平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/5/18(569号)
半径10mの関心

  • 世界と国家への無関心
    先週の日曜日の朝、日本テレビ系の番組で高速道路の1,000円への値下げの経済効果が話題になっていた。コメンテータの森永卓郎氏は「国民の所得が増えているわけではないので、効果は限定的」と発言していた。それに対して同じコメンテータの北村弁護士が「そんなことはない。かなり経済効果がある。」と強く反論した。

    筆者は森永氏の意見に賛成である。国民の所得が増えない限り、高速道路を使用した消費支出が増えても、他の消費はその分減る。したがってこの政策は経済成長にほとんど影響がないと考える。消費は所得の一定割合であり、高速関連の消費支出が増えれば、他の消費は減る。これを消費の代替効果と呼ぶ。ケインズ経済学ではこれが常識である。


    規制緩和で経済が成長するという嘘話もこれに似ている。04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」で説明したように、国民の所得が増えない限り、どれだけ規制緩和を行っても全体の消費は増えない。したがってGDPも伸びない。

    ところが多くの人々は、高速料金を1,000円にしたり、規制緩和を行えば消費が増え経済が成長すると錯覚するのである。北村弁護士などが、高速道路が車で一杯になっているビデオを見て、即物的に経済効果があると思い込むのも無理はない。しかし本当に経済効果があるのかどうかを判断するには、プラスになったものとマイナスになったものを合計する必要がある。現実は高速関連の消費が増えても、例えばJRなどの乗客がかなり減っている。おそらく両者を合計すればほとんどプラス・マイナスがゼロと考えられる。


    今日、日本では全体を見ないまま物事を判断する風潮が定着している。自分が見聞きした事が全てと思い込んでいる。たしかにそれでも日常生活に支障はない。

    筆者は、最近の日本の国民が全体の事を考えることを嫌うようになったと感じている。日本人のほとんどは、今日、自分の半径10mぐらいにしか関心がない。国家とか世界というものは、自分とは別世界と考えている。


    考えて見れば、歴史的に日本では、ずっと国家とか世界を考えずに生活が成立っていた。ある意味では幸運な国であったと言える。本当に半径10mぐらいの事を考えておれば良かったのである。状況が変わったのは、列強がアジアに進出してきた幕末の頃からである。

    鎖国が終わり、日本人は否応無しに世界と向き合うことになる。これ以降、第二次世界大戦の終了、さらに冷戦が終わるまで日本人は世界に関心を持たざるを得なかった。技術や文化だけでなく、革新的と思われている思想も欧米から入ってきた。


    冷戦体制が崩壊するまで、日本では社会主義・共産主義の左翼勢力が強かった。特に共産主義者の究極の目的は世界同時革命である。労働組合で唱われる歌も「インターナショナル」であった。

    筆者は、25〜30年くらい前からか日本人は世界とか国家というものに対して急速に興味を失ったと感じている。半径10mぐらいにしか関心がなくなったのである。学生運動が下火になり、社会主義・共産主義の国家の悲惨な現状が知られるようになった頃からである。経済や政治に関する本が売れなくなった。売れるのはノウハウ本や個人の趣味的なものばかりである。


  • 吹っ飛んだ財政再建路線
    世界や国家について語ることは、今風に言えば「ダサイ」という認識が広がっている。多くの日本人は、半径10mの範囲の事だけに関心を持つようになった。典型的な例の一つは、人々が「年金」に異常に興味を持つようになったことである。これについては寿命が伸びたことも影響している。

    年金受給を確実にするためには、一つの組織の中で勤め上げることが有利になる。ところでどのような組織にも「掟(おきて)」みたいなものがある。組織から追出されないために、人々はこの「掟」に従順に従う。しかしこの「掟」が正しいかどうかは考えない。


    このように今日の日本は閉塞感で包まれている。官僚組織もその一つである。例えば財務省の「掟」は財政の再建である。財務省の官僚はこれに異議を唱えることはできない。

    これまで財政がマクロ経済と密接に関連することも無視されてきた。内閣府や日銀もこれに呼応して「日本にはデフレギャップほとんどない」と喧伝してきた。また財務省にゴマをする御用学者は、財政支出に経済効果はないという嘘の主張を繰返してきた。これらは財政の再建という財務省の「掟」を背後から援護することが目的と見られる。


    同様に他の官庁も悲惨である。例えば厚労省は公的年金制度は事実上立ち行かないことを知っていながら(年金支給額を減らし、保険料を値上げすれば制度としては永久に持つが)、現行の年金制度を堅持することが「掟」となっている。また年金の積立金を絶対に取崩さないことも厚労省の「掟」になっているようだ。

    厚労省傘下の社会保険庁の「掟」の一つは、見掛けの国民年金納付率のアップである。このためにはどんなばかげた事もやってのける。年金を必要としない富裕層を追い駆け回して、年金保険料を納付するよう迫っている。また年金の納付が滞ると、年金保険料減免の手続をするよう社会保険庁から連絡が行く。これらも見掛けの国民年金納付率のアップが狙いである。

    官庁の「掟」がおかしいと分かっていても、半径10mの範囲にしか関心がなくなった官僚にはこれを変えることはできない。むしろ波風を立てずに官僚人生を全うしたいと考えるのがほとんどであろう。また日本人全体が視野が狭くなっているのに、官僚だけに天下国家を考えることを要求するのも無理がある。


    日本のマスコミは頼りにならないどころか、むしろ状況を悪化させている。まず人々が半径10mの範囲の事だけに関心を持つようになっているため、マスコミもそれに迎合する。反対に人々が関心を持ちそうもない事は、たとえそれが重要だとしてもマスコミは取上げない。

    このような事ばかりやっているので、日本のマスコミ自体の視野が狭くなっている。ところで先ほど官庁の「掟」を批判的に取上げたが、官庁のこのような行動をむしろ助長しているのが日本のマスコミである。例えば「財政の再建」がいつのまにか国策のようになっているが、これを強力に後押ししたのは日経新聞などのマスコミである。そう言えば、戦前、軍国主義を煽って、日本を後戻りできない状況に追込んだのも浅はかな日本のマスコミであった。


    本来、物事を大所高所から判断すべき立場にあるのが政治家のはずだ。ところが日本の政治家の大半は、選挙の事しか頭にない。何のために政治家になったのか分らないほどである。麻生総理にいたっては「郵政民営化に賛成していたのは当時の小泉首相だけだった」ととんでもない発言をしている。自民党の政治家は、政策が正しいかどうかではなく、選挙に勝つには小泉首相に乗るのが有利と判断したのである。

    しかしこの発言に対してマスコミが今は黙りこくっている。当時、郵政改革に反対した政治家が、造反者とレッテルを貼られマスコミに袋叩きにされたのである。この奇怪な出来事はまた取上げることにする。


    このような半径10mの範囲にしか関心がなくなった日本人に襲ってきたのが、今回の世界同時不況である。一変して財政支出を急増させる対策が講じられている。これによって財政の再建路線や2011年のプライマリーバランスの回復なんてみごとに吹っ飛ばされた。



半径10mの範囲にしか関心がなくなったのは、一般国民、官僚、マスコミ、そして政治家だけではない。もっと重要なことは、ここ20年くらいの間に経済学者やエコノミストの視野も極端に狭くなったのである。来週はこれを取上げる。

1,000円の高速料金に経済効果があったという報道がある。しかしこれはプラスの効果だけを見ているからである。マイナス効果も考慮していると言っても、マイナス効果は多岐に渡るため計測が困難な場合が多い。またマイナス効果は時間を経て出てくる場合もある。



09/5/11(第568号)「保護主義と国家」
09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
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09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
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06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
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