経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/6/8(572号)
経済をマクロで見る

  • マクロ経済への無関心
    GDPの実質成長率が、昨年10〜12月が年率マイナス12.1%(確定値)、1〜3月がマイナス15.2%(速報値)と公表されている。数字通りなら、日本のマクロ経済はものすごい落込み方である。しかし世間は不思議なほど冷静である。

    たしかに需要の急激な落込みによって大きな在庫調整に迫られ、製造業で大幅な減産が行われていることを人々は理解している。しかし過去の経験則から、このような生産調整はいずれ緩和されるものと踏んでいる。また09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」で述べたように、マイナス幅が特にに大きいのは実質GDP成長率の方であり、生活実感に近い名目GDP成長率の落込みはそれほどではない(年率換算で昨年10〜12月マイナス6.4%、1〜3月マイナス10.9%)。これは輸入品の価格が大きく下落していることが影響している。


    しかし筆者は、日本人がこれほど大きなマイナス経済成長率が公表されても騒がないのは、そもそも人々がマクロ経済というものに興味を失っているからと考えている。たしかに今回の不況が人々に平等にやってきたわけではない。10人のうち1人だけが失業したり収入が激減したが、残り9人の収入がほとんど変わっていないなら、この9人はそれほど騒ぐ必要がないと感じているのであろう。つまり半径10mにしか関心を持たないことで、人々は精神的に不況を乗越えているのである。

    一方、今回の不況で職を失った人や、大幅なボーナスのカットで住宅ローンが払えなくなった人々は、一身に不幸を背負っている。しかしそうではない人々は、むしろ物価が下がり、円高で海外旅行費用が安くなったことを喜んでいるかもしれない。今回の世界同時不況は、日本国民を「川」のこちら側とあちら側に分断したのである。「川」のこちら側の人々は、あちら側の不幸な人々を見て見ぬふりをしている。しかしそれしか手がないのも事実である。

    ある面では、あまりにも長い間デフレ経済が放置された結果、日本人は不況に慣らされた。人々は、外食を減らしたりディスカウント店を利用し、収入の減少になんとなく対応している。しかしこのような事がさらに日本経済全体の縮小に繋がっている。


    筆者は、一般の国民の視野が半径10mに縮んでしまっている事を無理からぬと考える。しかしもっと大所高所に立つべき政治家達も同じような目線になっていることが問題である。同様の事が、日本経済全体に関心を持つべきはずの経済学者・エコノミストや官僚にも言える。

    このような風潮を助長したのが、日本で猛威をふるった構造改革と財政再建の動きである。構造改革運動では、自己責任が強調され、政府のマクロ経済政策は軽視された。むしろ公共投資などの需要喚起政策は日本経済にとって有害とされた。

    財務省の長年の悲願は消費税の大幅増税による財政再建である。消費税の税収はGDPの一定割合であり、経済の好不況にあまり左右されない(対する法人税は景気に大きく左右される)。したがって消費税の安定収入が大きくなれば、財務省はマクロ経済の動きに関心を持つ必要がなくなる。つまり財務省も半径10mにしか関心を持ちたくなくなっているのである。


  • 合成の誤謬
    個別の企業の経営とマクロ経済を混同している人々が多い。個別の企業が儲かることが、いつも日本経済全体にプラスと信じている人々である。たしかに日本全体の経済が成長し、企業の利益が増えている時代はそう言えるかもしれない。しかし売上が増えない時に企業の利益が増えるという事は、どこかに皺寄せが行っているはずである。おそらく「従業員や下請企業などへ」である。


    日産の再建が話題になっていた頃、学者なのかバラエティタレントなのかよく分らない田嶋陽子氏が、「日本の総理大臣を日産のカルロス・ゴーンにしろ」とテレビ番組で発言していた。カルロス・ゴーン氏に日本の財政再建をやってもらおうという話である。

    企業が立派になれば、日本の経済も良くなると錯覚している人々が多い。しかし企業の経営がリストラで良くなっても、一方で落ちこぼれを生んでいるのである。国民経済とかマクロ経済というものは、立派になった企業だけでなく、これによる落ちこぼれをも含んだものである。経済全体ではリストラの効果はプラス・マイナスがほぼゼロとなるはずである。マクロ経済学ではこのことを「合成の誤謬」と呼ぶ。

    「合成の誤謬」は初歩的な概念であるが、人々が忘れがちなものである。このテレビ番組には他にも知識人とされる人々が出演していたが、田嶋陽子氏のこの暴言に誰も反論しなかった。ところで最近、日産が資金繰りに困り公的資金の借入を要請しようという話が出ている。日産の経営も言われていたほど良くなっていたわけではないのであろう。


    しかし日本のエリートと言われている人々の経済に対する認識も、田嶋陽子氏と同レペルである。6年ほど前、ある経済学者が、大阪の商工会議所の専務理事に「日本の需給ギャップは30%もあり大変」という話をした。ところがこの専務理事は「そうなんですよ。だから30%の企業を潰さないといけないのです。」と言ってのけたというのである。

    当然、この経済学者は日本における需要不足を指摘し、総需要の増加政策が必要という事を言いたかった。ところが彼のこの驚くような発言に、これ以上話をしても無駄とさっさと帰ってきたという話である。この専務理事は経済産業省の官僚OBである。


    聞くところによれば、エリート官僚の間では、この専務理事のような考えは例外ではなく、普通という話である。むしろ需要不足を問題にする官僚の方が少数派なのである。つまり構造改革は小泉政権だけの専売特許ではなかったのである。しかし真の「エリート」とは、国家全体に思いが及ぶ人々の事でなかったのかと筆者は思っている。

    このような日本の状況では、リストラの対象の中小企業は大変である。商工会議所に会費を納め、その商工会議所に潰されるのではやっていられない。日本で企業の開業率が極端に小さいのもうなづける。


    このように日本経済がおかしくなり始めたのは、財政再建を唱えた大平内閣あたりからである。「緊縮財政」→「企業の輸出依存」→「円高」→「金融の超緩和」→「バブル生成」→「バブル崩壊」といった順番であった。これに似たパターンが橋本政権、小泉政権でも繰返された。

    経済問題をマクロで捉えなければならないのに、これまで個人や企業の努力で解決がつくとという構造改革派の考え(一種の新興宗教)が浸透していた。しかし今回の世界同時不況で、日本でも経済全体を見て行く必要性が再認識され始めた。人々も「構造改革で経済が成長する」という話が虚言・妄言ということに気付き始めたといえる。



日本郵政が話題になっている。来週はこれを取上げる。



09/6/1(第571号)「日本のケインズ経済学」
09/5/25(第570号)「裁判員制度に一言」
09/5/18(第569号)「半径10mの関心」
09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
07/10/15(第500号)「プライマリーバランスの話」
07/10/8(第499号)「不況下の物価上昇」
07/10/1(第498号)「新総理総裁の誕生」
07/9/24(第497号)「GDP統計の読み方」
07/9/17(第496号)「安倍首相の辞任劇」
07/9/10(第495号)「経済数字の実感との乖離」
07/9/3(第494号)「内閣改造に対する感想」
07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
07/7/31(第492号)「07年参議院選挙の結果」
07/7/23(第491号)「参議員選の注目点」
07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー