平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/5/11(568号)
保護主義と国家

  • 嫌われる保護主義
    今週は保護主義と国家について考えてみる。まず「保護主義」という言葉はあまり良い意味では使われない。例えば米国では「保護主義」が忌み嫌われている。歴代の米国大統領は、米国が「保護主義」に陥らないことを重ねて表明している。

    今日、米国は金融機関やGMなどに資本注入や資金繰り支援を積極的に行っている。ところがオバマ大統領はこれは「保護主義」的行為ではないと念を押している。しかしこれらは明らかに「保護主義」的政策である。つまり米国は言っていることとやっていることが違うのである。


    ところで筆者は一方的に「保護主義」が否定されていることをずっと疑問に思ってきた。政府が国民を、地方自治体が住民を保護することはある意味で当り前のことである。保護の対象は、生命・財産に加え、経済や産業も含まれると筆者は考えるのである。

    まず政府が国民の生命・財産を保護することに異論は出ない。ところが国民に雇用を提供している企業や産業の保護となると意見が別れる。個別の企業や産業の保護といった場合、反対する者が必ず出てくる。


    「保護主義」が否定される理由も考えてみる必要がある。保護することによって競争が制限され、一般的に企業や産業は弱体化すると考えらている。結局、消費者は高くて品質の悪いものを買わされるというのである。

    米国では今回の金融機関や自動車メーカを助ける事に反対する人々が多い。米国の自動車メーカは労働組合が強く、これまで他産業より高賃金が支払われてきた。金融機関の高報酬も批難の対象であった。このような両者に公的資金を投入し保護することに大勢の人々が反対している。しかしこれらの人々の多くは、政府による産業保護が不平等を生んでいることを指摘する。彼等の批難どちらかと言えば素朴である。


    ところが「保護主義」を強く否定する人々の中には、これらの人々と異なり確信的にグローバリズムを標榜する者がいる。競争が世界的なレベルで行われることが経済にとって望ましい結果を得られると主張しているのだ。つまり彼等は自由貿易の信奉者である。

    WTOの活動もこのような流れの一つである。WTOの推進者は、各国が関税を引下げ貿易障壁を低くすることによって、世界の貿易が活発になり、世界の経済が成長すると言う。これによって世界中の人々が幸せになるということになっている。


    また「保護主義」を批難し忌避するグローバリズムの信奉者は、同時に政府もなるべく小さい方が好ましいと考えている。たしかにこれまでの世界の経済の流れは、このグローバリズムの信奉者の考えに沿った形で進んできた。自由貿易が好ましいということで、関税が引下げられ、各種の貿易障壁もどんどん減らされてきた。

    この結果、たしかに世界の貿易高も毎年増え続けてきた。しかしこれによって人々が幸福になったかについては疑問がある。グローバリズムの先頭を走っていた米国では製造業があらかたなくなってしまった。また米国の需要に過度に頼ってきた日本は大不況に見舞われている。


  • 国家意識が薄弱な米国
    WTOによる自由貿易の推進がつまずいている。国際貿易が増えるにつれ、経済のグローバル化に反対する人々が増えている。WTOの年次総会は、多くの反対者が開催を実力で阻止しようする。それだけ経済のグローバル化で不利益を蒙っている人々が多いのである。

    これを裏返して見れば、一方には経済のグローバル化によって利益を得る者がいるということである。この利益を得る者が「自由貿易」という美名のもとで、経済のグローバル化を推進してきたと考えられる。筆者は今後WTOが力を失うと見ている。


    ほとんどの製造業を失った米国は、経済のグローバル化の加害者であり、同時に被害者である。米国の市場は中国製品で溢れている。かろうじて国旗だけは国産品ということになっている。

    米国にこれだけ中国製品が流れ込んだ理由は、米国の製造業が競争力を失った事だけではないと考える。明らかに中国による人民元の安値操作が影響している。元々1元が1米ドルだった為替レートが、現在6.8元が1ドルである(これでも元が高すぎると中国は言っている)。筆者は、人民元の購買力から考え、2元が1ドル程度が適正と思っている。この程度の為替レートなら、米国の製造業が今日のような壊滅状態ということにはならなかったと考える。


    米国はずっと人民元が安すぎることを批難してきた。しかしこの要求が最後はいつも腰砕けになり、米国は中国の言いなりになってきた。筆者はこの米国の態度を不思議に思ってきた。民主的と思われている米国の政治は、一部の利益を受ける者達に左右されることが多い。いわゆるロビーイストの存在と活動である。

    米国の工場を閉鎖し、中国に拠点を移した企業にとって、人民元が高くなることは死活問題である。このような多国籍企業が中国と一緒になって、人民元の切上を阻止するためのロビーイングに動いたと想像されるのである。しかしもしこのようなロピーイングに安々と左右されるとしたなら、米国という国は考えものである。


    米国にはたしかに政府はあるが、米国が一つの国家という感じがない。これには米国は州が集まった連邦国家だからという解釈がある。もし米国の国民にもっと国家意識というものがあれば、英語が話せないヒスパニックの人々をこんなに大勢の抱え込むこともなかったと考える。また人民元を安値で放置しているのも、この米国の国家意識の薄さの延長線上の事と理解している。

    しかし人民元の安値放置に関しては他の国にも影響が及んでいる。日本経済も既に大きな影響を受け、将来、抜き差し成らぬ状況になると筆者は見ている。米国の製造業が壊滅的になるのはしょうがないとしても、日本が迷惑を蒙るのは考えものである。


    自由貿易を信奉する人々は、生産性の低い製造業がなくなっても、より付加価値の高い産業に人々が移動すれば良いと説く。しかし米国で実際に起ったことは、労働者の低賃金のサービス業(ウォールマートの店員など)への移動である。それでも自由貿易を信奉者は、生産性の高い(儲かるという意味)金融業にも人々は移動していると言い張る。たしかに米国や英国は、製造業を諦め金融業に走った形になっている。

    ところが今回のバブル崩壊でこれらの金融業の実態が明らかになった。たしかに金融業は儲かっていたが、この儲けの大半は詐欺まがいの商売で得られたものであった。今後、米国の金融業が元のような巨額の利益を得ることはないであろう。


    今回の世界同時不況で、各国の国家意識が蘇った。自国の産業と雇用を守ろうと対策を行っている。米国のオバマ政権も国家意識に目覚め、産業の保護政策を打出している。やはり経済が危機的状況になれば、国家というものが前面に出てくるのである。

    一方には中国という超国家主義の国があり、このような国と対抗して行くには他の国もある程度国家主義的にならざるを得ないことに気がつくはずである。ただ国家主義という言葉も良いイメージがない。しかし世界政府というものがなく、また将来においても登場する可能性がないとしたなら、国家というものが人々を保護することになる。今回の世界的経済の危機が、この当り前の事を知らしめたのである。



来週は今週言い足りなかった事を取り上げる。



09/4/27(第567号)「中央銀行の国債購入」
09/4/20(第566号)「年金制度改正の私案」
09/4/13(第565号)「筆者の経済対策案」
09/4/6(第564号)「経済対策に必要な条件」
09/3/30(第563号)「政府紙幣論議の結末」
09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
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08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
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08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
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08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
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07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
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07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
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06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
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