平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/3/23(562号)
GDP統計のマジック

  • 実質GDP
    経済の急激な落込みに対して各国の政府・中央銀行は対策を急いでいる。以前から金融機関の経営危機に対しては、金融緩和に加え、金融機関の資本増強を助けている。しかし財政支出を伴うマクロ経済対策については混乱が見られる。筆者は、これはリーマンショック以降の経済の変調の原因がよく分らないまま、対策が検討されているからと考えている。

    目の前で自動車などの売上が急減し、経済成長率がマイナスになり、失業者が急増すれば、さすがに各国の政府もあわてる。この状況を放置する訳には行かないので、政府は何らかの対策を講じようとする。しかしこの世界的な経済不調がいつまで続き、どこまで深くなるのか分らないまま対策を繰出しているのが現状と感じられる。

    特に欧州に見られるように、どの国にも財政規律を重んじる人々がいるものである。財政出動によるマクロ経済対策は、彼等の反対論を意識しながら行うことになる。ところが肝腎の政府が経済不調の原因をよく掴んでいないため、財政規律派の人々をうまく説得できない。したがって本誌が前から予想していたように、実施される対策の規模は、せいぜいマイナスの成長率がゼロ程度になるような不十分なものになってしまう。


    今日の日本における混乱はさらに酷い。まず自民党が追加の経済対策が必要と騒ぎ出したのは、昨年10〜12月のGDP速報値が公表される前日であった。経済成長率が年率で12.7%(3月12日の改定値は12.1%)のマイナスになると知ったからである。しかし既に手遅れ状態である。何とそれまで政府・与党はどれだけ悪い経済数値が公表されても、第二次補正予算で対応は考慮していると言い張っていた。

    もちろん政府・自民党が、今回のリーマンショック以降の世界的な経済の落込みの原因を理解しているとは思われない。リーマンショックが起った時、与謝野財務大臣が「ハチに刺された程度の影響」と言い放っていたほどであった。サブプライムローン問題が起って以降、これらは欧米の問題と錯覚していたのである。しかし先週号で述べたように、リーマンショック以降、米国より日本の方が衝撃は大きくなったのである。


    そもそも筆者は、今回の世界的な経済危機によって日本経済がどれだけのダメージを受けているのか、正しく理解している人は少数派と思っている。さらにマスコミを始め政治家達は、政府が公表する経済数値を誤解していると感じられる。例えば昨年10〜12月の経済成長率である。

    前述の通り内閣府は改定値を年率換算で12.1%(速報値は12.7%)のマイナスと公表している。改定値の内訳は次の通りである。

    GDP増減率の内訳(%)
    実質GDP▲3.2
    (年率換算)(▲12.1)
    個人消費▲0.4
    住宅投資5.7
    設備投資▲5.4
    政府消費1.4
    公共投資0.1
    輸  出▲13.8
    輸  入3.0
    民間在庫0.5

    名目GDP▲1.6
    (年率換算)(▲6.4)

    世間で注目されているのが、上から二番目の年率換算12.1%のマイナスの実質GDPである。つまり経済成長率がマイナス12.1%ということである。しかも今年1〜3月でも同程度のマイナス成長が予想されている。この状態が一年間続けば、60兆円の実質GDPが失われることを意味する。これが本当ならば大変なことである。

    数字を見る限り世界的な大不況が日本に襲ってきたと感じる。しかしここには統計のマジックが存在する。筆者が問題にするポイントは「輸入」の「3.0%」という数字である。


  • 名目GDP
    GDPの実質成長率は個人消費以下の需要項目の数字をウエートを考慮して合計したものである。ただし輸入だけは控除項目である。したがって輸入は増えればマイナスで表示され、減ればプラス表示になる。つまり昨年10〜12月の「輸入の3.0%」という数字は、輸入が減って、GDP計算上はプラスの寄与があったことを意味している。

    ここで注意が必要なのは、内閣府が公表し新聞に掲載される数字が実質値ということである。各需要項目の名目値を夫々の物価上昇率で除したものである。ところが輸入品の物価はここ半年で大きく変動した。日本で輸入比率が高い原油や穀物などの一次産品の価格は、昨年の夏場まで上昇を続けバカ高値をつけていたが、それ以降暴落している。

    つまり名目では日本の輸入金額は相当減少していて、これが大きくGDP計算上はプラスに働いているはずだ。ところが輸入物価指数が大きく下落したため、輸入品のデフレータ(下落であるからマイナスとなる)のマイナス値が大きくなっていると考えられる。したがって輸入の実質値は、輸入の数量減だけを反映し、大したプラスになっていない。つまり金額的に大きく減少していると見られる輸入の実態が分らなくなっているのである。100あった輸入は90まで減少したはずが、輸入物価の下落分が7あったので、実質値では97になったといった具合である。


    筆者は、以前から日本のように物価が上昇しない国においては、GDPを実質値ではなく名目値で見る方が適切と主張してきた。特に最近のように輸入物価だけが大きく変動する場合は、これが反映される名目GDPを重視すべきである。したがって注目すべきは一番最後の名目GDPの年率換算のマイナス6.4%という数字である。この数字の方が実感に近い。

    日本には名目値は仮の姿であり、正しいのは実質値という観念で固まっている人が多い。教科書の記述はいつも正しいと思い込んでいる学校秀才や、軽薄なインテリによく見られるタイプである。しかし経済は名目で動いているのである。

    ずっと日本では名目GDPが軽視されてきた。内閣府が公表するGDP統計を掲載する際にも、日経新聞には輸入のデフレータがどれだけなのか示されたことがない。09/1/12(第553号)「09年今年の景気」で内閣府が今後公表するGDPは実態より悪くなる可能性があることを予想した。さっそく今回のGDP統計の公表からそのようになっている。


    実質GDPを重視することによって、政府は誤った経済情報を流してきた。原油などの輸入一次産品がずっと上昇してきたが、これを輸入デフレータで割り返すことによって、この影響を排除した数字を公表してきた。これよってGDPの成長率を大きく見せられるのである。

    「小泉構造改革で財政支出を絞っても経済成長は可能だ」という作り話の演出にこれが使われた。また「日本の好景気は続いており、今回はいざなぎ景気を越えそうだ」とばかげた話が広がっていた。さらに間抜けにも自民党は、「好景気を示す数字を実感に」というキャッチフレーズで参議院選挙にいどみ大敗を喫した。ところが輸入物価が暴落したため、今日、逆の現象が起っているのである。


    しかし筆者は日本経済の現状を「まし」だとは決して思わない。むしろ先進国の中で最悪のグループに入ると見る。米国経済は、元々輸出に頼る経済ではなく、むしろ自動車などの耐久消費材の輸入が減るといったプラスもある。したがって日本は米国よりダメージが大きい可能性がある。日本より酷い経済状態なのは、金融破綻したアイスランドと東欧ぐらいなものであろう。


    日本の政府・与党は、今回の経済不調の原因がよく分らないまま、また実態から外れた経済統計を基に経済対策を作ろうというのである。無茶な話である。ただ経済対策を打つことは選挙に有利に働くという事が分っているようだ。選挙のことしか頭にないのである。そのため実態より悪く示されているGDP統計の方が都合は良いと思っているのであろう。



来週は今週予定していた、政府紙幣騒動の顛末について述べる。どうやら筆者が予想していたような結末になりそうである。



09/3/16(第561号)「リーマンショックの影響」
09/3/9(第560号)「筆者なりの仮説」
09/3/2(第559号)「政府紙幣(貨幣)論の評判」
09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」
09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
07/10/15(第500号)「プライマリーバランスの話」
07/10/8(第499号)「不況下の物価上昇」
07/10/1(第498号)「新総理総裁の誕生」
07/9/24(第497号)「GDP統計の読み方」
07/9/17(第496号)「安倍首相の辞任劇」
07/9/10(第495号)「経済数字の実感との乖離」
07/9/3(第494号)「内閣改造に対する感想」
07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
07/7/31(第492号)「07年参議院選挙の結果」
07/7/23(第491号)「参議員選の注目点」
07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
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07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
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07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
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06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
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06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
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06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
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