- 景気の現状とマスコミ
日本の景気の現状を大丈夫と考える者はいないだろう。しかし、ほんの半年前までは「景気は回復基調にある」として、「財政構造改革法」と言うとんでもない法律が審議されており、昨年の暮れにはこの法律がついに成立しているのである。また昨年の今頃には97年度予算が審議されていた。マスコミは財政の再建が日本経済の活性化のために必要な施策であり、97年度の予算案では公共投資の削り方が甘いと言っていたのである。 極端なエコノミストは、昨年1月の株安に際して、「97年度の予算案では財政支出の削減は十分ではなく、財政再建の道筋がはっきり見えない。そのため「日本売りが起こっている」と説明していたほどである。実際は株価の下落が始まったのは、それより一ヵ月も前のことであった。つまり97年度の予算案が公表された時であった。選挙に勝った自民党が公約通り、財政当局のシナリオに乗って、緊縮予算を決めてからである。株式市場はリアリズムで動いており、緊縮予算が現実のものとなって、市場が不安定になっていたのである。1月の下落は、日本の機関投資家が3月に決算調整のため、持ち株を売って来ることを予想した投機筋が先回りしてカラ売りをかけたからである。カラ売りをかけた方は株価が下落するほど、儲けが大きくなる。日本のマスコミは、このような投機筋に取材し、「97年度予算のでは財政再建の道筋が見えない」と言う言葉を鵜呑みにし、前述したエコノミストの発言と合わせ、「日本売り」を喧伝していたのである。実際は、ほとんどの外人の投資家は日本の株式を売っていなかった。それ以降も外人の日本の株式の買いは継続していたのである。ちなみにこのエコノミストは現在も時々テレビに登場し、景気回復には「法人税の減税が必要」と今だにトンチンカンなことを主張している。 財界も同様に財政再建を優先することを主張していた。今頃になって「法人税減税」や「公共投資」が必要と言っているが、全く迫力がない。丁度一年前はこのような主張が世論を支配していたのである。今の不況を政策不況とマスコミは言うが、政府がそのような予算を組むような「空気」を作ったのもマスコミである。今マスコミは景気対策として「公共投資より減税」と言う主張を繰り返している。その減税とは「所得税と法人税」である。筆者は、まずこれらが景気対策として効果が小さいか、あるいはほとんどないことを説明しておきたい。 所得税の減税の効果が小さいことは、本誌でも何回か取り上げた。2/23(第54号)「日経新聞と経済を考えるーーその1」でもこれについて述べたので参照願いたい。最近では一回限りの減税では効果はないが、これを恒久化すれば効果があると言う珍説が幅をきかしている。恒久化すれば効果が多少増えることは筆者も理解できるが、その差は微々たるものと考える。実際、94年2月の不況対策では5兆円の所得税住民税の減税を行なった。さらにそのうちの2兆円は「特別減税」として3年間続けられた。恒久化とは言えないが3年間続けると宣言し、所得税の減税を行なってきたのである。ところが消費性向は一向に小さくならず、減税のかなりの部分が貯蓄に回ったのである。景気対策に「所得減税」を主張する人々はこの事実を知らないのか、これに触れようとはしないのである。筆者は、今回の2兆円の「特別減税」の効果も同じようなものと予想している。 「法人税減税」の経済効果を予測するのは難しい。しかし、「法人税」はそれ自体に景気安定機能を持っているのである。つまり景気が良くなれば、企業の利益が増えることによって法人税が増え、景気が加熱するのを防ぐことになる。反対に景気が低迷すれば、企業収益が減り、法人税も減ることによって景気の下支えを行なうのである。もし日本の法人税率が諸外国より高いのならこの「法人税の景気のスタビライザー」としての機能は大きいと言える。つまり景気がこのまま低迷すれば、税率を下げなくとも98年度の法人税は相当減少するのである。景気の上昇面では法人税率の引き下げが、企業の投資を活発化させる可能性は考えられるが、これから一段と景気が下落するかもしれないと言う局面で、税率が下がるから設備投資を増やそうと言う企業はほとんどないであろう。多国籍企業が投資を行なう際に、その国の法人税率を考慮することもあるかもしれないが、日本の景気の現状では、例え税率が下がっても、投資が増えるとは考えにくい。 反対に日本の高いと言われる法人税率が、日本企業の設備投資を促進してきたとも言えるのである。つまり「税金に半分以上とられるくらいなら、設備投資を行なって税金を少なくしよう」と言う考えが日本の企業にはあるのである。日本の過剰な設備投資は大きい法人税率が影響しているとも考えられる。この結果もあってか日本の設備投資の収益率は諸外国に比べ小さいのである。このように法人税率さえ下げれば、設備投資が活発化し、景気にプラスとは必ずしも言えないないのである。さらにこれから税率を下げる審議を行い、来年度に税率を下げても、実際の効果が現われるのは、98年度の法人税の納付時期である。これはまだ1年以上先のことであり、とても現在の景気対策と言えない。 不思議なことに減税でも、一番効果があると思われる「消費税減税」を主張するマスコミやエコノミストがいないことである。筆者は「公共投資」ほどではないが、「消費税」の減税は「所得税」や「法人税」の減税より効果があると考えている。 筆者は、公共投資は長期的観点から実行される方が経済効果も期待できると考えるが、これが諸事情で困難となれば従来型の「公共投資」でも止むを得ないと思っている。これに対して「バラまき型の公共投資ではなく、もっと減税を行なうべき」と言う論調がマスコミにあるが、例え「バラまき型の公共投資」であっても景気対策としては「減税」よりましなのである。マスコミは「公共投資」を「バラまき」とレッテルをはっているが、他に有効な手段を提案しているわけではない。今日の深刻な不況を招いた原因の一旦を担っていたことを、今だにマスコミは全く自覚していないのである。
- 回復が難しい今回の不況
日本では過去に何回も不況となり、政府による景気対策が行なわれた。しかし、その効果は段々小さいものになって来ている。効果がなくなったのではなく小さくなったのである。これは平均的な日本人が消費意欲を失っているからである。日本は長い間、一部の小国を除けば、世界で一番の所得水準を維持してきたのであるから、無理もないのである。強いて言えば、良質の住宅への需要はあると思えるが、土地の問題があり、これをほぼ諦めていると考えられる。このような現状では収入が増えても、将来への備えとして貯蓄に回ってしまうのである。ほとんど利息がなくても、貯蓄を取り崩しても買うような物はないのである。たしかに公共的な需要はあるが、公共投資にはマスコミとエコノミスト、さらには財界までもが反対しているのである。 前回、不況対策が行なわれたのは4年前の「円高不況」の時であった。しかし今回の不況は当時に比べさらに事態は深刻である。それを具体的に説明すると次のようになる。
- アジアの経済の混乱
前回の不況時にはアジア経済は順調であり、資本財の輸出も増加し続けた。一転今回は同時不況となっている。残るは米国だけであるが、米国の景気の良さがいつまで続くかも問題である。唯一の救いは「円安」となっている現在の為替レートである。これが110円を切るくらいの円高になれば、輸出企業もピンチとなる。日本企業のアジアにおける不良債権と為替レートの動向は今後とも注目される。
- 金融機関の貸し渋り
貸し渋りがどの程度経済に悪影響を与えているか計量的に把握することは困難であるが、マイナスであることはたしかである。政府系金融機関がある程度これを補完しているが、これで全てを解決することはできない。貸し渋りが原因の企業倒産は今後も増え続けると考えられる。
- 地方の公共投資の削減
今回の不況の原因を「特別減税の廃止」と「消費税の増税」と世間は受け取っているが、筆者はたしかに「消費税の増税」は影響していると思われるが、「特別減税の廃止」がどれほど影響しているか疑問である。筆者はむしろ次に述べる「住宅投資の減少」や地方の公共投資の減少の影響の方が大きいと考えている。政府の97年度の公共投資は96年度とほぼ同一水準であったが、地方はかなり公共投資を減らしていると考えられる。統計数字がないのではっきり言えないが、建設工事の受注額の推移を見れば、地方の公共工事の発注がかなり抑えられていると考えられるのである。問題は98年度の地方の公共投資動向である。98年度予算では、政府も公共投資を減らしているが、地方は政府以上に減らしている。今後、政府は公共事業の前倒しと補正予算で公共投資額をある程度確保すると考えられるが、地方が公共投資をどれだけ増やすか疑問である。従来なら、景気対策で政府が公共投資を増やせば、地方もそれに呼応して公共事業を増やしたものであり、これらが景気回復の力となった。しかし今回は地方がすんなり公共投資を増やせない事態が考えられるのである。 一つには財政上の問題であり、どの自治体も債務累計額が限度に来ていると言っている。もう一つは「公共投資」に各方面から非難が集中していることである。たしかに特にここ数年、「談合」を始め、「公共工事」にまつわる不祥事が報道された。世論の動向は地方の公共投資により厳しくなっていると思われる。さらに「カラ出張」などがあって、地方自治体の支出全般に対する見方も一段と厳しくなっている。地方自治体としては非難を受けるより何もしない方が良いと考えるのが自然である。つまり、今回政府が景気対策として公共投資を増やしても、地方がこれに呼応しない事態が考えられるのである。
- 住宅投資の減少
住宅着工件数は着実に減少している。本誌ではこれが今回の景気後退の大きな要因と考えている。1月の住宅着工件数は8万8千件とついに10万件を大きく割ってしまった。対前年同月比では16パーセントのマイナスである。このペースが続けば、98年度は今年度より20万戸以上の減少と予想される。これは最終需要で約6兆6千億円のマイナスである。この金額が他の消費に回れば問題がないが、かなりの部分が貯蓄されることである。 これまでも住宅投資は公共投資と並んで、景気をリードしてきた。そのため政府は融資や税制でこれを喚起してきた。ところがこれによりハイペースに住宅建設が進んだため、需要が限度に来たのである。住宅が必要な人々は一昨年、消費税アップ前に駆け込みで購入しており、それ以降は住宅の着工が着実に減っているのである。これを元のペースに戻すには抜本的な「土地問題の解決」しかないと思われるが、現状ではこれが無理であろう。
以上のように今回の不況は、従来に比べ深刻である。このような状況で民間の設備投資を期待することはできない。さらに世間では「景気対策には公共投資より減税」と言う間違った主張が強くあり、このような状況では景気回復に有効な手段も限られる。しかし、長期金利は史上最低レベルを推移しており、ついに1.5パーセントを切るところまでに達している。この資金を活用しなければ景気回復は無理と市場は合図を送っていると筆者は考えている。
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