平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/3/30(563号)
政府紙幣論議の結末

  • 買い切りオペ額の増額
    政府紙幣は、景気対策の切り札として色々なところで取上げられ、世間にも少しは浸透したと思われる。昔から政府紙幣の発行を主張してきた我々にとって大変嬉しいことである。もっとも政府紙幣に関してしては根強い反対があり、このことは我々も承知している。

    ただ直近の日本経済の落込み方は酷い。筆者は毎週月曜日に日経に掲載される景気指標の数字を見ているが、今年に入ってこれらがさらに悪くなっている。輸出は昨年9月のリーマンショックの翌月から急減したが、他の経済数字はこれを追い掛けるように悪くなっている。良くなっているのは先週取上げた輸入物価指数だけであり、これは昨年12月から2割以上下落している。

    つまり経済対策は、規模が大きいだけでなく緊急を要するのである。政府紙幣発行に固執し、これが実現しなければ何も対策は打てないというのではまずい。また政府紙幣は財源の話である。財源よりも、まず経済対策として何をどの程度の規模で行うかを決めることが重要である。対策の規模によっては、財源として政府紙幣の話がまた浮上してくる可能性はある。


    前述の通り政府紙幣については根強い反対がある。仮にこれが誤解に基づくものであっても、反対する人々を説得している時間がない。したがって財源を求めるための次善の策というものが必要である。これまで筆者はセイニア−リッジ政策の一つとして、政府紙幣以外に日銀による国債の購入を挙げてきた。政府紙幣が狭義のセイニア−リッジ政策なら、日銀による国債の購入は広義のセイニア−リッジ政策の一つといえる。

    まず日銀による国債の購入には「日銀による直接引受け」と「日銀による市中からの国債買入れ(買切り)」がある。しかし前者の「日銀による直接引受け」には法律の縛りがあり、財政法の第5条で国債を日銀が直接引受することを原則として禁止している。

    おそらく日銀による国債引受けがどんどん増えて行けば通貨供給量が増え、インフレになることを警戒しての措置と考える。しかしこれには但書きがあり、特別の事由がある場合には、国会の議決を受けた範囲で、国債の日銀引受けができることになっている。


    もう一つの日銀による国債の購入方法が「日銀による市中からの国債買入れ(買切り)」である。日銀は通常の金融調節の方法の一つとして、国債を買ったり売ったりしている。「買いオペ」「売りオペ」と言われているものである。しかし金融調節を目的とした買入れた国債は、そのうち市場に売出されるのが前提である。

    日銀は、このオペレーションによる国債の買入れとは別に、「買い切りオペ」というものを行っている。これは満期まで保有することを前提にした市中からの国債の買入れである。現在、毎月定額の買切りオペが行われている。先日の日銀の政策決定会合で、毎月の買切り額が1兆8千億円に増額された。

    「買切りオペ」は実質的に国債の日銀引受けと変わらない。しかしこれは通常の日銀の業務と見なされていて、国会の決議は不要である。ただし満期が来れば国は順番にこれらの国債を日銀から買戻すことになる。したがって実質的な日銀の国債引受額は底溜まりしている部分である。

    重要なのは日銀の「買切りオペ」という形で、既に日本は実質的なセイニア−リッジ政策を実施している事実である。政府紙幣に対して感情的に拒否する人々がいる。しかしこれらの人々の中で、日本は昔から実質的なセイニア−リッジ政策を行っていることを知っている人が何人いるのか考えものである。


  • 残る選択肢
    政府紙幣を発行した場合、これを日銀に持込む(入金する)ことを前提に話を進める。政府は日銀に政府紙幣や国債を渡し、これを財源に財政支出を行うことになる。政府紙幣を発行した時点で、同額の政府紙幣発行益が生じる。政府紙幣を日銀に入金した場合、日銀は政府紙幣という資産を受取ることになり、国の金利負担はない。

    一方、国債の発行は国の借金であり、購入者である日銀に国は利息を払うことになる。一見、国債の日銀購入が国にとって負担が発生するように見える。しかし日銀は国債の利息などの収入から経費を差引いた剰余金のほとんどを国庫に納付している(5%だけは準備金として日銀は積立てている)。つまり国が一旦支払った利息のほとんどは国に戻って来て、この分は国の財政上収益に計上されている。したがって発行した国債のうち日銀が購入した分は実質的に財政負担はない。


    国は日銀の発行株式の55%以上を保有することになっており、言うならば日銀は国の子会社である。したがって国の借金である日銀が購入した国債は、連結決算上は相殺されゼロになる。つまり国債発行額の15%くらい日銀が購入しているが、この分は実質的に国の借金ではない。また日銀が積立てている準備金も連結決算上では国のものである。

    このように日銀の国債購入は、政府紙幣発行と実質的に同じことである。だから本誌は日銀の国債買切りオペを広義のセイニア−リッジ政策と説明しているのである。ただ表面的に国の借金が膨らんだように見えるだけである。ちなみに戦前、高橋是清は国債を日銀に引受けさせこれを財源に財政支出を増大し、世界恐慌に巻込まれた日本経済を急回復させている。


    前段で述べたように、つい先日、日銀は毎月の国債買切り額を1兆8千億円に増額した。以前、毎月の買切り額は長い間1兆2千億円であったが、昨年12月に1兆4千億円に増額したばかりであった。これは唐突な印象を与えている。

    日銀が買切りオペ額を増やすという話が出た時には、三ヶ月前に増額しているのだから、増額はせいぜい1千〜2千億円という観測がほとんどであった。それを一気に4千億円も増やしたのである。これには今後、景気対策によって財政支出が増え、国債の発行額が増えることを見越したという説明がある。しかし建前の独立性にこだわる日銀はこれを否定している。

    もう一つの理由は、米国FRBが突然米国債の購入を発表したことである。とうとう米国もセイニア−リッジ政策の再開を決定したのである。米国は第二次世界大戦による大きな軍事需要でもデフレギャップが解消せず、戦後も大規模な財政政策を続けた。これを支えるためにFRBは1951年のアコード締結まで、青空天井で国債を買っていたのである。


    今回のFRBの購入額は半年で3,000億ドル(30兆円弱)と半端なものではない。しかもさらに3,000億ドルの追加購入も準備しているという話である。FRBの国債買入れ(実務的には連銀が行うと考える)は、非伝統的手法と前FRB議長グリーンスパン氏が踏込めなかった政策である。また米国の長期金利も現在決して高くないので、これを行うとしてももっと先の事だろうという観測がもっぱらであった。したがってFRBの今回の決定はサプライズであった。

    これは米国の長期金利を低下させ、ドル安・円高要因となる。しかし円高は日本にとって困る事態であり、日銀の決定はこれに対抗する措置と解釈される。ちなみに今回のFRBの決定に中国が強く反発している。表向きは機軸通貨の米ドルの信頼がなくなるというのが理由であるが、中国はこのFRBの決定に恐怖を感じていると筆者は見ている(中国にとって北朝鮮のテポドン以上の破壊力がある)。この話は面白いので近々取上げるつもりである。


    以上が日銀の買切りオペ増額の理由とされているが、筆者は政府紙幣の話が盛上がったこともこれに影響していると考える。日銀は政府紙幣についてコメントを発しているが的外れなものである。どうも政府紙幣論議の盛上がりを警戒しているようだ。

    対して財務省は、以前から日銀による国債の買切り額の増額を希望している。ある意味では今日の政府紙幣論議はこれに追い風となった。「買切り増額がいやなら政府紙幣」と日銀にやんわりと圧力を掛けられる。ちなみに03/5/5(第295号)「政府紙幣発行政策の誤解」で取上げた、03年のスティグリッツ教授の「政府紙幣発行」を唱えた講演会の主催は財務省であった(日本に招いたのは日経新聞)。

    筆者は、財務省と日銀の話し合いで、今回の緊急の国債買切り増額に踏切ったと想像している。日本では、小さなことで政治がもめマスコミが騒ぎ、大きな政策は官僚同士が密かに決めるという図式がずっと続いている。とにかく日本の政治家は自分達で決める事(政府紙幣発行には「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」の改正が必要であり、国債の日銀直接引受けには国会決議が必要)から逃げている。したがって残る選択肢は「日銀による国債の買切りオペ額の増額」だけである。



これから政府が10兆円規模の経済対策を検討するという話である。そこで来週から本誌なりの経済対策を提案する。



09/3/23(第562号)「GDP統計のマジック」
09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
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08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
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07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
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07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
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06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
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06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
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06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
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06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
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