに役人に対抗できるはずがない。つまり国会議員は「族議員」と呼ばれるほど政策に精通する必要がある。したがってマスコミを中心にした今日の「族議員」非難は全く矛盾している。日本のマスコミ人は何も考えていないのである。


    筆者の聞いた話では、このような勉強好きの自民党の国会議員の中にあって、若い頃から部会や勉強会に一切参加しなかったのが小泉純一郎氏という人物である。このような人物が総理・総裁になれたのだから、これも「自民党のカルチャーの変化」といえる。



亀井静香氏が郵政・金融の担当大臣に就任した。さっそく中小企業の銀行借入金や個人の住宅ローンのモラトリアムを提案して物議をかもしている。来週はこれを取上げる。



09/9/14(第584号)「自民党再生の道」
09/9/7(第583号)「一番の自民党敗因」
09/9/1(第582号)「09年総選挙の結果」
09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」
09/8/3(第580号)「自民党の問題点」
09/7/27(第579号)「苦戦の自民党」
09/7/20(第578号)「米国経済の正念場」
09/7/13(第577号)「選挙マニフェストの話」
09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
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09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
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09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
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09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
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08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
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08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
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07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
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