平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




09/2/23(558号)
政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論

  • モラルハザード
    政府紙幣(貨幣)発行に対する反対論の代表は、先週号で取上げた「インフレ」と「円の暴落」である。しかしこれらの反対論はまるで説得力がない。ずっとデフレ経済が続き、さらに今日急激な需要減に直面している日本で、インフレが心配とは何事かと思われる。

    また「円の暴落」とは円安のことであろう。しかし輸出依存の日本経済のことを考えると円安の方が好ましいであろう。つまり政府紙幣(貨幣)発行によって円安になるなら問題はないはずである。反対派の人々は「暴落」という言葉をわざと使って人々を惑わせているだけである。むしろ心配なのは先週号で述べたように政府紙幣(貨幣)発行した場合の円高である。円高が行き過ぎる場合には為替介入が必要な場面も有りうる。


    政府紙幣(貨幣)発行となれば、ただちに際限なく発行されるような悪いイメージが流布される。これは反対派の一種の悪質なプロパガンダである。当然、政府紙幣(貨幣)は節度を持って発行されることを前提にする。

    具体的には物価上昇率、金利水準そして為替レートの動きを睨みながら発行額を増やして行くことになる。もちろんこれらの経済数値に合理的な変動許容範囲を設けることも考えられる。実際、政府紙幣(貨幣)発行論者の中で、無闇やたらに発行すれば良いと思っている者はいないはずである。


    残る反対論は次に紹介する「モラルハザード」に関するものである。

    Q8:政府貨幣発行でモラルハザードが生まれるのでは

    A:たしかに個人の生活を基準に考えると、人々は収入の範囲内で生活するのが、世間の健全な規範となりましょう。これを国に当て嵌めるなら、政府は収入(主に税収)の範囲内で、財政政策を行うことになります。したがって政府が苦労をせず、事実上制限のない貨幣発行を財源に、財政支出を行うことに抵抗を感じる人がいることは否定できません。これを一種のモラルハザードと感じるのです。

    政府貨幣発行で得られる財源の使い道も問題になります。使い道は、減税と財政支出が考えられます。まず減税がいつも良いとは限りません。所得税、法人税の減税と言っても、全ての人々に公平に恩恵が及ぶことはありません。貧富の差を拡大させる可能性も有ります。

    不公平感を生むと言えば、財政支出の場合も同様です。国の支出で何を買い、何の事業にお金を使うのかがいつも問題になります。そして政府貨幣発行と言うことになれば、支出の規模が大きくなり、へたをすれば人々の間の不公平感を増幅しかねないのです。

    また財源が大きくなるため、その使い方に問題が生じることが考えられます。要するに無駄遣いが増える可能性があるのです。たしかに政府の支出に関しては、今日でもよく無駄が指摘されます。政府貨幣発行によってこのような無駄がさらに大きくなる可能性があるのです。

    政府紙幣(貨幣)発行による財源の使い道は民主的に選ばれた政治家に委ねることになります。しかしどれだけ民主的に配分を決定したり、配分決定のプロセスを透明にしても、不満を持つ人が現れることは避けられません。このような人々にとっては、どうしても政府貨幣発行をモラルハザードと感じるかもしれません。


    しかし一方、今日のようなデフレ経済が長い間続いている弊害を考える必要があります。借金で事業を行っている人や、住宅ローンの返済で苦しんでいる人が沢山います。失業が増え、新卒者の就職が非常に難しくなっています。また不況が原因と思われる犯罪や自殺者は増えています。まさに社会は荒れています。

    実際、デフレ不況が原因の社会の荒廃こそより大きなモラルハザードと言えるでしょう。政府貨幣の発行による財政政策は、このようなモラルハザードを解決するための決定打です。たしかに政府貨幣の発行は、前述したような数々のモラルハザードを伴いますが、社会の荒廃と言った極めて大きなモラルハザードの解決には、是非とも必要な政策です。

    政府紙幣(貨幣)発行に伴ってモラルハザードが生じることを認めるとしても、より深刻な社会の荒廃と言ったモラルハザードをまず解決すべきと考えます。しかしこのことは、政府紙幣(貨幣)に伴うモラルハザードを軽視することではありません。やはりこのようなモラルハザードを極力小さくするような努力が重要と考えます。もし政府紙幣(貨幣)発行の過程で何らかの不祥事が生じれば、政策そのものに不信感を持たれ、この政策が中止に追込まれる恐れがあります。したがって何ものにも増して、財政政策実行過程で不祥事が起らないことが肝要です。


  • 現実的なセイニアリッジ
    政府紙幣(貨幣)に関して、説得力が乏しいと言え「インフレ」と「円の暴落」を危惧する反対論はましな方である。これらに対しては具体的に数字を上げて反論できるからである。しかし前段で取上げたモラルハザードの問題となれば、議論は噛み合わないものになる。

    たしかに中には純粋にモラルハザードを心配する人がいるかもしれないが、一方には議論を混乱させることを目的としている人がいる。前者は経済の専門家ではない人々に多く、これらの人々には丁寧な説明が必要である。しかし筆者は後者の人々は元々積極財政に反対の人々が多いと見ている。例えば経済の専門家としての財政再建派と構造改革派である。彼等は議論を混乱させることによって積極財政政策そのものを潰したいのである。


    もし政府紙幣(貨幣)が可能な政策と世間で認知されれば、これまで彼等が主張してきた「日本の財政は危機状態である」や「日本は構造改革でしか経済は成長しない」という話が嘘であることがバレるのである。彼等は生活も掛かっているので、政府紙幣(貨幣)案を潰すのに必死である。これにモラルハザードと言うつかみ所がない話を利用しているのである。

    以前、本誌の読者で国土交通省の官僚だった方のメールを紹介したことがある。この官僚がある経済学の教授に「交通網の整備のための財源がないと言うが政府紙幣(貨幣)を発行すれば良いのでは」と質問した時の話である。ところがこの教授は何と「日本はそこまで落ちぶれていない」と切捨てたのである。全く論理性のない回答である。少なくとも大学で経済学を教えている者なら、順序立てて政府紙幣(貨幣)発行の問題点を指摘すべきである。飲み屋のよっぱらいと変わりのない答えで誤魔化そうとしていることが見え透いている。


    同じくらいレベルが低い反対論が「政府紙幣(貨幣)政策はどこの国もやっていない」というものである。日本経済が置かれている特殊な状況を全く考えない反対論である。今日バブルが崩壊するほど、ここ数年世界中景気が大変良く、日本もこれに恩恵を受けていた。それなのに日本の経済成長率はずっと世界中で最低であった。

    つまり日本経済は世界経済の活況から一人取り残されていたのである。明らかに内需が大きく不足していた。このような日本でこそ、他の国ではやっていなくとも有効な政策なら実行すべきである。政府紙幣(貨幣)発行もその一つと考える。


    ところで政府紙幣(貨幣)に反対する意見には、ここまでの反対論と全く質が違うものがある。同じ積極財政派からの反対論である。本誌では政府紙幣(貨幣)の他に、広義のセイニアリッジとして、日銀による国債の買上げを紹介してきた。国債の日銀買い入れ方としては、財政法5条による直接買い入れ(国会決議が必要)と市中からの買い入れの二つがある。

    積極財政派には「政府紙幣(貨幣)を発行しなくとも、国債を日銀がどんどん買い入れれば良い話ではないか」という人々が案外多い。せっかく中央銀行(日銀)あるのだから、現行の制度を生かすべきと主張するのである。たしかに実質的には両者は同じことになる。


    筆者は、政府紙幣(貨幣)発行が一番良いと考えている。ただ今日の日本の状況を考えると、日銀による国債の買い入れが現実的と見ている。政府紙幣(貨幣)発行となれば、先週号で述べたように法律の改正が必要となるからである。同様に、日銀による国債の買い入れの場合でも、直接買い入れは国会の決議が必要である。

    ところが今の政治家や官僚には、このような法改正や国会決議をやってまでも日本経済を立直そうという気概が感じられない。したがって実現性のあるセイニアリッジ政策は、日銀の市中からの国債の買増しということになる。具体的には、毎月行われている日銀による買い切りオペの増額である。しかし筆者は、現時点ではこれでもしょうがないかなと考えている。何しろ日本国民は30年に渡って、日本の財政が危機的とか言われこの嘘話に完全に洗脳されてきたのであるから、一気に政策を転換することはちょっと無理である。



来週は政府紙幣(貨幣)の総括を行いたい。



09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」
09/2/2(第556号)「続・構造改革派の変節」
09/1/26(第555号)「マスコミの論調は過渡期」
09/1/19(第554号)「今年の為替と株価の動向」
09/1/12(第553号)「09年今年の景気」
08/12/22(第552号)「デフレ経済の本質と克服」
08/12/15(第551号)「ポールソン財務長官の退職金」
08/12/1(第550号)「デフレ発生のメカニズム」
08/11/24(第549号)「デフレ経済を語る」
08/11/10(第548号)「デフレ経済の足音」
08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」
08/10/20(第546号)「ノーベル経済学賞の流れ」
08/10/13(第545号)「株価暴落のトラウマ」
08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」
08/9/29(第543号)「構造改革派の変節」
08/9/22(第542号)「上げ潮派の経済理論」
08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」
08/9/8(第540号)「またも総裁選」」
08/8/11(第539号)「投資ファンド資本主義」
08/8/4(第538号)「福田改造内閣の行末」
08/7/28(第537号)「日米のバブル崩壊後の対応」
08/7/21(第536号)「相場の流れの転換か」
08/7/14(第535号)「市場参入阻止行動」
08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」
08/6/30(第533号)「信用不安の再燃」
08/6/23(第532号)「原油価格の暴落予想」
08/6/16(第531号)「原油価格とファンド」
08/6/9(第530号)「経済グローバル化と日本政府」
08/6/2(第529号)「もう一つの「から騒ぎ」
08/5/26(第528号)「地球の寒冷化」
08/5/19(第527号)「ばかげた経済政策の連続」
08/5/12(第526号)「日米のバブル崩壊」
08/4/28(第525号)「救済劇の背景」
08/4/21(第524号)「りそな銀行の救済劇」
08/4/14(第523号)「日米の中央銀行総裁」
08/4/7(第522号)「小泉的なもの」
08/3/31(第521号)「超長期の為替変動」
08/3/24(第520号)「市場の最近の動き」
08/3/17(第519号)「積極財政への障害」
08/3/10(第518号)「構造改革派の言動」
08/3/3(第517号)「米国経済の行方」
08/2/25(第516号)「虚言・妄言を見破る方法」
08/2/18(第515号)「またもや虚言・妄言・・その3」
08/2/11(第514号)「またもや虚言・妄言・・その2」
08/2/4(第513号)「またもや虚言・妄言・・その1」
08/1/28(第512号)「戦争をしている国」
08/1/21(第511号)「サブプライム問題の本質」
08/1/14(第510号)「08年今年の景気」
07/12/17(第509号)「サブプライム問題の根源」
07/12/10(第508号)「「金余り」と日本政府」
07/12/3(第507号)「「金余り」と商品相場」
07/11/26(第506号)「原油価格に見るバブル」
07/11/19(第505号)「金融当局の敗北」
07/11/12(第504号)「「金余り」の徒花」
07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」
07/10/29(第502号)「日本再生会議の話」
07/10/22(第501号)「増税派と成長派」
07/10/15(第500号)「プライマリーバランスの話」
07/10/8(第499号)「不況下の物価上昇」
07/10/1(第498号)「新総理総裁の誕生」
07/9/24(第497号)「GDP統計の読み方」
07/9/17(第496号)「安倍首相の辞任劇」
07/9/10(第495号)「経済数字の実感との乖離」
07/9/3(第494号)「内閣改造に対する感想」
07/8/6(第493号)「自民党の自殺」
07/7/31(第492号)「07年参議院選挙の結果」
07/7/23(第491号)「参議員選の注目点」
07/7/16(第490号)「またもやデマ選挙か」
07/7/9(第489号)「参議院選挙の比例区」
07/7/2(第488号)「ポンカス政党」
07/6/25(第487号)「歴史の教訓」
07/6/18(第486号)「歴史教科書の上での抹殺」
07/6/11(第485号)「老舗に伝わる歴史」
07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」
07/5/28(第483号)「荻原重秀と新井白石」
07/5/21(第482号)「インフレと歴史教科書」
07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」
07/5/7(第480号)「日本の公務員」
07/4/23(第479号)「米国の構造改革派」
07/4/16(第478号)「構造改革派の正体」
07/4/9(第477号)「構造改革派とカルテル」
07/4/2(第476号)「構造改革派の生態」
07/3/26(第475号)「構造改革派の落日の始まり」
07/3/19(第474号)「超円高になる条件(その2)」
07/3/12(第473号)「超円高になる条件(その1)」
07/3/5(第472号)「今回の円高の分析」
07/2/26(第471号)「為替動向を占うポイント」
07/2/19(第470号)「今日の円安を考える」
07/2/12(第469号)「「女性は子供を産む機械」発言」」
07/2/5(第468号)「財界人と「合成の誤謬」」
07/1/29(第467号)「日本の財界人の自信」
07/1/22(第466号)「日本の財界の変質」
07/1/15(第465号)「日本の財界」
07/1/8(第464号)「面白みがない景気予想」
06/12/11(第463号)「筆者の主張のサマリー」
06/12/4(第462号)「高速増殖炉にまつわる誤解」
06/11/27(第461号)「高速増殖炉の話」
06/11/20(第460号)「日本の核融合研究」
06/11/13(第459号)「将来のエネルギーの本筋」
06/11/6(第458号)「LNG(液化天然ガス)の話」
06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」
06/10/23(第456号)「日本の核武装論」
06/10/16(第455号)「北朝鮮の核実験」
06/10/9(第454号)「安倍政権の生産性」
06/10/2(第453号)「安倍政権の発足にあたり」
06/9/25(第452号)「ポスト小泉の経済論議」
06/9/18(第451号)「ポスト小泉の経済と対米外交」
06/9/11(第450号)「ポスト小泉の対アジア外交」
06/9/4(第449号)「ポスト小泉について」
06/8/7(第448号)「郵政改革と宗教戦争」
06/7/31(第447号)「郵政改革論議の混乱」
06/7/24(第446号)「宗教・哲学と経済学」
06/7/17(第445号)「宗教と哲学への入門」
06/7/10(第444号)「劣勢のケインズ」
06/7/3(第443号)「トービン税について」
06/6/26(第442号)「自由放任(レッセ-フェール)の経済」
06/6/19(第441号)「筆者の税制改正案」
06/6/12(第440号)「筆者のニート対策」
06/6/5(第439号)「美しくない話」
06/5/29(第438号)「第三セクター鉄道の危機」
06/5/22(第437号)「テレビ番組の制作現場」
06/5/15(第436号)「日銀の実態・・憶測」
06/5/8(第435号)「日銀は魔法の杖か」
06/4/24(第434号)「もう一つ勇気を」
06/4/17(第433号)「格差とマスコミ」
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
06/4/3(第431号)「日経新聞のダブルスタンダード」
06/3/27(第430号)「金融政策の失敗の歴史」
06/3/20(第429号)「量的緩和解除の波紋」
06/3/13(第428号)「コンビニ弁当の話」
06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」
06/2/27(第426号)「潜在GDPとGDPギャップ」
06/2/20(第425号)「労働力と経済成長」
06/2/13(第424号)「大衆社会における経済論議」
06/2/6(第423号)「皇室典範改正法案に一言」
06/1/30(第422号)「ホリエモンと政治家」
06/1/23(第421号)「改革の旗手の危機」
06/1/16(第420号)「今年の景気予想」
06/1/9(第419号)「思考停止の日本」
05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー

日頃忙しいビジネスマンへのオンラインマガジン