経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/7/13(577号)
選挙マニフェストの話

  • マニフェストと政治風土
    どうも政治家とマスコミだけが、選挙のマニフェストというものに振り回されている印象がある。マニフェストが話題になったのは6年ほど前からである。従来の選挙公約というものに問題があるため、マニフェストというものを取入れようということになった。また小選挙区制の導入により、政治家個人ではなく政党が政治の前面に出るようになったことも影響している。


    マニフェストでは、単なる公約ではなく、数値目標を盛込み政策実現のための具体的な道筋を示すことになる。「皆様の生活を守ります」とか「地域経済の活性化を実現します」といった従来の選挙公約ではマニフェストにはならない。また減税を行うと言っても財源を併せて示す必要がある。

    たしかに以前の選挙公約に比べマニフェストは投票する側にとって分りやすい。ただマニフェストというものが、有権者の投票行動にどれだけ影響を与えるか不明である。筆者は、選挙結果にはほとんど反映されないのではないかと見ている。


    日本は政党政治といいながら、政党の理念というものが薄く分かりにくい。政党の理念が比較的はっきりしているのは公明党と共産党ぐらいのものである。自民党と民主党には理念というものが感じられない。もっとも政党の理念というものが漠然としているからこそ、広く支持を集められると考えられる。

    以前、冷戦下においては、もっと政党の理念ははっきりしていた。自民党の「親米、経済発展優先、均衡ある国土の発展」に対して、社会党の「親ソ・親中、労働者保護、社会保障重視」と政党の主張は比較的分りやすかった。しかし今日の民主党は、色々な考え持った政治家の寄せ集め的政党である。対する自民党も、本来の保守政党とは言えない状態になり、民主党に劣らず統一した考えがない政党になってしまった。

    自民党の政治家達を繋いでいるものとしては政権与党という事実が大きい。もしこれで政権を失えば、自民党は本当にバラバラになってしまうかもしれない。ひょっとしたら自民党の国会議員を繋ぎ止めるものは、一等地にある自民党本部という不動産だけになってしまうかもしれないのだ。


    このような状況で本当にまともなマニフェストが作成できるかということになる。
    個々の立候補者が選挙用のマニュフェストを作成することは可能であろう。自分の考えを反映して作れば良いのである。つまりマニフェストは首長選や無所属が一般的な地方議員選では作成可能であろう。

    しかし政治家の集合体である政党となれば話が違ってくる。例えば考えがバラバラの政治家の集まりである自民党や民主党の場合、統一したマニフェストの作成は難しい作業である。それでも政権が手が届きそうな民主党の場合は、求心力が働き、なんとか執行部が強引にマニフェストを取りまとめるであろう。

    しかし今回、政権維持が不明な自民党の場合、マニュフェストを作るといってもさらに難しくなる。元々考えがバラバラなのだから統一したマニフェストはほとんど作成不可能である。またどのようなマニュフェストをでっち上げても、ほとんどの自民党の立候補者はそれを無視した言動に走るであろう。このようにマニュフェストは日本の政治風土に合わない。


  • 投票は人柄を見て
    特に自民党の意思決定プロセスは、全くマニフェストにそぐわない。政策は部会で検討され、部会の結論が総務会に諮られる。政策は総務会の承認を受けた後、法案の提出となる。このように自民党の意思決定プロセスは下からの積上げ方式である。

    マニフェスト作成を部会で行い総務会の承認を取れば従来の形になるが、膨大な数の政策を選挙に合わせて検討するなんて事実上不可能である。したがって誰かが中心になって選挙用のマニフェストを適当に作成することになる。しかしこれは自民党の意思決定プロセスによる承認を受けないので、どうしても抽象的なものになる。つまり出来上がったものはとても本来のマニフェストと呼べるような代物ではない。

    このように自民党の選挙用マニフェストなんてほとんど価値がない。ただそのような事は有権者もよく承知している。実際、選挙用マニフェストを見て投票を決める人はほとんど皆無であろう。


    このようにマニュフェストはどうでも良いと思われている。実際、政権交代も有りうるし、首相の交代も考えられる。この状況ではまともなマニフェストを作成しようなんて誰も思わない。

    ところがこのような政党のマニフェストに異常にこだわる人々が出てきた。宮崎や大阪の地方分権を主張する人気知事である。しかし筆者は、彼等が誰も興味がない政党のマニュフェストを取上げることに、強い違和感を覚える。だいたい一般の国民の関心事は、経済動向、年金、医療などであり、地方分権には全く関心がない。


    「投票はマニフェストを見て」と主張する人がいるが、筆者は「投票は人柄を見て」という投票行動の方が無難と思う。だいたいマニフェストが全てというなら政治家なんていらないことになる。
    政治課題は多岐に渡る。また現時点では分らないことが問題として浮上する事もある。政治家にはこれらの個々の政治課題について正しい政治判断が求められる。

    つまり本来政治家に求められるのは判断力と筆者は考える。しかし政治家の判断力は外からでは分かりにくい。せいぜい人柄を見て「この政治家は正しい判断をしてくれる」と一票を投じる他はないのである。また人柄の良い政治家が多い政党に投票するということになる。


    今日の自民党はまさに判断力の無い政治家の集まりになってしまった。自民党に構造改革派が跋扈し始めてから特に酷くなった。例えば小泉構造改革政権では内需拡大が否定され、日本経済は外需依存に傾いた。これが今回の世界同時不況でのショックをより大きくした。

    2011年までのプライマリーバランスの回復という何の意味のない政策が強引に進められた。それが簡単に2020年に延期されたが、それほど軽い「プライマリーバランスの回復」というものが、何故これまで重視されたのか全く意味が分らない。04/12/13(第371号)「第一回財政研交流会」で述べたように、むしろプライマリーバランスの回復のための政策が経済と財政を悪化させてきたのである。


    今回、定額給付金が支給されたが、小泉政権では定率減税が廃止された。数年前には税を引上げておきながら、今度は金を渡すから金を使えというのである。同じ自民党政権下で全く逆のこのような政策が、次々と行われているのである。

    人間は間違いを犯すものであり、同様に政治も間違う。しかし逆の政策を行うなら、何故、政策を間違えたか釈明が必要である。この説明がないか、または説明に説得力がないから自民党の支持率は低下するのである。

    国民は、自民党の政治家への信頼をなくし、自民党の政治家の人柄を疑っている。ところが自民党は、麻生総理が人気がないから自民党の支持率が低いと、いまだに勘違いしているのである。たしかに間違いを正直に認めることは小泉政治の否定に繋がる。しかしこれをやらない限り、日本郵政問題で見られたように自民党の支持率低下はどんどん低下することになる。



総選挙が近く、いずれ人々の関心はそちらに向かう。来週はその前に今日の世界の経済状況を一度取上げることにする。



09/7/6(第576号)「日本郵政問題の結末」
09/6/29(第575号)「続・国有資産の纂奪者」
09/6/22(第574号)「国有資産の纂奪者」
09/6/15(第573号)「「かんぽの宿」の一括売却」
09/6/8(第572号)「経済をマクロで見る」
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09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
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09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
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09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
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09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
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09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
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